はじまりの神話
木原 美奈香
はじまりの神話のはじまり
全てが始まったとき、彼は一人だった。
世界は光と闇に覆われていた。その混沌の中で、彼はくるくると独楽の様に回っていた。何度も同じ景色を繰り返しみていることに目眩がして、彼は一度目を閉じた。また目を開くと目の前に同じ景色が広がった。回っていることが滑稽に感じられるほどには回ったはずだったが、彼はとっくに数えることに意味を感じられなくなってきた。
白い閃光と泥水のような闇が、彼の視界にある全て。
何千回、何万回、数え切れない回数、回るうちに、彼の中にうっすらとある感情が芽生えはじめた。
”退屈だ・・・”
彼はその感情を隅々まで味わい、反芻した。吐き戻しては、飲み込み、倦怠感に悩む自分を新鮮な目で何度も見直した。
倦怠は彼にとって初めての感情だった。
自分に感情があることを認識した一瞬、淡い喜びと落胆を感じたが、それを覆い隠すように退屈な気分は彼の全身を支配した。
そこには他の感情が入り込む余地はまったくなかったため、彼はまた哀しげなため息をついた。
”退屈だ・・・”
彼は飽いていた。くるくると回ることも、回っても回っても変わらない光と闇の入り混じった光景に。いつまで回り続けなければならないのかも、定かではない自分の状況に嫌気がさしていた。
彼が回りながら感じているのは、彼を取り巻く世界の時間が少しずつ過ぎていくことだけ。
”然らば、他に感じられることはないのか?”
彼は自問し、それを確かめるために、生まれて初めて自分の体を意識した。そうして見下ろした彼の体は、確認できないほど幾重にも折り重なった光の襞に包まれていた。
”面白い”
彼は自分という存在に無関心だったことに改めて気づかされたことに、素直に驚愕していた。そして彼を悩ませる退屈を振り払うがごとく、自分の体を確かめることに没頭し始めた。
様々な物質が光の襞によって動かされている。光の襞はガス状にその形を変えながら彼の回転にそって動いている。物質はそれこそ数多にあり、一瞥しただけではそれの性質や本質を見極めることは不可能だった。
”自分の体だというのに、わからないとは”
彼はわき上がる喜びを押さえきれなかった。さっきまで感じていた面白味のない状況には二度と戻らずにすむかもしれない。それだけで彼の心は歓喜に満たされた。
そしてよくよく観察するために、彼は意識を飛ばして、自分を離れてみる事にした。
彼の体は周囲の光と闇に比べて遙かに複雑な代物だった。
彼の体は幾重もの光の襞と数多の物質があたかも無軌道に巡っている。物質はぶつかり合い、時には結合し、また破壊されることでまた新たな光を発している。その混沌は中心部において、何らかの形を取りつつあることに、彼は気づいた。
物質は中核に淀むように集まりつつあった。その澱はただ積み重なっただけかと思うと、別の物質の衝突によって強固に固められていく。衝突によって巻き上げられた物質も、また別の場所に溜まっていく。それは気の遠くなるほど遅々とした動きであったが、確かに物質が球体状に集まっていた。そして彼の意識はその中核にある球体にあり、またそれを取り囲む別の物質にもあった。
彼は興味をそそられた。いったいこの球体は何なのか?どんな物質で作られているのだろうか?それはつまり自分は一体何者なのかを確認する作業だと自覚したとき、彼の中に少しだけ残っていた退屈の残滓は嘘の様に霧散した。
彼はより多くのことを知り、感じ、体験したいと切望するようになり、ついには自分の意識を一点に集約することを決心した。そして彼はより細部を観察するために自分の中核である球体に一個体として降り立った。
これが始まりの神話の始まりである。
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