第31話 魔族と魔女の研究者さん
私達はコジュスの家へとようやく戻る事が出来た。
扉はコジュスが配慮してくれたのか、既に開いていた。
私とクヨはコジュスの家へと足を踏み入れる。
外見からして、狭いと思われがちだが、中は3つほどの部屋で構成されており、意外と広い。
ただ、コジュスの場合は、地上の部屋にいる事はあまり無い。
何故なら、コジュスの家には地下室があるからである。
地下室はかなり広く、コジュスは研究室としても利用していた。
万が一、王国の人間がこの家を見つけても、地下室を見つける事はほぼ不可能だろうとコジュスは考えていた。
何故なら、地下室への入り口はある「仕掛け」を作動させないと開かない。地下室には迷いな森へと出られる脱出用の通路もある。まさに秘密裏に研究を続けるコジュスにとっては、最高の場所だった。
コジュスは入ってすぐの部屋で待っていた。
部屋にはテーブルが一つポツンとあるだけの質素な部屋だった。
「おお、来たか。さっきは助かったよ。ありがとう、えっと……そっちの女の子が……例の?」
クヨは少し怯えた様子で、私の後ろに隠れている。
やはり、初めて会う人間には不信感を抱いてしまうようで、怯えているようだ。
「ああ、クヨだ。彼女の名前はクヨ。大丈夫、彼は私の数少ない友人で、信頼出来る人間だ。クヨの敵じゃない」
まずはクヨの敵ではない事を認識させないとな。ただ、迷いの森でクヨが、率先してコジュスを助けてくれたのを見ると、多少は人間を信頼してくれるようになっただろうか。
魔王軍という立場からすれば、難しいのかもしれないが……
私がクヨの方をチラリと向くと、クヨは一瞬ビクッと驚くが、勇気を出して、声を出す。
「あなたが、魔女の研究者さん?」
「前も聞いたが、その”魔女の研究者さん”とは、一体何なんだ?」
「まあ、色々あってな……とりあえず”魔女の研究者さん”という事にしておいてくれよ」
「まあ、別に良いけど……」
コジュスは何とか納得してくれたようだ。
「それより、相談したい事があるんだが……」
「うん?何だ?ミズミ」
クヨは私達から離れて、不思議そうに家の中を歩きながら、きょろきょろしている。
そうか、私の研究所以外の家に連れて行った事は無かったな。
珍しいのかもしれない。
「クヨの事は、以前に話したな」
「本当にこの子が魔王軍の……幹部、魔族なのか?」
「ああ、本当だ。見れば分かるだろ?あの見た目だ」
「まあ、確かに、目立つ見た目ではあるなぁ……だが、凄いじゃないか!本当に過去の人物を甦らせるなんて!」
「人物というより、魔族と言った方が良いのかもしれないが……だが、コジュス。君には感謝しているよ。ここまでの事を為し得たのは、コジュス。君の協力が無ければ、不可能だった。ありがとう」
私はコジュスにお礼を言う。
「本当はクヨを見せたかった、それだけの目的で来たんだが……」
「ん?何かあるのか?」
「コジュス、君も見ただろ?あの魔獣達の姿を」
「ああ、本当に驚いたよ。軽い気持ちで歩いていたら、いきなりバウバウっ!って可愛らしい魔獣に襲われるんだらねぇ!もう胸がドキドキしたよ!」
「すまなかったな。もしかしたら、私達が原因かもしれないんだ」
クヨが言っていた事。ドラギノバムの魔獣が迷いの森に潜んでいた。
クヨが迷いの森に現れた事で、ドラギノバムの魔獣達が反応し、現れた。
そこに、たまたま迷いの森の無垢な研究者、コジュスが巻き込まれてしまった……
ここまでが私の推測なのだが……
「いやいや謝る必要なんて無い!寧ろ感謝しているよ!」
「……え?」
「魔獣に遭遇した時のあの胸が高鳴る感覚!未知なる存在を認識した時の絶望感に紛れ込む、高揚感!はぁ……はぁ……思い出しただけで、ふふっ……あははっ!ははははっ!」
コジュスは思い出したかのように、笑みを浮かべ笑う。
「………まあ、それなら良いが」
私は自分の事を極力真面目な人間だと認識しているが(あくまで自己判断だが)どうも研究者という人間は、変わった人間が多い気がする。勉強のし過ぎか、研究に没頭し続けるせいか、知識は一般人よりあれど、一般常識が欠けている人間が多い気がした。
私も人の事言える立場では無いのだが、笑いこけているコジュスを見て、ふとそう思った。
「それで、コジュス。相談したいの思った事はだな….。コジュス?聞いているか?コジュス?」
「え?あ、ああ……大丈夫だ。続けてくれ……」
「……先程の魔獣の件だがな……コジュスは結構長いこと、この森にいるんだろ?」
「ああ。迷いの森に魔獣が出現すると噂されて、ナグナ王国が立ち入りを禁止した後に迷いの森に入ったからな。兵士は何人か見た事があるが、魔獣が現れたという報告は聞いた事無いな。現れたのなら、もっと兵士が来るはずだがな。僕も何度か迷いの森を歩いた事があるが、魔獣の影すら見た事ない」
「やはり、今日初めて魔獣を見たという訳だな」
「その通りだ」
「うむ……コジュス。この森について、少し教えてくれないか?」
「ああ、良いよ。何が聞きたい?」
「クヨは魔王軍の幹部を務めていた。魔王に仕える十二人の幹部の一人だ。私はクヨから色々な事を教えて貰った。その一つが、魔王軍幹部、ドラギノバムだ」
「ドラギノバム……魔獣使いか?」
「そうだ。クヨによれば、先程コジュスを襲った魔獣は、ドラギノバムの魔獣らしいんだ」
「まさか……迷いの森に、魔王軍幹部ドラギノバムの魔獣が、潜んでいたという事か?」
「ああ。恐らくな。どうやって生き残っていたのかは、分からないが。地下にいたのか……洞窟でもあるのか……」
「それで、たまたま君と……えっと、クヨちゃんだっけ?」
「ああ」
「魔王軍幹部で魔族の少女、クヨちゃんが迷いの森に現れた。迷いの森に、潜んでいた魔獣達は、それに反応して、現れた……という事だね」
「ああ、私はそう考えている。さすが、コジュス。理解が早いな」
「はは、ありがとう。うむ……だが、それだと厄介な事にならないか?」
「厄介な事?」
「つまり、迷いの森にいた魔獣達は、魔王軍の生き残りという事だろ?」
確かに、ドラギノバムに仕えていた魔獣達なのだから、魔王軍の生き残りだな。
「そんな魔獣達が、死んだと思っていた、かつての主君の仲間が生き残っていた事を知ったら、どうなる?」
「……仲間に接触して、魔王軍を再び復活させようとする?」
「魔王軍を復活させるかまでは、分からないが、主君の仲間が生きていると分かった以上、数百年も待ち続けた彼らが何をするか分からない」
「確かに、な……」
またまた例の歴史書の話だ。
数百年前に現れた”勇者”と呼ばれる者によって、人々を支配していた魔王軍は倒された。
魔王も、魔王軍の幹部十二人も、勇者たちによって、皆、殺されたのだ。
その十二人には当然、魔王軍幹部の魔族の少女、クヨも含まれている。
魔王軍に服従していた魔族やら魔獣やら、モンスターらも次々と滅ぼされていった。
世界にようやく平和が訪れた……のだが……
問題は、魔王と魔王軍幹部らの”魂”だった。天界は魔王と魔王軍幹部らを”永遠の罪人”とし、”神の牢獄”と呼ばれる監獄に彼らの魂を閉じ込め、永久に封印したのだ。
……で、そこから可愛らしい魔族の少女、クヨを救い出してしまったのが、この私というわけだ。
「”神の牢獄”とか大そうな名前をつけておきながら、人間に解放されるのだから、神も甘いなぁ」
「おや、コジュス。君は神を信じていたのでは?」
「いやいや、私は神を信じてはいないよ。私は歴史を研究で証明したいんただ。最終的には、この世界の真実を証明する。地下での研究は、その一環だ」
「世界の真実を証明……か。随分大きな夢だな」
「ミズミ、君はクヨちゃんをこの世に甦らせた。滅ぼされて、天界に閉じ込めた魔王軍幹部を解放した。クヨちゃんという存在を、君は証明した。それだけで、十分凄いよ」
「どんな偉い人間だろうが、神だろうが、王族だろうが、君の言葉が一番嬉しいよ。君に認められるのが、ね」
「ははっ。これから先、何が起こるか分からないが、見守らせて貰うよ」
私の”本当の夢”
クヨを甦らせたのも、全てその為だった。
『この世界を、私は変えたい』
ふと思いついたその野望は、大きく膨張し、破裂寸前まで到達する。
クヨが仮に世界を滅ぼしたとして、その先に何があるのだろう?
「だが、人間に破られてしまう程脆い”神の牢獄”を、魔王軍は本当に破れないのだろうか?」
「えっ……」
私はコジュスの一言で、頭が真っ白になる。
「例えば、何かの能力で、人間界の魔王軍の生き残りと連絡を取るとか……」
魔王軍、魔獣、ドラギノバム……
迷いの森……幹部……クヨ……
私の頭の中に、あるモノがくっきりと浮かぶ。
“空白の世界”から出て、最初に見たもの。私をがっしりと見つめる、あの”目”を。
と、その時だった。
大きなガシンッ!という音が、部屋中に鳴り響く。
「な、何だ?」
「”仕掛け”が作動したんだ……!まさか、クヨちゃんが….…!」
私達は、音のした方へ急ぐ。
***
「クヨっ!大丈夫か?」
クヨが驚いたような表情で、ポツンと立っていた。
「えへへっ。ミズミはかせ、見て!開いたよ!クヨ、見つけた!」
直ぐにいつもの嬉しそうな表情を取り戻し、私に見せてくれる。
「ははっ。驚いたよ。”仕掛け”を見つかるとは……」
「その”仕掛け”は地下室への……?」
「そうだ。見せたいものもあるし、ついてきてくれ」
私達は、コジュスの家の地下室へ向かう事になった。
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