第2話
太樹は久しぶりに祖父母の家に来ていた。玄関には二つの靴。
父と・・・母と呼ばなければいけない女性の靴だ。思春期の太樹はどうしても彼女と馴染めなくて無視したり、言葉を荒げたりしていた。
それを心配した祖母がそして祖父が太樹を高校の間だけ預かろかという申し出をしてきた。
何度か父と話をして太樹は承諾した。即答を避けたのは自分の居場所はここにはないのか、という太樹の不満からくる憤りだった。
太樹の振る舞いのことを一番心配してくれたのは祖父であった。あまり口数か多くない祖父の叱咜する声が長い廊下の奥からきこえてきた。
喉な奥が熱くなる。この場にいることさえ耐えられない。踵を返して太樹は玄関のドアを開けた。
涙が出そうになる想いを薄目にして我慢する。眩しい太陽のせいにするように太樹は空を見上げた。
一度大きく鼻を啜ると一歩前へに太樹は進んだ。祖父の家から太樹は遠くへ遠くへ脚を進めていく。
「なら」と太樹は脚をとめた。川がある。大きな河原があったと周りを見渡す。今ある場所と記憶を照らし合わせた。
四方を見渡す、祖父と歩いていた時見た煙突が見えた。あれを目印しに太樹は歩き出した。
お爺ちゃんと縁日に行った日のことを思い出しながら、時たま空を見上げ、時たま煙突を見つめ、時たま地面を見つめる。
転びそうになった太樹に
「下を見ないと 行きたいところばかり見て今いる場所を確認しないと行きたいところに辿りつけないぞ」祖父はそっと手を延ばして声をかけた。
「うん」
「太樹 大丈夫か?」
「男の子だもん 泣かない」
「そうか?」
「僕は男の子だ」
太樹が祖父に言われた言葉だ。もう自分のものになっていた。
その先はこう続いてきた。「病気のお母さんを守るんだろう。
涙なんか流していたら病気と闘ってるお母さんが心配して病と戦えないぞ。
太樹はお前は男の子だ。男は女を守るもんだ。
強くなければ守れないだろう
わかるか?」
「うん」
「なら涙を拭け。目に力を入れろ。そうすれば涙は止まる」
太樹は脚をとめた。この道を渡ってて階段を登れば、護岸 河岸に出る。
太樹は脚をとめた。車が来ていないのを確認するとゆっくり道路を渡った。
少し太めのズボン。ポケットに手を入れるとタバコとジッポのライターが入っている。右手をポケットに入れてそれらを鷲掴みにする。ギュッと握りしめて取り出した。ライターを左手に右手で軽く振ってタバコを取り出す。
タバコを口に咥えて、左手の親指で蓋を開け上に上がった指を落として火をつけ
タバコに火をつけた。
ひと煙吐くとタバコの上にジッポ。それを右手でまた鷲掴みにしてポケットにしまった。
もう一回大きくタバコを吸い。ゆっくり吐くと
太樹は腰を屈め、短く刈られた草の上に腰を下ろした。
多摩川を見つめていた。レガッタが川面を滑るように進んでいる。揃ったオールの動きに太樹の目は奪われた。
「ねぇ ねぇ 目立つねぇ」
「えっ ・・・」言葉が出ない。何事にも動じないのが太樹だったのに。
彼女と目が合うと息遣いが荒くなり、呼吸がうまくできない。
息を吸ってるのに空気が喉の奥に入っていかないのだ。
「どうしたの?」
「はい」なんて返事を最近していなかったと自分に驚く前に
「いい子なんだね」
「そんなことないよ」怒りが太樹の金縛りを解いた。
「ごめん 怒った? タバコ一本くれる?」
「ちょっと待って」右脚を延ばすと右手をポケットの中にいれた。タバコを鷲掴みにするとタバコを左手に持ち替えて右手で一本取り出すと彼女に差し出した。
「やっぱいいや 喉に悪いから」
「そう この辺に・・・住んでるの?」
顔に見覚えがあると
太樹は感じた。太樹の隣に
太樹の隣に春の日差しのよう「麗かに座ってきた。
「ナンパ」
「違うけど」
「そっちこそ どこに住んでるの?」
「国立市羽衣町だっけ?」
「引っ越して来たんだ」
「そう・・・宗兄弟のように走ってきたわけではないけどね」
「えっ・・・そう」
「うん 宗兄弟」
「面白い人だね」
「・・・ありがとう」
「えっ」
太樹に振り向いた顔を
「アキナ」と呼ぶ声に反応してそらした。ゆっくりと立ち上がる。ポワゾンの香りが太樹を包んだ。香水の香り。
その時のその名前を太樹は知らなかった。
長い髪 ポニーテールに巻いている。あの時の妹を包んでいたお姉さんだと初めて気づいた。
「アキナさん」
「うーん この辺怖い人いるからあまり目立たない方がいいと思うよ」
「自分の名前は太樹 ありがとう」
アキナの影に表になって
女の子2人と男子が三人 こちらを見ているのがわかった。
「アキナ 誰?」
「うん 親戚 しばらくぶりにあったんで」
「そうなんだ」
「そう 宗兄弟」
「なにそれ アキナ
キャッハッハッハッハッハッハ・・・」
その会話と笑い声を残して
アキナは太樹から離れて行った。アキナを視線は追いかける。灰がタバコの灰がフィルターまで届いて地面に落ちる。
太樹は立ち上がってアキナが見えなくなるまで見送ると歩き出した。祖父の家に最初はゆっくりと次第に駆け足になっていく。
玄関を出て行った時とまるで違う。笑顔になっていた。
玄関を開けると、そこには靴は一つもなく祖父が使っている下駄がおいてあるだけだった。
「太樹かい?」
「ああ」
「ご飯ができているよ」祖母の優しい声に「はい」と返事をすると玄関のドアを閉めた。
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