K01-02

 病室は木製のベッドが置かれているだけの、なにもない殺風景な部屋だった。少し黄ばんだカーテンが申し訳なさそうに揺れている。14歳の少女と言えば、かわいらしい小物などに取り囲まれているべきだったし、学校の友達などからの手紙やお見舞い品があるのが普通だった。しかし、そこにはお見舞いの花一つなかった。その上、食べ物や身の回りの道具など、家族が訪れている痕跡がまるでなかった。


 野島源三(のじまげんぞう)はポケットから財布を出し、中から五千円札を引き出して山村光一(やまむらこういち)に手渡した。


「山村。表の花屋でなにか買ってきてくれ」


野島源三は少し離れて座る監視役の女性に向かって会釈しながら、


「かまいませんか」


と尋ねた。


彼女は、


「ええ。特に規則にはありませんので」


と事務的な言葉で短く返してきた。


野島源三は、監視役の女性の気が変わる前にはやくいけと山村光一の背中を少し押した。


 山村光一が部屋を出ると、野島源三は神崎彩菜に向き直った。


「すまんな。自分のことで大変な時に」


神崎彩菜は野島源三の方を真っすぐに見つめていた。


「私は大丈夫だよ。脚くらいなんてことない」


神崎彩菜は少女らしい元気な笑顔をつくった。


「君が少年を見つけたのは、旧新宿副都心での作戦中と聞いたが間違いないかな」


「はい。ビル崩壊の後、オリンピック記念道路の側で溺れているところを救出しました」


「まわりに乗り物とか気になるものはなかったかな」


神崎彩菜は唇に人指し指をあててすこし考え込む仕草をした。


「慌ててたから、どうかな。特別なものはなかったと思うけど」


そう言ってから、神崎彩菜は付け足した。


「あっ。ビルの崩壊に巻き込まれた『カイラギ』の戦闘タイプの死骸が一体あった」


「そうか。他にはなにか思い出せないかな」


「うーん」


「君が少年を見つけた時、少年は裸だったと記録にあるが間違いないかな」


神崎彩菜は年頃の少女らしく少しほほを赤らめた。


「はい。背中にBMDの『神経接続痕』があったから、どこかの部隊のパイロットかなと。『フェイクスキン』が溶解したので脱出したんじゃないかな」


「君の乗るBMDはどうやって操縦するものかな」


「BMDはパイロットの遺伝子から作られた戦闘用の人型兵器です。『フェイクスキン』を介して全身の筋電信号をやり取りするので、特に操縦はしてないです。普通に体を動かす感じって言うか」


「背中の『神経接続痕』とはどういうものかな」


「BMDの頭部感覚器官からの視覚、聴覚、嗅覚といった感覚情報はパイロットの背骨の脊髄神経節から脳に伝達されます。BMDから伸びる神経節が体内の神経節と接合した時にできる傷です」


 野島源三は若い女の子にお願いしていいものかとためらったが、思い切って尋ねた。


「君の神経接続痕を見せてくれるかな」


「はい、どうぞ」


そう言うと神崎彩菜は少し顔を赤らめながら、野島源三に背を向けてパジャマをめくって見せた。首から背骨にそって赤くえぐられたような傷跡がいくつも続いていた。野島はその痛々しい姿に心を痛め、山村がいなくて良かったと思った。


「私が助けたのはパイロットですよね」


神崎彩菜が後ろを向いたまま尋ねてきた。


「ああ、そうだ」


野島源三が答えると、神崎彩菜は声をおさえながら肩をふるわせて泣き出した。

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