M05-09

 陣野修(じんのしゅう)は流れ込んでくる宮本修(みやもとしゅう)の記憶に混乱していた。助けにきた父の死を目(ま)の当たりにしてなにもできない自分。海水をのみ込みむせかえる。もがき苦しみながら死んでいく自分。『死にたくない』その願いは凶暴な波によって無情にも打ち砕かれる。『生きたい』その思いを弱っていく彼の心臓は受けきれない。闇が支配する世界が彼を受け入れた。


 温かい心に満たされた世界で彼は目覚めた。恐怖や苦痛、悲しみや不安がまったくない世界。何万、何十万の記憶が彼のもとに集まり一つに溶け込んでいく。他人と自分とをへだてるものはなく、ねたんだり、恨んだり、うらやんだりする心は打ち消され、すべてが一つになった。その世界では人間が抱く欲望のすべてが無意味だった。しかし、そこには存在することの意義がなかった。


 一つになった意識は意義を求めた。人間よって汚(けが)された地球は、生命を育む星として滅びかけていた。答えは簡単だった。地上で暮らす人間が多すぎるのだ。それなら、融合すればいい。不安も恐れもない自分と。彼は自分の分身を次々と生み出してグアム島の人間を取り込んだ。さらに分身を増やして世界中に向かわせた。飢えるものも富めるものも、生まれくるものも死にゆくものも貪欲に取り込んだ。野望を抱くものも、ひっそりと生きるものも一つにした。


 やがて一つの意識は地球に生まれた動物の存在意義を知った。『戦って食らう』単純で残酷だった。なぜ、そうなのかを求めた。答えははじまりの遺伝子のスペックだった。彼はそれを正すことにした。彼はそれを正すべき手段を知っていた。宮本修の体は膨れ上がる一つの意識の中でそれを見つめていた。


 宮本修の体は一つの意識から逃げ出した。なぜなら、一つの意識はすでに宮本修の意識ではなかった。宮本修の体は『戦って食らう』ことを欲していた。彼の再生された体には、純粋培養した『カイラギ』とは異なり、忌まわしい遺伝子のスペックが息づいていた。


 巨大なビルが目の前で崩壊していく。水柱を立てながら海中へと飲み込まれる。荒れ狂う海の中で体を覆う外殻を捨てた。波にもみくちゃにされながら必死でもがいた。巨大な手が現れて彼の体を包み込んだ。神崎彩菜(かんざきあやな)ののるBMD-A01がそこにいた。ごつごつした『バイオメタルドール』の手から生きてほしいという神崎彩菜の意志が伝わった。


頭の中に宮本修の声が再び響いてくる。


『あっちの戦いは終わったようだ。神崎彩菜は久我透哉(くがとうや)を選んだようだ』


陣野修はBMD-Z13のゴーグルを拡大モードにしてBMD-A01を見た。BMD-A01はハッチを開いて久我透哉を受け入れるところだった。


『・・・』


『どうする。今なら僕と一つになって、彼らを取り込むことができる』


『・・・』


陣野修は答えられなかった。宮本修が彼の心を代弁する。


『陣野修。君の心は彼女、神崎彩菜を欲しているんだろ』


『・・・』


陣野修は神崎彩菜に抱いていた淡い思いを認識する。心がきしきしと痛む。14歳の体が生み出す愁訴感(しゅうそかん)が彼の心を支配しはじめる。


「違う。二人は仲間だ」


陣野修は声をはりあげて叫んだ。BMD-Z13は金色の『カイラギ』に向かって『マサムネ』を再びかまえた。

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