M05-02

「驚いたわ。山村(やまむら)刑事。あなたの言う通り『カイラギ』があれから一度も襲ってこなかった。あんなものがきくなんて」


一特(いちとく)の調査船の操舵室(ブリッジ)で陣野真由(じんのまゆ)は、調査船の先端に取り付けた白旗を指さして山村光一(やまむらこういち)に告げた。


 いつの間にか民間人である山村光一が操舵室にいるのが当たり前になっていた。彼は許可をとることもなく警備兵に挨拶(あいさつ)して堂々とここに入ってくる。神経が図太(ずぶと)いと言うか鈍感と言うか。軍の規定に従えばとっくに銃殺刑だった。堅物の軍人でさえ山村光一のことを受け入れていた。彼なしではここまでこれなかったと思うと、ますます不思議な男だと思った。


「僕もこんなにうまくいくとは思いませんでした」


山村光一の答えに陣野真由はつくづくいい加減な男だと感じずにはいられなかった。しかし、このタフさこそが人間が人間であることの証なのかもしれない。


 調査船の目の前を巨大な壁が立ちはだかっている。銀色に輝く壁はあまりにも巨大で天辺も左右のはしも見通せなかった。何もない壁を見つめてたずねた。


「さて、これからどうするつもり。山村(やまむら)刑事。入り口はおろか船をつなぐ場所もないわよ」


「うーん。困った」


山村光一も何もない壁を見つめた。園部志穂(そのべしほ)は調査船のAIに壁のデータを送って解析させたがモニターに表示されたものは『未知なるもの』と言う頼りない単語だった。


「園部(そのべ)さん。ちょっと借ります」


山村光一は作戦指揮用のマイクを握りしめて叫んだ。


「開けゴマ」


山村光一の声が拡声器から鳴り響いた。


 アニメを飛び越えて千夜一夜物語(アラビアンナイト)の呪文が出てくるとは。陣野真由は頭を抱えた。この船は調査船と言えども立派な軍の艦艇(かんてい)だ。規律を重んじる軍の威厳はまるでなかった。操舵室のクルーたちは「ついにやらかしたか」と言う白い目で山村光一をにらんだ。


 その時だった。ふわりとした感覚が陣野真由の体を襲い、めまいをおぼえる。気がついた時には調査船もろとも別の場所にいた。先ほどまで目の前にあった銀色の壁はおろか、海も青い空もなかった。どこまでも白く光る空間に調査船は浮かんでいた。

陣野真由はあわてて山村光一からマイクを奪い取った。


「全クルーは現場の状況確認。非常事態宣言。BMDパイロットは出撃態勢のまま待機」


陣野真由はそう言ってはみたものの次の命令が出せない。山村光一は落ち着いた表情で陣野真由の肩を軽くたたいてから、もう一度マイクを奪いとった。


「あー。聞こえるか。宮本修(みやもとしゅう)くん。母さんと迎えにきたぞ」


「・・・」


調査船の先端の見張り台の上に少年が立っていた。


「そんな。そんなことって」


陣野真由の脳裏に息子である宮本修の葬儀の記憶が駆け巡った。

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