第28話 魔族の能力
***
魔獣と呼ばれるものを私は見たことが無かった。魔族は葬られ、人類の害となる者達は次々と消えていった。
この迷いの森に魔獣が出ると噂された時も、まさかな、と思ってしまった。
何度もコジュスの家には行っていたが、魔獣を見かけた事など無い。
だがら、今回も大丈夫だろう、そう思っていた。
私の隣にいる魔族の少女、彼女の存在こそが、全ての始まりであり、きっかけだった。
皮肉にも、私がふとした思いつきでクヨを研究所から連れ出し、迷いの森へ行かせた事が全ての元凶だった。
迷いの森にいる魔獣達は、膨大な魔力を持つクヨに反応した。
魔獣達はクヨの正体を見抜いていたのだ。
真実
***
次の瞬間だった。
私達の前方にいた魔獣が、こちらへ向かってくる。
魔獣が目指す先はーーー
「ミズミはかせ、あぶないよ!」
「まさか私達に向かってきているのか?」
「うんん。ミズミはかせじゃ無い。あいつらの狙いはクヨだよ」
「魔獣がクヨを狙う?」
「ミズミはかせ、後ろに下がってて!クヨがやっつけちゃうから!」
おお!頼もしい。
何度も言うが、あどけない少女の姿をしているが、魔王軍の幹部なのだ。
私は大人しくクヨの裏側に隠れる事にする。
「ミズミはかせはクヨがまもる!」
クヨが魔獣達へ向けて叫ぶ!
か、かっこいい!
私は素直にそう思った。
私は本当に頼りになる人間をあまり見た事が無かった。コジュスや助手はともかくだ。
自分が窮地に陥った時に手を差し伸べてくれる存在、そんな人物が果たして存在するのか甚だ疑問だった。
王国の人間も、研究会の人間もそうだ。
だが、私はクヨの力を知っている。
最初に研究所で出会った時の禍々しい迫力、圧倒的な迫力を目の当たりに、クヨの計り知れない力を私は知っている。
そんなクヨを私は味方につけている。
それで私が恐れないはずが無かったのだ。
「頼む、クヨ!」
だが、これはチャンスでもあった。
私は魔獣に殺されるかもしれない恐怖など微塵も感じていない。
むしろワクワクしていた。
これから目の前で起こる出来事に。
クヨがどんな方法を使って魔獣達を倒すのか。
研究所の時のように衝撃波のようなものを放つのか?
武器を出現させて、倒すのか?
魔法を使って倒すのか?
「……ふふっ」
思わず笑みと笑いが溢れてしまう。
楽しみで楽しみで仕方ない。
さあ、どんな風に……
私は期待に胸を膨らませ……
***
「ん?何だ?」
私は目を見開き、状況を確認する。
視界に映るのは真っ白な世界。
何も無い、ただただ白に染まった虚無の世界。
ポツンと私はその世界に立っていた。
「これは……体が……」
動かせない。どれだけ力を込めても、左右の腕も左右の脚も動かす事が出来ない。
だが、口や目は動かせる。
話せるし、呼吸も目を動かせる事も出来る。
生きる事は出来ている。
考える事も出来ている。
ただ、自身の体を自由に動かす事が出来ない。
何が起こった……?
私は今、何をしているんだ?何処にいるんだ?
不安?恐怖?怯え?
こんな感情は久しぶりだった。
自身の力が及ばない世界。
自分の経験を生かせない、自分の知らない未知の世界に私はいる。
思えば、クヨの存在ですら、道の領域だったというのに。
知らない事だらけだというのに。
私が天才?何を馬鹿げた事を。
私は大馬鹿ものだ。
冷静さを失い、未知の事象に恐怖しているのだ。
自分の事を天才だと思っていた自分自身が情けなくなった。
「いかん……落ち着け、私よ」
自分を責めたところで、状況が変わるわけでは無いのだ。
冷静になるんだ。
まず、どうしてこうなったのか考えよう。
私はクヨと一緒に迷いの森に来た。
目的は?コジュスに会う為だ。
クヨをコジュスに見せたかったのもある。
迷いの森に入ってしばらくした所で、私は体調が悪くなった。
対照的に、クヨはとても体調が良いと言っていた。
そこで現れたのが魔獣だ。
複数の魔獣達と私たちは対峙する。
クヨは私に下がっているように言った。
私はクヨの言葉に従い、クヨの裏へと移動する。
私は期待に胸を膨らませて、クヨが何をするのか見守っていた。
……はずなのだが。
「真っ白い空間で手足が硬直した状態にいると……ふむ」
顔の向きを変える事が出来ないので、左右を確認出来ない。
少なくとも、私が今向いている方面は何も無い。白い空間だった。
よく考えたら、手足の感覚が無いのだ。
動かすとかそういったレベルの話ではない。
私は固定されたあるポーズで蝋人形のように固められてしまっているのだ。
一部の感覚はあるようだが。
匂いも無い。無臭の世界。
「一体どうするか……」
だが、私にはどうする事も出来ないのだ。状況が分からず、体も自由に動かせないのだから、手のうちようが無い。
「うーむ……」
とりあえず私は目を瞑り、じっと考える。
目を瞑れば、先程の純白な世界から解放され、漆黒の世界へと様変わり。
落ち着いて考えて……
答えを……
探すんだ……
私なら……
出来るはず……
***
「ん?」
目を開けると、そこに広がっていた世界は……
「迷いの森……」
私の目に映ったもの。
「えへへっ。ほら、ミズミはかせ。魔獣だって仲良く出来るんだよ」
「クゥーン」
可愛らしい鳴き声で甘える魔獣達。
そんな魔獣達と楽しそうに戯れる魔族の少女、クヨ。
クヨは優しく魔獣を撫でてあげる。
魔獣達がクヨへと可愛らしく擦り寄っている。
先程とは全く違う光景だ。
「何なんだ……一体……」
「じゃあ、そろそろおわかれだね!」
「クゥーン……」
「大丈夫だよ!またきっと来るから」
クヨがそう言うと、魔獣たちはクヨの元を去っていく。
「クヨ、今のは……」
「ミズミはかせ、ごめんね。でもクヨの力使ったらまたあの時みたいになっちゃうから……」
「あの時って、最初に研究所で出会った時の話か?勇者の言葉に反応して……」
「今はだいぶ力を操れるようになった。でも、まだ不安だったから。”空白の世界”」
「”空白の世界”?」
「クヨは魔獣達に”懐柔”するために力を使ったの。だけど、ミズミはかせに力が及ばないように、ミズミはかせに”空白の世界”に行ってもらったの」
「”空白の世界”。だからあそこには何も無かったのか。真っ白いで文字通りの”無”。凄いなぁ」
「ごめんなさい、ミズミはかせ怖かった?」
「いいや。寧ろ今となっては楽しかったよ。あんな経験した事無いからな。良い経験になった」
「なら良かった!クヨ、安心した」
「そうか、安心したか。じゃあ、先へ行こうか」
「うん!」
クヨは元気に返事をしてくれる。
クヨの前では見栄を貼ってしまったが、”空白の世界”での体験は良い経験にはなったが、やはり怖かったのが正直な所だ。
クヨはまだ未知数の力を持っている。
楽しみな反面、どこか不安を感じているのを私は隠せなかった。
だが、私は気づいていなかった。
魔獣が何故敵意を損失し、クヨに服従したのか?
魔獣が現れた原因は間違いなくクヨの存在であり、それはクヨが魔王軍の幹部で強力な力を所持しているからだろう。
魔獣がクヨに服従(はたからみれば懐いたように見えるが。ペットのようにだ)したのもまた、クヨが魔王軍の幹部であり、強力な力を所持しているからだろう。
既に滅んだ魔王軍の幹部が魔獣と遭遇した。魔獣を呼び寄せた。
その意味を私は知ることになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます