第16話 竜とお姫様の物語
片手鍋を取り出してお湯を沸かしてお茶を淹れる。
テーブルの上に人数分の器を並べ、それぞれに注ぎ入れる。
宿屋の一人部屋だと、この程度の事をするぐらいの広さしかないけれど、部屋に戻って来てお茶を飲むって言うのは、思っていたよりもほっとするものだ。
「あの話ってどこまで本当なのかな?」
別に打倒された同胞の竜がいたかどうかが気になる訳でも無いけれど。
何となく口が寂しくて、砕いたナッツを飴で固めた菓子を取り出して口に入れる。
口を開けて並んで待っている妖精達にも、包装のセロファンぽい物を剥がして一個ずつ放り込んでやる。
「冒険者が死んでいたかどうかは知りませぬが、竜が死んだのは確かですのう」
むぐむぐと頬の辺りに飴を入れたまま、オスカーは遠い目をして答えた。
「ちょっと、何と言うかアレな竜だったよね……。あの人」
ガリガリと飴を噛み砕いて、エドワードが続ける。
「ピチュ……」
「ララ、無理はしなくて良いから」
噛み砕きも飲み込みも出来ずに、嘴に飴を咥えて持て余し気味のララを先手を打って止める。
「アレと言うか、思い込みの激しい竜でしたわねえ」
水球の中に飴を空気の玉で包んで入れて、少しずつナッツを突いて食べているゾーイも、割と遠い目をしている。
「自分を倒しに来たお姫様に一目惚れした挙句、心臓が欲しいって言われて自分で自分の心臓を抉り取ったんだよね……」
あっ……、残念な竜の方でしたか。
「ですから、呪われた者は居なかったんですがのう」
「チチチッ……」
「でも、竜の心臓に生き返らせる力は無いですわよねえ」
神様はそんな竜が狙われる様な事はしない筈ですもの。と、ゾーイ。
「何かを生き返らせるのは神様の領分だもんね~! だから恋仲の冒険者は、死んでいないか死んじゃって生き返ってないかのどっちかじゃないのかな~?」
難しい事は分かんないけど! と、エドワードは楽し気に頭を左右に揺らした。
「確かに、竜の血には回復薬よりも強い回復の効果がありますけど」
死んでいては体の傷は治っても、抜けてしまった魂は戻せないのだそうだ。
「あれは、冒険者が魔物の攻撃で倒れた時に、助からない傷だと判断した姫君が、即、国宝の収納袋に冒険者を突っ込んだんですわ」
空間拡張、重量軽減の上に、時間停止まで付いた収納袋でしたから。怪我が酷くて、仮死状態になっていたから収納袋に入ったんでしょうねえ。
ようやく飴を攻略し終えたララが、冒険者よりも姫君の方が剛毅な方でしたわと続けた。
そんな訳ですが、有料の技能講習です。
罠解除とか、面白そうって思ったけど、使う機会が無さそうだから止めました。
技能講習は銀貨一枚するんですよ。
何と言うか、払えない訳でもないけどちょっともったいなく感じる、微妙な値段設定。
まあ、必要性を感じたらその都度受講すれば良いかなと。
まず今日は弓を習います。
何か、基本的には一回で習得出来る様な内容になっているらしいんだけど、出来が悪い子は同じ講習なら何度でも受けて良いらしいよ。安心だね。
最初に自分に合った種類の弓を選ぶ所から。
冒険者ギルドが持っている、練習用の弓を触って、しっくり来る形の弓を調べる訳。
うーん、持ち歩く事を考えると短弓の方が良いのかな?狙いを付けやすいから、クロスボウとかの方がお手軽なのかもと思ったけど、何かあった時のメンテナンスを出来る気がしない。
扱えない道具は持ったら駄目だ。
見本で置いてある短弓だと、弦を引くとびよんびよんして、ちょっとこれ強度大丈夫なのって心配になる。
飛距離も出る方が良いんだよなーって悩んでいたら、教官役をしている元冒険者が、素材を武器屋と相談して決めれば良いんじゃないかって。
短弓より長弓の方が威力が出やすいんだけれど、それは同じ素材を使った場合なので、短弓でも強い素材を使えば威力や飛距離が出るらしい。
もっとも、短弓の利点である速射性に優れているって言う所が、犠牲になる訳だけど。
でもまあ、力はそこそこ有る訳だし。
魔物素材や魔鉄などの金属を張り合わせた合成弓なら、更に威力が上がるらしい。
まあ威力と比例してお値段も上がる訳だけど。そこら辺はお財布と相談で。
少し心許ないなあと思いつつ、短弓を選んで的に向かう。
基本の立ち方とか、狙いの付け方とか、引いた時の力の強さからどう矢が飛ぶのか。どれだけ力を入れれば的まで飛ぶのか。
うん、一度に言われても覚えられない。
取り敢えず練習しろって事は分かった。
練習して、どう打った時にどう飛ぶか。同じ様に再現出来るまで繰り返して、どんなパターンにでも対応出来るようにすれば、常に当たる様になると。
気楽に手を出して良い物じゃなかった……。
ちょっと近接攻撃だと敵が近くて怖いから、遠隔攻撃手段が欲しいな何て程度で手を出したら駄目な奴だった。
「主様。射線の補正はある程度は出来ますわ」
全く逆の方に飛んでしまうと、対応しかねますが。
がっくりと肩を落としているのが分かったのか、左肩に停まっていたララが耳元で小さく囁いて来る。
「ありがとう、ララ。気持ちは嬉しいよ。でも、自分で攻撃する手段が欲しい訳だからさ」
皆の力を借りると、いざという時に対処出来なくなるから。と、断る。
「デイライト様。矢に魔力を纏わせてみてはどうじゃろう」
右肩に乗っていたオスカーが、前肢を伸ばして頬に触れて来る。
魔力で射出方向の補正をしてはどうかという事らしい。
魔力か……。
幸い動体視力も高いので、弓を放った時にどこに飛んで行ったか見失うという事は無い。
「ん~、魔力魔力……」
腕に鱗を出す時みたいに。ナイフに魔力を纏わせるみたいに。少しずつ少しずつ自分の中の力を伸ばして行く。
「……これかなり難しい。魔力が流れて行かないって言うか。途中で途切れる感じがする」
当たり前だが
ギルドの貸し出し用の矢は、木と羽根と鉄で出来ていて、魔力とは相性が余り良くない気がする。
「魔力で外側を薄く覆う様にしてみてはどうじゃろうか?」
言われて素材の中を通す様に魔力を伸ばすのでは無く、包む様に薄く魔力を纏わせる。
「お、出来た。魔力はこっちの方がちょっと使うみたいだけど」
纏わせた魔力で方向性を補正して……と。
的の方へ向けて弓を引き絞る。力が強いから、引き過ぎて弓を壊してしまわない様に気を付けなければ。
引いた弦と反発する弓の均衡の丁度いい所。何となくここだという所で矢を射る。
放たれて飛んで行く、自分から離れ切ってしまうまでの僅かな間に、伸びて千切れる魔力を意識する。
過たずに飛んだ矢は、的に当たってそのまま的を粉砕した。
「おおう……!」
思ったよりも威力の出た一撃に、飛び上がるぐらいびっくりるする。
そう言えば、ナイフに魔力を纏わせて切った時も、大した抵抗も無くすっと刃が通ったんだった。
「んん? 何だ、どうした?」
的を破壊したときに、結構な音が出ていたから、他の人の指導をしていた教官がやって来た。
魔力を纏わせたらこうなった事を説明する。
「はー、器用な事をするもんだな。どうせ魔力を使うなら、魔弓でも使ったらどうだ? 普通の素材を使った矢を射るよりも良いんじゃないか?」
的を壊した事を怒りもせずに、魔弓とやらを薦めて来る。
魔弓の中には魔力を通すと、矢になる物もあるらしい。普通の矢に無理に魔力を纏わせるよりも、消費魔力なども少ないし威力も高くなるそうだ。
それ以外にも、属性を付与した矢が打てたり、威力や飛距離を増幅するような効果が付与されている物もあるそうだ。
魔法陣や魔力回路が彫り込まれていて、武器と魔道具を合わせた様な物らしい。
ちなみに、後で鍛冶屋のエイデンさんの所に寄って聞いてみた所、魔弓はお値段が大体最低金貨一枚からとの事らしい。
銀貨百枚分からとか、現在半銀貨何枚単位で仕事している俺には遠い話です……。
魔弓も良いな~なんて、ちょっと心惹かれたけど、お値段が可愛くなかったので今は手が出せそうにもないかな。
うん。遠隔攻撃は魔法に期待しよう。
そうしよう。
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