K01-03

 ガタゴトと入り口の引き戸が音を立てて開いた。野島源三(のじまげんぞう)と神崎彩菜(かんざきあやな)がそちらを見ると山村光一(やまむらこういち)が花を買って戻ったところだった。


「すみません。遅くなりました」


入り口には山村光一が赤いバラの花束をかかえて立っている。それを見た野島源三は顔を赤くしてどなった。


「おい、山村。おまえ、その花の意味がわかって買ったのか」


野島源三の怒号に驚いた山村光一はおどおどして答える。


「いえ、その。お店の女性店員に女の子をはげます花を頼んだだけですけど」

入り口の近くに座っていた軍の制服に身をつつんだ女性からクスッと笑いがこぼれた。野島源三は小さな声で神崎彩菜に


「彼女、笑うこともあるんだな」


と言うと、神崎彩菜は


「私もはじめてみました」


と小声て答えた。


野島源三は山村光一をにらみつける。


「まあいい。それは27にもなって恋人一人いないおまえをはげます花だ」


「どういう意味ですか。野島さん」


今度は山村光一は口をとがらせる。


「赤いバラは愛を伝える時に使う花だ。山村、おまえ、神崎さんに告白でもするつもりか」


野島源三の言葉で山村光一は耳まで赤くした。山村光一は自分の持った赤いバラの花束を持ちあげて、


「えー、じゃあ、これ、その、あの」


とあわてふためいた。殺風景な病室に笑いがおこった。


野島源三は、


「すみませんな。こんな男をつれてきて」


と謝ってから続けた。


「ところで、軍の方にも聞いておきたいことがあるのですが」


口を押えて笑いをかみ締めている軍服の女性は急に真面目な顔に戻った。


「軍からの報告はもう提出されていると思いますが」


彼女はあからさまに顔をしかめる。


「ええ。報告書は読ませていただきました。仕事柄、一応、確認と言うことで」

野島源三は彼女に告げると山村光一に向かって言った。


「山村、まあいい。おまえは少し神崎さんの話し相手になってあげてくれないか」


 野島源三は山村光一を置いて、軍の女性と廊下に出た。


「心配しなくても大丈夫です。山村に軍の機密を聞き出すような芸当はできっこないので。報告書の内容を少しだけ確認させてください」


「わかりました」


そう答えながらも彼女は無表情に戻り、警戒心をあらわにした。


「ところで、まだ、お名前を聞いてませんでしたね」


「三村美麻(みむらみま)と申します」


野島源三の質問に彼女は話す必要はないとばかりに少し強い口調で答えた。野島源三はおだやかな表情をつくって質問を続ける。


「三村さん。例の少年が発見された時、同地区には他に展開している部隊はなかったとありますが」


「はい。報告書の通りです」


「こちらで少年の身元確認をおこないましたが、警察の捜索者リストにも、住民基本台帳にもそれらしきものがみつかりませんでした。少年が一言も話さないことから、もしかしたらと思って病院関係にもあたってみましたが該当者はみつかりませんでした」


「はい。軍のデーターベースにも記録がありません」


「神崎さんの見立てでは、BMDのパイロットと言うことですが。そうなると、なぜ軍部は我々警察に彼を引き渡したのですか」


「私にはわかりません」


「他国のパイロットか、軍の機密部隊のパイロットの可能性はないのですか」


野島源三はそう質問してから、


「三村さん」


と付け足した。


「私には答えられません」


三村美麻の返答に野島源三は少しイラつく。


「そうですか。軍規ってやつですか」


「はい」


「では、質問を変えます。彼の未成年後見人として家庭裁判所より連絡のあった陣野真由(じんのまゆ)とはどんな人物ですか」


「・・・・」


野島源三は三村美麻が答えにきゅうするのを見て自分で答えた。


「陣野真由42歳。筑波生物研究所名誉教授。BMD開発の立役者で、兵器開発顧問ともうかがっておりますが」


「はい」


「そんなお偉い方が、なぜ、身元がしれないBMDのパイロットの後見人になったのですか」


「・・・・」


三村美麻は答えにつまりだした。


「軍が管理したいなら我々警察に引き渡す必要もないのではと思いますが」


「彼はパイロットと言っても人間です。さらに未成年です。彼の成長のためには適切な教育と適切な生活環境が必要です」


三村美麻の言葉に少し感情がこもった。野島源三は自分の考えをぶつけてみる。


「子供を兵器に乗せておいて、人権尊重を訴えるのですか」


「私だって。かわってあげられるものなら」


三村美麻はそう言って唇をかんだ。


「失礼しました。三村さんのせいではないですよね。今の言葉は忘れてください」


「いえ、私もそう思います。ですが、今のこの世界ではパイロットが必要なのです」


「そうですね。それは私も認めます」


野島源三は口惜しそうに病院の廊下を見あげた。


病室から神崎彩菜の中学生らしい笑い声が聞こえてきた。


「山村はいいムードメーカーだな。警察にもあなんやつがいてよかった」

野島源三のつぶやきに三村美麻は静かに答えた。


「ええ」


野島源三は優しい表情を浮かべた。


「戻りましょうか。三村さん」

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