第10話 魔族の事情ともう一つの約束

「クヨ?」


 私はクヨの部屋をノックする。


「入っていいか?クヨ」


「いいよ、ミズミはかせ」


 私は扉を開けて、クヨの部屋に入る。

 クヨはポツンと部屋の真ん中に立っていた。


「さっきはごめんなさい、ミズミはかせ」


「いや、私も悪かった。クヨに何も説明しないまま、外に連れ出してしまって……」


「……やっぱりクヨはいらない存在かな?」


「そんな事は無い、私が必要としているから、安心したまえ」


「ミズミはかせだけ?」


「……それは何とも言えないな、私以外にもお前を理解してくれる人間もいるかもしれないが」


 私以外にも……か。


「ミズミはかせ、クヨはわからない。何で生きているのか、なんであのおじさんを殺しちゃいけないのか、わからないよ」


「わかっている。全て話そう、クヨ」


 私は意を決した。

 私の為にも、クヨの為にも、これはやるべき事なのだから。


「まず、クヨが覚えている事を私に教えてくれないだろうか?」


「クヨが覚えていること?」


「そうだ、何でも良い、何かあるなら教えてくれ」


「……わからない、何も思い出せないよ」


「……そうか」


 やはりクヨには魔族としての能力は残っているし、意識は断片的に反映されているのだが、はっきりとした記憶は残されていないらしいな。


「そうだ、クヨ。さっき何でお前はミグさんを襲ったんだ?」


「ミグさん、仲間じゃないから。クヨの」


「仲間じゃないってどういう事だ?」


「……」


 クヨは口を閉ざしてしまう。

 だがやはり…

 私はなぜクヨがミグさんを襲ったのか、その理由は予想出来ていた。


「やっぱりミグさんが弱かったからか?」


「……うん」


 やはりそうか。

 クヨの認識では強さこそ仲間としての証なのだろう。

 それはそうだ、魔王軍は恐るべき強さで人々に恐怖を与えていた。

 強さという結束と信頼があったから出来た事だろう。

 そんな環境で生きたクヨだ。

 私が仲間と言った相手が弱かった。

 それは相当なショックだったのかもしれない。



「クヨ、ミグさんに抱き付いたよな?」


「うん」


「あの時に強さを測っていたのか?」


「うん」


「なぜ私や助手は仲間だと断定出来るんだ?私の時は抱きついてこなかっただろう?助手の時もそうだ」


「ミズミはかせは私を助けてくれた。じょしゅは見ただけでわかった。つよいって」


 ……そうなのか。

 助手にそこまでの力があるとは。

 元魔王軍の幹部が言うのだ、間違いないだろう。

 クヨの言っている”強い”はどういった意味での強いなのだろうか?

 単に戦闘能力が高いという意味なのか、それとも別の意味があるのか…

 どちらにせよ、私には判断出来ない事だった。


「強い人間だけがクヨの仲間なのか?ミグさんはクヨの事を敵対視なんてしていなかったぞ」


「…弱い人間は死ぬだけだよ、殺されるだけだよ。そんな人間はクヨの周りには居て欲しくない」


 クヨは段々饒舌になっている気がする。

 少しずつ過去の記憶が戻っているのか、成長しているのか。


「ならどんな人間がいて欲しいんだ?」


「ク・ヨ・を・守・っ・て・く・れ・る・人・間・、ク・ヨ・を・裏・切・ら・な・い・人・間・」


「守ってくれる……裏切らない…か」


 クヨの過去に一体何があったのだろうか?

 強さだけを追求し、クヨ自身を守れる存在。

 そして、クヨを決して裏切らない存在。

 裏切りと信頼。

 相反する言葉だが、クヨの真意は何だろうか?


「私はそんな事はしない。私はクヨを何があっても守るし、絶対に裏切らない。約束する」


「ほんと…?ミズミはかせはクヨを裏切らない?」


「ああ、裏切らない。クヨが何をしようと……な」


 ミグさんの件で忘れていたが、あくまで私の目的はクヨについて研究する事だ。

 私の野望の為に。

 だからクヨの行動を私が制限するわけには行かない。

 クヨのありのままを研究しなくては意味がない。

 クヨのやりたい事を出来る限りやらせるべきかもしれない。

 それがどんな結果を招こうとも。

 それが間違っているとしても。

 私はそういう人間だ。

 目的の為なら手段を選ばないし、利用出来るモノなら何でも利用する。

 それが王族だろうと関係ない。

 私の頭脳とクヨの力なら何でも出来る。


 ……何てね。

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