M05-01

 第一研究特殊部隊、通称『一特(いちとく)』の調査船は白旗をかかげてグアム島に向かって進んだ。『カイラギ』がつくり出した巨大な建造物が目の前にそびえ立っている。


 単体の物としては人類がつくり上げたどんな建築物よりも大きかった。黄金比率で構成された四角柱の物体の先端は雲を突き抜けていた。


 銀色に輝くその姿からなんらかの金属でできていると想定されたが調査船のAIはそれがなんであるか特定できなかった。


 その建造物には窓や出入口はおろか、つなぎ目一つなかった。歪みの一切ない、なめらかな表面は鏡のように周囲の風景を映しこんでいた。人類の建造技術や科学力では到底つくり出すことのできない物体が目の前にあった。


 神崎彩菜(かんざきあやな)にはその姿が巨大な墓石にみえた。『サースティーウイルス』に感染し、追いすがる彼女を突き飛ばして、ゾンビとかした人々に加わって海へと消えた両親と弟の姿を思い出した。


 あの中に『カイラギ』となった人々がいるのだろうか。父や母、弟は『カイラギ』の意思に取り込まれたのだと山村光一(やまむらこういち)が教えてくれた。


しかし、神崎彩菜にとってそれは、もはや父でも母でも弟でもなかった。


彼女にとっての父は飛びついてもびくともしない大きな背中であった。


彼女にとっての母はふわりとした香りをはなって、やさしく抱き包んでくれる存在だった。


彼女にとっての弟とは不器用で、生意気で、泣き虫で気に入らないことばかりの存在だった。だけど、愛していた。


 自分が戦ってきたものが『カイラギ』に取り込まれた数千万もの人間の意思が融合してつくり出されたものだとしても、たとえその中に両親や弟の意思が含まれていようとも関係なかった。彼女にとっては『サースティーウイルス』に感染した時点で父や母、弟は死んだのだった。山村光一からすべてを聞いてた後も『カイラギ』が憎むべきものであることは変わりなかった。


 神崎彩菜は山村光一と調査船の甲板に出た。二人ならんで手すりにつかまり『カイラギ』がつくり出したものをながめた。潮風がほほのほてりをいさめていく。髪が風になびく。


「山村さん。あれ『バイオメタルドール』で壊せないかな」


神崎彩菜は前を指さした。


「んーん。どうだろう」


山村光一は『カイラギ』がつくり出したものを間近で見て、技術力の違いに圧倒されていた。あれだけのものをつくり出せるなら『カイラギ』にとって人類を滅ぼすことなどたやすいことだろうと確信した。


『カイラギ』の目的は資源を集めてあれをつくり出すことで『バイオメタルドール』は資源回収を邪魔する存在でしかなかったのだろう。彼らは戦闘に勝って喜ぶことも、ほこりに思うこともない。武器としてただ機械的に排除するだけだ。


 スペックの高い武器が残り、スペックの低い武器が破壊される。そこに恐怖や喜びと言った人間特有の感情はなかった。


「彩菜さんはあれを壊したいの」


山村光一は神崎彩菜の横顔をながめる。


「はい。『カイラギ』が人類を絶滅から救ったものだとしても。地球の生き物が住み続けられる環境を取り戻してくれたものだとしても。あれは地球にあってはいけないものです」


「どうしてそう思うの」


「だって。あれがあったら人間は生きる目的と意味を失うから」


山村光一は神崎彩菜の成長に驚いた。


「そうだな。壊しに行くか」


「はい」


二人は目を輝かせた。

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