地神から掘り出されたもの
水神の頭の中では地神の言葉が鳴り響いていました。湖の底の泥の中、それは水と大地の境界であり、そこから何を引きずり出そうとしているのか、彼女にはまるで検討がつきませんでした。
彼女は手始めに、自分の手で湖の水を割り、底の泥をよく観察しました。泥は水のようにさらさらとした手触りはなく、むしろ手に粘りつき離れようとしません。水神はその手から大量の水を放射して、泥を掘っていくことにしました。しかし泥は掘ったそばから穴に滑り込み、なかなか思うようには掘り進むことができず、苛立ちをかき立てます。そこで彼女は水を放射しながら、自分の手を汚して掻きだし始めました。爪には泥が食い込み、だんだん手首が重くなってきましたが、決してやめませんでした。
かなり深く掘り進んだとき、彼女の手はごわごわとした海草のようなものを感じました。もっと掘っていくと海草はその量を増し、やがてその根本が見えてきました。
「これは・・・、髪の毛ね?」
水神は見当をつけるとさっきよりも熱心に掘り始めました。やがて髪の毛の生えていない額が顔を出し、それに続いて目鼻立ちもわかるようになってきました。水神は慎重に水をかけながら、その者の首や肩を掘り出し、洗いました。それでもそれは目をつぶったまま死んだように動きません。水神は両肩の下に手をかけ、身体を引っ張り上げることにしました。しかしなかなか動きません。泥がぴったりと離さないからです。
「水の統治者たる水神の名において命じる、離れよ」
水神は期待を込めて言葉を発しましたが、泥土は一向に離れようとしません。水神は少しの間考え、また口を開きました。
「大地を統べる地神の名において命じる、離れよ」
水神の言葉は力ある呪文でしたが、やはり泥はそんなものにびくともしないのか、どんなに強く引き抜こうとしても抜けません。
水神が苛立ちに任せて悪態をつくと、引っ張り出そうとする者がくぐもった笑い声を出しました。
「気が短いの。べっぴんが汚い言葉を使うのは、自分を汚すだけよ。やめときなされ」
自分が泥水のなかから掘り出そうとしている者が生きているとは思っていなかった水神は息を飲み、その者の顔をまじまじとのぞき込みました。
つるりとした顔にはいつの間にかもじゃもじゃと髭が生えており、顔にはたくさんの皺が刻まれています。
「生まれたばかりにしてはずいぶんと年老いているのね?」
「年老いているとは面容だ。我らに年老いるという概念がそもそも通用するものだろうか?それとも、我が醜いことへの婉曲的な表現かね?我は気が長い方だが、侮辱されるままにしておくほど、自尊心がないわけではないぞ。我は大地の中で時間をかけて形成されていく金を祖とするもの。それだけの年輪が身体に刻まれていることは驚くに値しないことだ・・・」
一度開いた金神の口からは、言葉があふれるがごとく流れだし、水神は思わず両手を振ってそれを遮りました。
「待って、待って。訂正します。あなたの容姿が我の予想とはかなり違っていたことに驚いただけ。侮辱するつもりは毛頭ないのです」
「ふむ、我も君のように光り輝くことはできるぞ。ただそれには技が必要だ。このはきだめの中では無理というもの」
そう言って、泥だらけで老婆なのか老爺なのかわからない人物は一つ大きく伸びをしました。そして座り込んでいる水神にほほえみながら、自分の周囲の泥土を優しくなでました。
「慕う気持ちはうれしいぞ、湖の底の大地よ。我の寝床は常にお前たちの胎にある。今しばらく、お前たちから離れるだけだ」
するとその人物の周囲がみるまに隆起し、隆起した分、卵の殻にヒビが入るように泥が割れました。下半身が自由になると、彼は自らの足で水神の傍らにやってきました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます