火の誕生

 大神が改めて金神に向き直りました。穣神は大神を離れると、両手をあわせて祈るような格好のまま、大神の正面へと移動しました。水神は地神の身体に手を回して、大神から一歩後ろに下がりました。金神は逆に腕まくりをして大神に近づきました。

「畏れ多くも、火を取り出す大役を与えてくださったことに感謝いたします。我に出来る限りのことをさせていただきます」

 金神は深々とお辞儀をしましたが、大神は素っ気ない口調で返しました。

「建前はともかく、お前の手に委ねた事の大きさを忘れぬようにな」

「御意。しかしよろしければ、我のためにもう少し、屈んでいただけますかな・・・」

 大神は初めて金神の言葉に頬をゆるませました。金神はそれを見て、満面の笑みを浮かべました。

「痛みを伴わぬよう、素早くやってしまいましょう」

 金神は大神の胸のあたりを指先でなぞりました。火のありかを探るため、慎重に、指先に神経を集めて探りました。そして、胸の中心よりも少し左下に火の存在を感じました。金神は大神の表情をちらりと伺うと、大神は口元を引き締めて小さく頷きました。

 金神はそれを合図に、両手を大神の胸にずぶりと突き刺し、すぐに引き抜きました。引き抜いた手には赤々と燃える焔が乗っていました。金神は成功を確信して、大きな声で叫びました。

「ここに火が生まれ申した!」

 しかし大神の身体はぐらりと揺らぎ、尻餅を着く形で地面に座り込みました。穣神はそれをみて青ざめました。そして絶叫しながら、なりふり構わず、髪を振り乱して大神の元へ駆けつけ、その身体を両腕で支えました。

「我が君!しっかりしてください!」

 大神は金神が火を取り出したために穿たれた穴を隠すように、両手を当てていました。傷口からは血が流れ、大地に落ちてはすぐに蒸発していきます。その様子を見て穣神は憎々しげに地神をにらみつけました。

 地神が大神の血を吸っているように見えたのです。

「我に怒りをぶつけようとするのは、お門違いというもの。それに大丈夫だ、大神は火のみにて出来ているのではない。おおかたは残っていよう」

 穣神はまた大神に視線を戻すと、白く血の気を失った大神の顔をしげしげと観察しました。確かに大神は今までのような自信と力に溢れた、輝かしい顔つきではなくなりましたが、以前より穏やかで厳しさを感じさせる表情をしていました。傷はいつの間にか血を流すことをやめ、少しずつではありますが、確実にふさがっていきました。

「我が君、大丈夫ですか?」

「大事ない。それよりも火はどうだ?」

 大神は穣神の肩を借りて立ち上がり、金神の手に抱えられた火をのぞき込みました。火は金神の腕にすっぽりと抱かれて、落ち着いていました。それは真っ赤な髪の毛をした、まるまると太った赤子でした。金神は抱いている赤子の熱量のせいで変形したのか、先ほどよりも輪郭がぼやけています。

 大神は赤子に手を伸ばすと、赤子はきゃっきゃと笑い、大神の指を掴みました。反対側から地神と水神ものぞき込み、赤子の無邪気さに頬をゆるめました。穣神も背伸びをして一瞥したものの、金神には近づきたくないのか、また大神の背に隠れました。

「金神よ、よくやった。褒めてつかわす。お前が融けてなくならない内に、その赤子を地神に渡すが良い。水神、金神を冷やしてやれ」

 大神はそう促すと地神に向かって顎をしゃくりました。金神は熱にかなり融けつつありましたが、地神に赤子を渡し、水を掛けてもらうと少し小さくなったものの、元通りの姿になりました。赤子を渡された地神は逆に、それまでよりも背筋が伸び、手足に力が入り、瞳はきらきらと輝きました。地神は赤子の額に鼻をすり付けるようにして言いました。

「火よ、お前の誕生を祝福しよう」

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