大神と写し身


 昔々、この地には何にもなかった時代、神様が一人で降りてきました。神様は大きな大地に比べると、その体は小さく、非力に見えましたが、全部の神様でした。

 だから他の神々と区別するために、大神と呼びましょう。

 大神はひとりぼっちでしたが、とても強い力を持っていました。

 その手の一振りで空気だけでなく、大地が揺さぶられました。大神が歩くとその一歩一歩が大地に熱を与えました。大神が息をするだけで風が起こり、大地をぐるっとめぐって、さらに大神の周囲で渦巻きました。

 でもどんなに力を持っていても、心の空虚さは満たされませんでした。だってひとりぼっちなんですもの。

 大神は自らが降り立った大地をくまなく探しましたが、自分と同じような存在を見つけることができませんでした。

 そこで大神は自分でその存在を作ることにしました。

 手近にある大きな山を何度も何度も揺さぶって土を巻き上げると、大神は息を吹きかけました。そして足で踏み固め、祝福を与えました。

 すると背格好は大神にそっくりで、しかしその表情は険しい者が出来上がりました。

「我が名は大神。我は全てである。大地から生まれた者よ、お前を地神と呼ぶことにしよう」

「我、我は地神。大地から生まれし者」

 険しい表情を崩さないまま地神は繰り返しました。その両眼は大神をにらみつけ、視線には彼の感情の激しさがあふれていました。

「いかにも。そして我は大神。我は我が何者かを知りたい」

 そう言うと大神は言葉を切りました。地神から感じ取る激情にすこし圧倒されたからです。

「我は我が何者かを知りたい。己のこととはいえ、己の目だけではわからない部分もあるのだ。お前の目を通じて、気づく部分もあるだろう。我を外から視る眼になってもらいたい」

「それが望みか」

 地神は自分にそっくりな目の前の存在が自分を創りだしたことを改めて理解しました。同時に胸の内に熱い感情がほとばしるのを押さえられませんでした。それは怒りや憎しみに近い感情だったからです。

「我はあなたの一部だった。我は幸福だった。我はあなたから切り離され、あなたの要望に応えるが為に新たな形を与えられたことに、失望を禁じ得ない。あなたのその気まぐれに、我の幸福が全て破壊されたことに、憎しみを感じる」

 地神の心に渦巻く感情は光の波をなってほとばしり、彼が生まれた大地を瞬く間に覆い尽くしました。そして大地は地神の心のままに力を与えたのです。

 地神は大神にその怒りをぶつけました。有らん限りの力で何度も何度もぶつかり、地神は大神を揺さぶりました。大神の体はその衝突によって無数の破片となり、風に運ばれて散り散りになりました。地神は大神の姿が見えなくなると、怒りが少し収まったことを感じました。

 そして自分の幸福を壊されたとはいえ、この世界で自分を創りだしてくれた存在を自ら破壊してしまったことに強い喪失感と絶望を感じました。自分の激情のために、自分をひとりぼっちにしてしまったのですから。

 地神は頬が濡れていることを気づきました。

 手で拭ってみると、それはぼろぼろと落ちる大粒の涙でした。

 両目から流れる涙は地神の荒ぶる心をなだめ、平静にしてくれました。地神は無理に涙を止めずに滂沱のごとく落ちる様をみていました。

 やがて流れ出た涙は地面に吸い込まれることなく、空中でその形を作り始めました。そして地神とはまるで違う、たおやかな女の姿になりました。

「我が名は地神。我からあふれ出た水からなる者、そなたをなんと呼ぼう」

「名など、我を縛る器に過ぎませぬ」

 女は地神の周囲を戯れる様に飛び跳ね、回りました。

「ならば、その器を私が創ろう。水神よ」

 水神と呼ばれた女は笑いながら地神の前から消えてしまいました。地神は急に疲れを覚えて、まどろむために地下に潜っていきました。少なくとも彼はもうひとりぼっちではないことに安堵を覚え、眠りにつきました。

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