第2話 魔族と果物

「ゆうしゃ……ゆうしゃ……」


 クヨはずっとこの言葉を呟いている。

 やはり、勇者の事をクヨに伝えたのは、間違いだっただろうか?

 そのせいで、機嫌が悪くなってしまったのかもしれない。

 ふむ、何か方法は無いだろうか?

 私は天才的頭脳である事を思いついた。

 そうだ、きっと腹がすいているのだ!

 そうに違いない。

 確か台所に何か食べ物があったはず……

 私は実験室から出ると、台所へと向かう。

 一応実験室の壁は特殊な細工がしてある為、よっぽどの事がない限り、クヨに壊される事は無いと思うが……大丈夫だろう、多分。

 台所には予想通りいくつかの食べ物があった為、クヨが食べそうな物を探す。

 うん?これは……中々美味しそうな果物が有るじゃないか。

 ふむ……これは何の果物だろうか?

 確か、近所のおばちゃんからおすそ分けで貰ったやつだよな。

 何の果物かは、教えてくれなかったけれど、「美味しいわよ」って言っていたので、大丈夫だろう、多分。

 しかし、よく考えてみると、クヨは魔族だ。魔族は人間が食べる果物という物を食べるのだろうか?

 そもそも、魔族というのは、一体何を食べるのだろうか?

 イメージ的に人間を食べるのだろうか?

 例の歴史書には、魔族は人間が住んでいる居住地を襲い、女子供構わず、攫い、食用として捕らえておくとか書いてあったような気もする。

 上級魔族は人間が大好物で、美味しそうにむしゃむしゃ食べるんだそうな。大丈夫だろうか。私も食べられないだろうか?


私は少しだけ心配してしまう。だが、私は妙に自信があった。


きっと何とかなる!

 なぜなら、私は天才だからだ!!


この自信のおかげもあって、私は生きる事が出来ているのだからな。

 私は台所からいくつかの食べ物を持って実験室へと戻った。

 うん?何やらゴオゴオと変な音がする気がするのだが……?一体何だ?

 私は、恐る恐る実験室の方を覗いてみる。


 な!?え、なんだあれは!?


 私が一生懸命特殊な細工をした壁にに、罅が入っていた

 それはもう、今にもぶっ壊れそうなほど大きな罅だった。

 いや、呑気に静観している場合では無い!

 一体なぜこんな状態に?

 それにこの実験室から聞こえてくる衝撃音は一体何なんだ!?


 私は実験室の方へ耳を澄ましてみる。

 すると、実験室の中からクヨの声が聞こえてくる。


「ゆうしゃ!!ゆうしゃ!!ゆうしゃぁぁぁぁ!!!」


 やはり勇者の事を思い出してしまい、怒り狂ってしまったのだろうか。

 クヨはどうやら衝撃波か何かを実験室の壁にぶつけているらしい。

 まずいな、このままでは天才の私が英知を生かして作り上げた実験室が破壊されてしまう。

 とりあえず、そっと実験室の中へ入ってみよう。

 中に入った途端にクヨの攻撃で爆死するなんて事は流石に無いとは思うが…


 私は持っていた食べ物を前に掲げながら、実験室の扉を開ける。

 すると、先程とは全く違う形相をしたクヨが私の方を睨んでいた。

 この感情は天才の私でも理解出来る。

 怒り、憎しみ…それがどこへ向けての感情なのだろうか?

 突然目覚めさせた私への怒りか、

 数百年前に自身を倒した憎っくき勇者への怒りか。

 それともただ単にイライラしているだけか。


「ゆうしゃ!ゆうしゃ!ゆうしゃ!!」


「お、落ち着くんだ。クヨ。ほら、近所のおばちゃんから貰った良く分からない果物だよ〜ほら、おいしそうだろ〜?」


「!」


 突如、クヨの叫びが止まった。

 すぐさまクヨは私の方ーーーーでは無く、私が持っていた果物の方へやってきた。

 私はクヨの前へ果物を置いてやる。


「くんくんくん……ん?」


 クヨが怪訝そうにクンクンと匂いを嗅いでいる。

 犬みたいで可愛いな。

 やはりまだ食べ物だとは認識出来ないか。


「これ、たべていいの?」


 クヨが私に訊いてきた。

 凄いな、本当に意思表示が出来るのか…自分で質問もできるとは。


「ああ、これは私がクヨの為に持ってきたんだ、是非食べてくれ」


「わたしのため……クヨのため?」


 段々と記憶が戻ってきたのだろうか。

 自身の事をやはり、クヨだと認識し、主張しているようだ。


「そうだ、クヨの為だ。だから、これは全てクヨのものだよ。思う存分、遠慮なく食べるといい」


「わかった。これ、ぜんぶクヨのやつ」


 クヨはまず、ぺろぺろと果物を舐める。


「あじがないよ、ミズミはかせ」


 おお!もう私の名前を認識したのか!

 素晴らしい!

 ……何だか、子供の成長を見守る親の気分だな。

 私は結婚などするつもりもないし、子供もつくるつもりも無いが。

 だけど、もし私に子供がいたのならば、こんな気持ちになるのだろうか?


「これは舐めるんじゃ無い。こうやって、食べるものだ」


 私は果物を一つ取ると、少し齧ってみる。

 クヨに”食べる”という行為を見せる為である。

 ふむ……この近所のおばちゃんから貰った果物……凄く不味いな。

 不味いし、苦い。最悪だ。

 私はあまりの不味さに吐きそうになってしまう。

 こんな不味いモノをクヨは食べる事が出来るだろうか?


 クヨも私の真似をして、果物を取ると、私と同じように果物を齧る。

 さて、どうだろうか…?


「ん!おいしい!これ、おいしい!」


 どうやらクヨの口には合っているようであった。


「そうか、美味しいか、私は嬉しいぞ」


 この感情は天才の私にも分かる、喜びの感情である。


「おいしいよぉ…クヨ、うれしいよぉ…」


 クヨの目からはぽろぽろと涙が溢れていた。

 そこまで、美味しかったのか…

 まあ、良く考えれば、何百年振りの食事である。

 クヨが生きていた時代よりかは数百年の時が流れている。

 “食”一つに絞ってもこの数百年でかなり進化、発達しているだろう。

 クヨがどんなモノを食べていたのか知らないが(人間とかだったら怖いけどでも若干興味があるけど)それだけ、衝撃的な出来事だったのかもしれない。


「そうか、うれしいか……私も嬉しいぞ」


 クヨも大分話せるようになって来た。

 私はクヨが生きていた時代の話を聞いてみたいのだが、クヨの精神上、それは難しいかもしれない。

 “勇者”という言葉に極端に反応していたクヨ……

 彼女と”勇者”との間には、やはり何かが起きていたようであった。

 それをクヨが語ってくれる日は来るのだろうか……





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