水神と穣神
地神によって粉々に砕かれた大神は空気中を漂いながら、自分のなにがいけなかったのかを反省していました。しかし自分の便宜のために切り離した者が、なぜ自分を憎むのかはどうしても理解できません。巡る思考に意義を感じられなくなると、大神はそのことを考えることを一切やめてしまいました。
大神はその後、自分の破片を集めると、もう一度地上に降り立ちました。そこで向こうから見たことのない存在がやってくることに気づきました。
それは地神の前から姿を消した水神でした。
水神は地神と別れ、気まぐれに地上を散策していました。大地は地神から生まれ出た水神にも力を与え、その姿は刻々と変化しました。しかしどんな形をとっていても、その姿は常に美しいとしか、言いようのないものでした。
その自由な様に大神は一目で心を奪われました。水神の姿は眼に楽しく、その笑い声は耳に心地よく、大神を悩ませる退屈とはほど遠い存在でした。彼は思わず声をかけました。
「我が名は大神。そなた、名を何という」
水神は笑いながら顔にかかった髪をかきあげました。反動で毛先や指先から水のしぶきがはねてきました。
「名など、我を縛る器に過ぎませぬ。その器はすで地神によって形作られました。大神といえども、我を捕まえておけるものではありませぬ」
大神はその言葉に憤りを感じました。自分が切り捨てた者よりも無能だと言われたような気がしたからです。
「では試してみよう」
大神は己の両手を使って、水神を捕まえようとしました。しかし、その手の隙間から水神はするりするりと逃げていきます。何度捕まえようとしても、大神の手の内に収まらない水神は、またあの可愛らしい笑い声をあげて消えてしまいました。
水神に逃げられた大神は落胆しました。地神といい、水神といい、元は自分の肉より作り出されたものが、なぜ自分の意のままにならないのか。大神は考え、そして気づきました。地神も水神も、大神から完全に切り離された存在だからこそ、意のままにはならないのだということを。
「ならば、そのために繋がりを作らねば」
大神は決心しました。
彼は口から歯を一本抜き取ると、大地に穴を空けてその中に埋め、祝福を与えました。
するとそこからは可愛らしい芽がぴょこんと顔をだし、上へ上へと伸びていきました。そして見る見るうちに巨木へと成長しました。巨木が成長と止めると、そのうちの一本の枝が伸び、巨木との間に陰を作りました。
大神がその枝の陰をのぞき込むと、一人の少女が眠っていました。
「目覚めなさい。我から生まれ、大地を糧に育ちし者よ。そなたを穣神と呼ぼう」
少女はその声に目を覚ましました。
「あなたはだあれ?」
少女の声はまだ眠たそうです。
「我は大神。お前を創ったものだ」
少女は緑の髪に緑の瞳をもった可憐な容貌でしたが、さっき逃げられてしまった水神の美しさにはほど遠く、大神は内心失敗したと後悔しました。しかしすぐに気を取り直すと、少女を抱き上げて言いました。
「お前に頼みがある。我と一緒にきてくれるか?」
少女はコクンと頷き、大神の首に腕をまわしました。大神の躯からは穣神の大好きな匂いや明るさが感じられ、穣神は彼の胸に鼻をこすりつけました。穣神はとても上機嫌でした。
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