金神の考察するところ
「我は金神。大地に育まれし金を守護するもの。そしてその金を加工する技を護るもの。柔肌でここまで掘り出してくれたことに感謝する」
水神はふと気を緩めてしまったのか、さっきまで自分の手で割り、崖のようにそり立たせていた水の壁が崩れてしまいました。結果、大量の水が水神と金神の身体に降り注ぎました。
水神は何事もなく水面から顔を出すと、おもむろに立ち上がり、身体のあちこちについていた泥を落としました。そして申し訳なさそうな顔をして、ずぶぬれになってしまった金神に近づきました。そして座り込んでいた金神の手を掴むと、力を入れて引っ張り上げました。
金神の顔からは汚れた水がぽたぽたとしたたり落ち、まるで濡れ鼠のようにみすぼらしく見えました。
しかし金神がそれまで閉じていた目を見開くと、その覇気で体中の水気は一瞬にして吹き飛んでしまいました。もう金神の身体には泥など付いておらず、その肌は皺を刻みながらもきらきらと光っています。泥まみれでごわついていた髪の毛は灰色に波打ち、とても威厳のある眉の下には悪戯っぽい瞳がやはり光っています。金神は水神の手をとり、両手で包み込みました。
「あなたをずぶぬれにしてしまったことを謝るわ、金神」
「謝る必要など、ない。技を使えば簡単にさっぱりと出来るのだ。我は自分が光り輝くところを見てもらえてうれしいよ。ただ、もうちょっと屈んでくれると、話しやすいんだがな」
「まあ」
水神は膝をつき、目線を金神にあわせました。金神はとても背が小さかったのです。
「うん、それでいい。さてさて、我が今知らずに、知っておいた方がよいことがあれば教えてくれるかな?」
そこで水神はこれまでの経緯をかいつまんで教えました。その時、地神がどんな気持ちで金神を生み出したのか、どんなに身体に鞭を打ったのかを考えると、胸が痛みました。
「では我は大神にも地神にも、期待されているわけだ」
金神はつぶやきました。水神はその言葉の意味がよくわからずに黙っていました。ただ、地神が金神を生み出したことには訳があるということしか
、彼女にはわかっていなかったのです。その表情に気づいたのか、金神は握っていた水神の手を優しく撫で、顔をのぞき込みました。
「大丈夫かい?」
「わからないの。我は、過ちを犯してしまったのかもしれない。そう思うと、どうすればいいのかわからなくなる。我は地神のためになにもしてあげられないのよ。我はなにも剋する力をもっていない。地神が苦しんでいるときでさえ、穣神を止めることは能わなかった。こんな役立たずな我は生まれなければよかったのかもしれない」
水神の両目からは見る間に涙があふれ出し、美しい曲線を描く頬を伝っていきます。金神はその様子に暫し見とれました。
「その涙が地神の心を少しでも慰めてくれるとは思わないかい?大丈夫。君は君にしか出来ないことをやっている。地神が流せない涙を、地神のことを想って流せるのは君だけだ。生まれてこなければ良かったなんて、そんな寂しいことを言うものじゃない。この地に広がりつつある生命は、すべからく君の力を必要としているじゃないか」
金神の言葉に慰められ、涙を堪えようとする水神は指先で瞳を撫で、ついた滴を払いました。こぼれた涙はそのまま宙に浮いて、彼女の頭を囲む環のように集まりました。大小さまざまな水球が空からの光を受けて輝く様は、冠を思わせました。
「金神はおしゃべりね。あなたのような人、初めて会った」
金神はにっこりと笑い、その笑顔は水神を心から安心させました。
「それは良かった。なによりだ。我はおしゃべりだとも。いままで土の中にいたのだから、沈黙することは得意だが、しゃべれる機会がある内は、ずっとしゃべっていたいくらいなのさ。さてさて順を追って考えてみよう。我はしゃべりながら考えるのも得意だよ。まず大神はひとりぼっちだったんだろう?寂しさを紛らわせるためだとは思うが、自分に似せて大地から地神を創りだした。地神は心に荒れる感情を発露させて、涙から水神、君を創った。大神は自らの身体を使って穣神を創った。そして今、この世界は危うい力関係の上でぐらぐらと揺らいでいる。大神が強すぎるせいだ。地神は平静を望むと言ったのだろう?平静は均衡の上にしか成り立たない。均衡は我々の力関係が全て均等にそろわなければ、もたらされない状態だ。今我々の力は、相剋・相生が成り立たない部分があるだろう。それは何だろう?」
水神は困った顔をしました。水は思うままに流れることはしても、なぜ思うかについてはあまり考えたりしません。水神も長く時間をかけて考えることは得意ではありませんでした。
「相剋というのは、水が地によって分かたれることや、地は木によって縛されることを指すのでしょう?相生とは何のこと?」
「君と我の様な関係だよ。乗すると言ってもいい」
金神はまたにっこりと笑い、握った水神の手に力を込めました。
「水は金より生ずる。我は君を力づける存在だよ。金は小さな雨粒を集めて大きな流れにするだろう。そして金は土より生ずる。大地の胎内でゆっくりと金は造られるもの。相手を生かす関係だから、相生と呼ぶのだ」
眉根を寄せる水神も必死で考えながら口を開きました。
「我が生かすのは?水からはなにが生ずるの?」
「君の力をすべからく必要とするのは生命だ。この地に限りある生命を享受しているものは、水から生ずるのだよ」
「そう、ならばさしずめ穣神の領域でしょうね」
水神の言葉には思っていたよりも自嘲の響きがありました。水神は今まで自分の力で剋制できるものがなかったことに、自分の無力さを感じ、失望していました。
「いかにも。今までの相生の繋がりを見てきて、一つ欠けているものがあることに気づくだろう」
「木より生じ、その後土を生ずるなにか」
「そしてなにより水が、すなわち君が相剋するもの」
その言葉に反応して水神の表情は変わりました。
「それはなに?教えてちょうだい」
「火だよ」
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