第12話 私の研究



***


 ナグナ王国は代々ノレント家が王位を継承している。

 私は研究会の中でも群を抜く才を発揮していた為、王族側からのその才能を見込まれ、ナグナ王国の歴史研究を依頼された。

 王族側は、ナグナ王国の王都に私が自由に使用出来る研究所をくれた。

 私は、定期的にナグナ王国に研究成果を発表しなくてはいけない。

 ナグナ王国側も研究資金を提供するに対象として、ふさわしい人物かどうかを判断する。私も一応は支援を受けてる身であるので、私の本意はともかく、王国の期待に応える必要がある。城で開かれる定期の報告会が今日開かれる。

 この報告会は、国王やら大臣やらの高貴な連中が集まる一大イベントだ。私の今後の命運がこの報告会によって決まるといっても、過言では無い。報告会には、いつも助手と二人で参加している。私が主に研究成果の発表を行い、助手が補佐するのだ。助手には本当に助けられてばかりだ。

 私はクヨに研究所で留守番するように頼むと、助手と共に城へと向かう事にした。


「ミズミはかせ、どこに行くの?」


「ちょっとお城までね。私の研究を発表しにいくんだ」


「けんきゅう……はっぴょう?」


「うむ、私が今まで頑張ってきた事を、王族のバカどもに教えてやるみたいな感じかな」


「それって、ミズミはかせにとってはおおきな事?大変なこと?」


「そうだな、大変な事でもあるし、私にとっても大きな事になるな。今日の結果によっては、明日からこの研究所が使えなくなる可能性もある」


「……クヨは行っちゃだめなの?」


「ごめんな」


 私はクヨの頭にそっと手を乗せて、撫でてあげる。


「研究所ここで待っていてくれ。必ず戻ってくる」


「……分かった。クヨまってる」


「……ありがとう」


「頑張ってね、ミズミはかせ」


 ***


「うう……いつ来てもお城は緊張しますねぇ」


 馬鹿でかいナグナ王国の城の前に私と助手は立っていた。

 当たり前の事だが、辺りを見渡せば、周りは警備の騎士ばかりであった。


「相変わらず物騒な場所だな。この場所は精神的に悪い。嫌いな王族が偉そうにしている城になんて、入りたくもないが、仕方ないな」


「ミズミ博士!静かに!周りは王族周りの人間ばかり何ですよ!?さすがにここで王族の悪口を言うのは、まずいですって!まあ、私も嫌いですけど」



「君も言ってるじゃないか……まあ、いいや。私達は何度もここへ来ただろう、今更緊張する事は無いさ」


「まあ、そりゃそうなんですけどね……」


「さて、では、行こうか」


「はい!」


 私達は城の扉の前に立つ。

 すると、硬く閉ざされていた鉄製の扉がゴゴゴゴッと大きな音を立てながら、ゆっくりと開いて行く。


「ミズミ様ですね?お待ちしておりました」


 すると、側近らしき男が出てくる。

 男は私達へ向けて、一礼する。


「王族の皆様方がお待ちです。ご案内致します」


「ああ、ありがとう」


 私達は側近の男に案内されながら、王族達が待つ部屋に向かう。

 城の中は非常に広く、今も城に仕える人間達が、あたふたと動いている。大変そうだな。こんなに大きな場所、王族の連中だけが住うには、勿体ないとも思うがな。


 しばらく歩くと、側近の男がある部屋の前で止まる。


「こちらになります。王族の皆さまは既に待機されております。準備はよろしいでしょうか?」


「ああ、大丈夫だ。ありがとう」


「では、中へお入りください」


 側近に言われた後、私は部屋へと足を踏み入れた。



「これはこれはお久しぶりですな、ミズミ博士」


 入ってくるなり、ナグナ王国のなんちゃら大臣のオレメスが私に話しかけてくる。


 オレメスは、ナグナ王国の紋章が描かれた帽子を被り、いかにも偉そうな王族といった重々しい服装を着ている。

 黒い髭を生やし、若干背を曲げているこの男に、私は挨拶する事にした。


「お久しぶりです、オレメス大臣」


「ふふふっ。ミズミ君。何やら今日は顔色が良いじゃないか。何かいい事でもあったのかな?ぐふふっ……」


 相変わらず汚らしい笑い方だ、全く。


「そうですかね。自分の顔を見る機会があまり無いもので……良い事……ですか。あるにはあるのですが、オレメス大臣から見れば、小さくて些細な事ですよ」


「ふんっ。別に君の機嫌がよかろうと、悪かろうと、ワシには全く関係ないのでね。どうでもいいんだが」


 助手が不満そうな顔で私に耳打ちしてくる。


「相変わらず、嫌味な人ですね」


「嫌味なのは同意するが、私の心情が彼に見抜かれたのは、少し嫌だな。私、そんなに機嫌が良さそうな顔していたか?」


「うーん。ミズミ博士、研究発表会の為に、お城に来る時いつも死んだ目してましたからね……」


「死んだ目……か。そんなにはっきりしていたかな?」


「今は死んだ目というより、普通の人間がいつもしている”普通の目”ですかね」


「よく分からんな」



  助手とのひそひそ話はおしまい。


「ともかくだ。予算の決定権は私にもしっかりあるのだからな!今日の研究発表会で、君の”真意”をしっかり見極めさせて貰うよ」


「私の”真意”ですか」


「ふんっ。どうにも貴様は気にくわない。これならば、マッヒの方がまだ……」


 オレメスは助手の方をチラリとみると、「ふんっ!」と鼻を鳴らす。


「また後でな」


 そう言うと、オレメスは私達の元を去っていった。


「何なんでしょうね、オレメス大臣」


「……あの態度はいつもの事だよ。それより、今は研究発表会の準備だ」


「あ、はいっ!」


 私達は位置につき、研究発表会の準備を始めた。


 ***


 しばらくすると、続々と王族やその関係者らがメインホールへと集まってくる。

 私は中央の発表席に助手と一緒に立つ。


「ううう。やっぱり緊張するなぁ。国王様もいるからなぁ……」


「大丈夫だ。私に任せておけ」


「うわぁ!ミズミ博士が光り輝いて見えます!頼りにしてます!」


 今日はいつもよりも人が多く感じるのは、気のせいだろうか。

 周りを見渡すと、オレメスと目があった。

 オレメスは一瞬こちらをみるが、直ぐに目を逸らしてしまう。


「オレメス大臣……か」


「ええ、ご静粛にお願いします」


 進行役の男が話すと、一斉にざわめきがおさまる。


「では、これより定例ナグナ王国研究発表会を開始します」


 進行役の男が続ける。


「まず初めにこの研究発表会の目的について、私が説明させていただきます。我がナグナ王国は豊かな環境、自然、土地、人民に恵まれ、急激な発展を遂げております。近隣諸国と比較しても、国民は平和で豊かな生活を送る事が出来ています。そこで、我が国の学問における、更なる発展の為に、我が国では、研究会から優秀な研究者を集い、我が国の豊かな自然と生態系や、その光栄ある歴史を調査しております」


「ええい!余計な話は良い!」


 突如1人の男が叫び、進行役の男の話を遮る。


「オレメス大臣、どうかされましたか?」


「つまらない戯言を並べている時間など無い。国王様まで、貴重な時間と手間を割いて、この場にいらしているのだ。無駄な議論をする気など、私には無い」


「しかし、これは歴史ある研究発表会で、代々続けられてきた、過程で……」


「もう良い!貴様は下がっていろ!ワシがこの場を仕切る!良いでしょうか?国王様」


 国王……か。研究発表会の主催者は研究会でも、オレメスでも無く、国王なのだ。この研究会を仕切る権利、最終決定権は国王にある。


「……ミズミ博士、構わないかね?」


 国王が私に問う。


「ええ、大丈夫です」


 国王は中央の席より、更に上に座っている。


「そうか。オレメス、頼む」


「分かりました。では、ミズミ。ワシから質問させて貰おうか」


「……はい」


「ナグナ王国は貴様に多額の投資をしてきた。わざわざ王都に研究所を建ててやった。その意味がわかるよな?」


「はい、勿論です。大変感謝しています」


「ふん。こちらは貴様に投資をしてやってるのだ。感謝するのは当然だ。つまりだな、ナグナ王国が貴様に投資するだけの見返り、利益が本当にこちらにあるのか?そこが問題だ」


「……これまでの研究発表会でも、議論にはなりましたが、私は皆さんが納得するような研究成果を残して来たつもりです。オレメス大臣も分かっているとは思いますが」


「皆さんが納得するような形……ねぇ……」


「何かご不満でも?」


「ふんっ。貴様のその冷徹な目が気にくわない。貴様が本当に国の為を思って、働いているのかが疑問だという事だ。この研究とは何か別の目的でもあるんじゃないか?とな」


「私は自分にできる事を、この国を良くする為に、私にできる事をして来たつもりです。私なりのやり方で……」


「ふん、どうだかな」


 ここで他の大臣が話す。


「オレメス大臣、この場は君の私情を果たす場では無い。この会は、我々が彼の研究成果を場なのだ。無駄な時間を取らせないでくれ」


「……申し訳ありませんでした。ですが、彼の待遇については、もう少し見直すべきだと思います。以上です」


「では、ミズミ君。発表を頼むよ」


「分かりました」


 オレメス……君は一体……



 私達は長い時間、発表を続けた。

 発表は助手の力もあって、うまく行えたし、王族達も満足してくれているようだった。



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