第8話 魔族と散歩と約束

「うわぁ、すごい! 建物がいっぱい!」


 クヨが物珍しそうに辺りを見回している。

 私とクヨは研究所の周りの道を歩いていた。

 まだ朝早いとはいえ、商人などで通りは大変賑わっていた。

 人通りも多い。

 始めこそ、クヨは人に怯えている様子で、私の側に隠れていたのだが、やはりクヨの時代とは街の発展は違っているようで、大変驚いていた。

 不安な心は興味へと変わっていったようである。


 クヨは何もかもが気になるようで、あっちこっちにうろちょろしている。


「おや、ミズミ博士」


 ふと露店の主人から声を掛けられる。


「ん?ミグさんか」


 露店の主人はミグさんと皆から呼ばれている。

 彼も昨日会った果物屋の婆さんの仲間である。


「ミズミ博士、そちらのお嬢ちゃんは?」


 ミグがクヨの事を不思議そうに見ている。

 クヨはミグさんを警戒してか、私の後ろに隠れてしまう。


「まあ、知り合いの子供だ」


「はぇ、ミズミ博士にこんな可愛い知り合いの娘がいたなんて……」


 今更だが、クヨのトレンドマークでもある尻尾とツノは私の力によって隠す事に成功した。

 だが、メリットもある。

 これは、長時間効果がある訳では無い。

 一定時間が経てば自動的に効果が切れてしまう為、人通りが多い場所では注意する必要がある。


「あなたはだあれ?」


 クヨがミグさんに質問する。


「俺かい?俺はミグさんだよ」


「ミグさんなクヨとミズミはかせのなかま?」


「へ?仲間?」


 不味い……あまりミグさんとクヨを会話させる訳にはいかない。

 ミグさんの返答によって、クヨの機嫌が悪くなり、何かあってはいけない。


「ミグさんは私の仲間だ、大丈夫、味方だよ」


「なかま?ならいい!よろしく、ミグさん!!」


 クヨが嬉しそうにミグさんのもとへ駆け寄る。


「おお、急に懐いたな……仲間……か」


 突然のクヨの変化に困惑している様子である。

 まあ、それも仕方ないだろう。


「すまないな、ミグさん」


「いや、いいよいいよ、こんな可愛い娘さんに懐かれたんだから…仲間…か」


 クヨが突如ミグさんに抱きつく。


「うお!?気に入られたようだなぁ。ハハハ…まいったなぁ」


「ちょ……おい、クヨ……!」


 クヨがミグさんに抱きついたまま離れない。

 一体どうしたんだ…?


 クヨは特に仲間意識を大切にしている。

 どんな相手だろうと、自分の味方、仲間だと分かれば安心するらしい。

 これはやはり過去の経験からの行動だろうか?

 魔王軍という”仲間”を壊されたクヨは何を思ったのだろうか?


『ミズミはかせ、この人よわいよ、仲間じゃないよ』


「え?」


 その瞬間、クヨの目が変わったのに私は気づいた。

 安心が恐怖、疑心へと変わってゆく。

 裏切りの目、失望の目へと変わっていった。


「よせ!クヨ!!」


 遅かった。

 クヨはミグさんに抱きついたまま、左手を大きく上げ、衝撃波を放とうとする。


 マズい!

 ここで騒ぎを起こす訳にはいかない!!


「クヨ!!辞めるんだ!!」


「?」


 クヨが一瞬こちらを振り向く。

 その隙に私はクヨをミグさんから引き離し、クヨを抱え、地面に倒れると、クヨを押さえつける。


「クヨ、辞めるんだ」


 力強い口調、真剣な表情で私はクヨと向き合う。


「なんで?ミズミはかせ?あの人は弱い、クヨとミズミはかせの仲間じゃないよ」


「弱い人間だって、クヨの仲間になれるんだぞ」


「だって弱くちゃ殺されちゃうよ?」


「この世界にはクヨ、お前を殺そうとする人間はいない」


「え……?」


「お前の敵はもういないんだよ、クヨ」


 クヨは何らかの方法で相手の戦闘能力を知る事が出来るようだ。

 私や助手の事を仲間だと認めたのは、ある程度の強さがあるからだろうか?

 私と助手にあって、ミグさんに無い物。

 それは一体…?


「……ごめんなさい、ミズミはかせ」


 クヨが私に謝ってきた。

 私が真剣に話したからか、それとも本能的なモノか。

 これが純粋なクヨの気持ちか。


「クヨ、約束してくれ。も・う・二・度・あ・ん・な・事・は・し・な・い・、・人・を・傷・つ・け・な・い・、いいな?」


「……分かった、ミズミはかせ、約束する」


 クヨは素直にそう答えた。


 私はミグさんのもとへ駆け寄る。


「すいません、ミグさん。私のしつけ不足です」


「あはは、凄い娘さんだねぇ流石ミズミ博士の知り合いの娘だ、アハハハ」


 ミグさんはこう言うが、目が笑っていない。

 明らかな恐怖の目だった。


「いててて……腰をやっちまった…」


「すいません、治療費は全てお支払いしますので、医者へ」


「すまないねぇ、ミズミ博士」


「謝る必要はありません。全て私の責任です」


 私はクヨの方を見る。


「クヨ、研究所の場所がわかるか?」


「うん、わかる」


「私はミグさんを医者まで連れて行くから、先に帰りたまえ、いいな?」


「わかった」


 私はミグさんを連れて、医者の元へ向かった。

 クヨもとぼとぼと1人で研究所へと帰っていった。


 ーーーー約束、守ってくれるだろうか。

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