3.(終)
「なんにもいないな」
「ふぅーーー、よかった」
冷や汗をぬぐうショウコの横で小さな名探偵は事件を忘れていなかった。
「じゃあ、いったい誰がケーキを食べたんだろう?」
「ただいまーーー」
最後に帰宅したのは母親の真実(マミ)だ。
「あら、アナタ今日はどうしたの?」
「ちょっとヤボ用でな。麦茶をもらいに寄ったんだ」
何より先に指紋だらけのテーブルをみつけたマミは、肩のバッグをおろす間もなく説教モードに入った。
「ちょっと!! 誰これやったの!?」
「事件なんだよ! 何者かがケーキを食べちゃったんだ!」
ケンタは名探偵らしく、これまでの経緯を整理して説明してみせた。
唯一残った証拠品である謎の毛を受け取ったマミは興味深そうにそれをながめている。
「変わった毛ねえ」
マミはバッグからダイヤ鑑定士が使うようなルーペを取り出し、本格的に証拠品の観察を始める。
「母さん、そんなのいつも持ち歩いてるのか?」
「研究職はね、そういうもんよ」
彼女は植物関連の研究所に勤務している。ルーペぐらいは持っていそうである。
「これは・・・・」
マミの顔つきが変わった。
あたりをキョロキョロ見回しながらバッグに手を入れる。
「みんな、ちょっと下がって」
全員をキッチン方面に追いやり、自分はリビングの窓の方に向いて仁王立ちとなる。
そしてバッグから銃のようなものを取り出した。
「か、か母さん、それは??」
霊界探偵はジャンル違いの展開に声が裏返る。
銃といってもSF映画でしか見ないような銀色の奇妙な装置であった。
マミはあらゆる方向に銃を向けながら、後部のモニターに映し出されるサーモグラフィのような映像をチェックしている。
「そこね・・」
窓際のカーテンのあたりに向けてマミは銃を構え、少しだけ顔を近づけた。
「見えてるわよ。出ていらっしゃい」
<<○※|%%#○☆!!〜□†>>
マミのセリフに続くように機械のノイズのようなランダムな音声が銃から発せられた。
言葉を何かに変換しているのか。
張りつめた空気とともに時間だけが過ぎていく。
「ショウコ、何か甘いものないかしら?」
「あ、冷蔵庫にあたしのプリンがあるけど」
「ちょっとお皿に出してくれる?」
マミは銃を構えたまま、プリンの皿を窓から数メートルの床に置き、そのまま向きを変えずに戻った。
「それ食べていいわよ。どうぞ」
<<%$○!☆□∴?☆!〜△>>
全員が固唾をのんでプリンを見守る。
「ばさっ!!」
「ひっ!!」
突然カーテンがはためき、何者かが姿を現した。
同時に2cmほど跳ね上がったのはショウコである。
自転車のタイヤくらいのマリモに似たそれは、全身が茶色の毛で覆われ、光の加減で淡い緑の光沢を有していた。証拠品の毛はおそらくそれのものだろう。
ふわふわと宙に浮いたマリモから灰色のベルトのような平たく長い器官がのびている。
そのベルトをそぉーっとプリンに近づけると、上空でゆらゆらと揺らし始めた。
そして、ベルトの先端がまあるく開き、プリンの一部を削り取った。
「あ、食べた」
ケンタは率直な観察結果を声に出した。
マリモは少し驚いたのか、ベルトをひっこめ、カーテンのあたりにふわりと飛びのいた。
「あ、ちょっと、全部食べちゃってよ!」
ユウジの失態を見ていたショウコには、自分のデザートが食べかけで残っているのが耐えられなかった。
マミにうながされたマリモは残りのプリンをすべて吸収した後、窓ガラスに奇妙な穴を開けて出て行った。
「母さん、どこから聞いたらいいかな?」
ゴロウはゆっくりふさがっていく窓ガラスの穴をみつめながら、途方に暮れた様子でたずねた。ここまで異常な状況になるとかえって人間は慌てなくなるのだ。
「そうね、話すことありすぎるわね」
マミはテーブルを拭きながら次の言葉を探している。
子供たちはさきほどまで銃を構えていた女性の姿を口を開けたまま見つめていた。
「まずはこれを見てもらおうかしら」
バッグから口紅を取り出すと、マミはそれを大きく上に掲げた。
全員の視線を集めた口紅のフタがゆっくりはずされると、そこには細いガラス状の装置のようなものが見えた。
次の瞬間まばゆい閃光があたりをつつみこんだ。
家族が目をくらませている隙に、あらかじめ目を閉じていたマミはバッグにそっと口紅をしまった。
「あれ? オヤジいつからいたっけ?」
「んあー、麦茶もらいに寄ったんだが・・」
マリモ関連の記憶は消されていた。
目をパチクリさせながら、お互いに状況を確認しあう家族たち。
「あーーーーーー!!!
ボクのケーキがないぃぃぃぃ!!!!!」
「あたしのプリンも!!!!」
--- END -----
ケーキはどこへ消えた?? 鈴木KAZ @kazsuz
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