第30話 私の覚悟

またしても”空白の世界”に来てしまった訳だが……


「うーん……」


 私は腕を組みながら、考える。


 “空白の世界”にいると、クヨの能力が見れないんだよなぁ。

 クヨがいかにして、魔獣達を服従させたのかが分からない。

 困った困った。

 “空白の世界”にいても、何も出来ないのだから、意味が無い。

 にしても、本当に真っ白で何も無い世界だ。どうしてこのような世界を生み出す事が出来るのか気になるのだが、正直何も出来ない。

 何か考え事でもしようと思ったが、迷いの森に入ってからあまり体調が良く無いので、集中出来ない。


 ところで、コジュスがいたあの祭殿は一体何だろうか?

 かなり大きな祭殿だったが……

 古さを感じながらも、美しい祭殿だったが、何故迷いの森に?

 そういえば、迷いの森の奥には村があると聞いた事がある。

 中々ナグナ王国側が、迷いの森の情報を明かさないから、私も何かあるのではと疑っていたが……

 迷いの森と魔獣……か。

 コジュスに詳しく聞く必要がありそうだ。


「はぁ……とりあえず……眠いし、寝るかな」


 相変わらず白に染まったこの世界で、私は目を瞑り、事が収まるのを待つ。


 そしてーーー


 ***


「うん……?」


 目をゆっくりと開けると、待っていたのは元の平和な世界だった。


「戻れたのか……」


 私はそっと胸を撫で下ろす。

 良かった、そう思ったのも束の間。


「な、何だあれは……?」


 祭殿の上に目のようなものが見えたのだ。大きさは私の顔ぐらいだろうか。

 その目は、ギロリと私を見つめている。

 一体なんなんだ……!何が起きている?


「ミズミはかせーー!」


「はっ!?クヨ……」


「大丈夫?ミズミはかせ」


「ああ、大丈夫だ。ありがとう、クヨ」


 クヨはもう一人の男、コジュスと一緒にこちらへ駆けてくる。


「おお、コジュス!良かった。無事だったか」


「ははっ。お陰様でな。助かったよ」


「一体何があったんだ?あの魔獣達は……」


「ほほう!君もあの可愛らしい獣を魔獣だと思うか!この森には結構な期間いるが、魔獣を見たのは初めてだったぞ!」


「可愛らしいかはともかく、コジュス。どうして魔獣に襲われていたんだ?」


「いやあ、ちょっとある調査をしていて……ふと気づいたら魔獣に遭遇してなぁ。お可愛いなぁと思ってなぁ。そうだ!迷いの森には魔獣が出るんだった、おっほぉっ!これが魔獣かぁ!凄いなぁって思ってじろじろみてたら、急に襲いかかってきてなぁ!これはまずいって思って、走って逃げた先にあったのが、祭殿だったんだ。中に入って扉を閉めて、何とか上まで上がって助けを待っていたわけだ。いやぁ、よかったよかった。ちょうど、助けが来た訳だからなぁ」


「うむ、色々とつっこみたい事はあるが、今は黙っておこう。それより、クヨ。今祭殿の上に目のような物が見えなかったか?」


「うんん。見えなかったよ」


「そうか、一体何が……とにかくだ。コジュス、私とクヨは少し用事かあるから、先に帰っていてくれないか?私達も後から行くよ」


「おお!この子が例の!ほぉ、興味深い」


「クヨの事じろじろ見てるこの人間が、魔女の研究者なの?」


「魔女の研究者?」


 コジュスが不思議そうに首を傾げる。


「いや、何でも無いんだコジュス。詳しい事は後で話すよ」


「そうか、では、我が家で待っているぞ」


 そう言うと、コジュスはその場を去っていく。


「それで、クヨ。話を戻すが、本当にその……”目”のようなものが見えなかったのか?」


「目のようなもの?一体どんなやつなの?ミズミはかせ」


「私の顔ぐらいの大きさの目だよ」


「わあ!結構大きい目だね!」


「…………。コジュスがいた祭殿があっただろ?あの祭殿の上に、目のようなものがあったんだ。”空白の世界”から丁度出た直後だったかな、その”目”と目があってしまったんだ」


「うーん。ミズミはかせの顔と同じぐらい大きな”目”かぁ……」


 さりげなーく、顔の大きさを馬鹿にされてるような気がしなくも無いが、止めておこう。悲しくなるだけだ。


「め、めぇ……うーん……めぇかぁ……」


 やはりクヨでも分からないか。

 だとしたら、あの”目”は一体何なんだ?幻覚か?


「そうだ、クヨ。コジュスは魔獣を初めてみたような素振りをしていたが、何故急に魔獣達が魔獣が現れたのだろう?祭殿の前に現れた魔獣は、最初に迷いの森に入った時に現れた魔獣とは、別の魔獣なんだろう?」


「それなんだけどね、ミズミはかせ……ちょっと言いにくいんだけど……」


「うん?どうした?」


 クヨは少し気まずそうにしている。


「ミズミはかせを”空白の世界”に送った後、クヨはね、魔女の研究者さんを助ける為に、魔獣達の所へ行ったの。でも、魔獣達はクヨが近づくと、途端に敵意を無くしたの」


 敵意を無くした……?


「それでね、クヨ気づいたの。この魔獣達を見た事があるって。最初の魔獣もそうだった。魔獣達はね、クヨにぺこりと頭を下げたら、どこかにいなくなっちゃったの。その後クヨ、思い出したの」


「何をだ?」


「あの魔獣達は”ドラギノバム”の魔獣”だってことを」


「うん?……えっ?」


 さらりとクヨは答えるが、あまりの想定外のセリフに、私は頭が回らなくなってしまう。

 が、私は直ぐに冷静さを取り戻す。

 これまでの冷静沈着に物事を遂行して来たのだ。そこが私の取り柄でもある。クヨの存在や、訳の分からない真っ白な世界に飛ばされたりしたが、私の精神は無事だ。


「ふぅ……」


 一旦深呼吸して落ち着こう。

 クヨは何と言った?

 私達が遭遇した魔獣は、”ドラギノバムの魔獣”だと、クヨは言ったな。

 ドラギノバムとは誰か?

 クヨと同じく、魔王軍の幹部である魔獣使いだ。


「それは、確かなのか?」


「絶対!とは言えないけど、クヨ見たことあるの。ドラギノバムと一緒にいた沢山の魔獣……確かにそうだった!」


「だが、ドラギノバムは何百年も前に死んでいる筈だ。”魔族狩り”で魔王軍に関係のある魔獣も相当数討伐されたと聞いたが……」


「ほんとに、その時に全部たおせたのかな?」


「……そうだな。ドラギノバムが倒された後も、ドラギノバムに仕えていた魔獣の生き残りがいて、迷いの森の何処に長年身を潜めていて、こっそり子孫を残し、繁栄していた可能性もあるな」


「でも、魔女の研究者さんは、ずっと魔獣を見てなかったんだよね?」


「ああ、そう言っていたな。今日初めてみたと。だが、ナグナ王国側は、魔獣が出る事を知っていた。目撃があったのだろうが、襲われたという話は聞いていない。魔獣としても、目立ちたい訳では無い筈だ」


「じゃあ、どうして、魔獣は出て来たんだろ?」


「それなんだがな……」


 私は薄々気づいていた。

 ドラギノバムとクヨがどれ程の関係かは知らないが、ドラギノバムはクヨの事を認知しているし、ドラギノバムに仕える魔獣達も、クヨの事を知っているのでは無いか?そう考えた。

 それか、クヨの持つ膨大な魔力に反応し、只者では無いと気づいたのか……

 私がクヨを迷いの森へと連れてきた事によって、魔獣達に魔王軍幹部の存在を知らせてしまったのでは?と考えた。


 だとすれば、あの”目”は何なんだ?

 私は一つの仮説として、あの”目”の正体は、ドラギノバムなのでは無いかと推測した。

 何らかの方法でドラギノバムは、意識を保っており、最初の魔獣の遭遇によって、クヨの存在を認知した。

 そこであの”目”を使って、私を見たのでは無いだろうか?


 まあ、全て私の妄想に過ぎないが、私はコジュスが言っていた言葉を思い出す。


 ***


「君の技量なら僕は可能だと考えている。ただ、教会だけでなく、人類、更には天界の神々の禁忌に触れる行為だと理解してくれ。いずれ、神からの天罰が下るだろう。勿論、僕にも……」


「わかっているよ。ただ、私は自分の利息の実現の為に、私は研究を続ける。君の協力には本当に感謝するよ」


「人類が滅ぶ事になっても、僕には結果は教えないでくれよ。人類を滅ぼす大罪人にはなりたくないからね」



 回想終わり。


 ***



 私は自分でクヨを蘇らせた事の重大さは認識している。

 コジュスの言う通り、人類だけで無く、神々の禁忌に触れているのだ。

 何せ(実在するからさて置き)清き神界から大罪人(人では無いが)の魂を解放したのだ。私の興味本位で。


 どんな罰だって受ける覚悟はある。

 魔王軍だろうが、神だろうがな。


「ミズミはかせ、大丈夫?怖い顔してるよ……」


 私の強張った顔に対して、クヨが心配そうな面持ちで聞いてくる。


「いや、大丈夫だ。私は元気だよ」


「元気?なら良かった。クヨ、うれしい!」


「そうかそうか。さて、考えても仕方ないし、コジュスの家へ戻ろうか!」


「うん!」


 クヨも私も随分変わった気がするな。

 私達は手を繋いで、コジュスの家へと戻った。



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