第15話 吟遊詩人の歌う冒険の話

 ちょっと入り口が狭めのその店は、中に入ると照明は控えめな落ち着いた感じの店だった。

 おっさんが連れて来る店だから、もっと賑やかな店を想像していたのに。


「ジョンさんの癖に良い感じの店だと……!」

 隅の方の席に座りながら、驚きを口にする。


「酔っ払いの多い店は、子供には危ないだろうが」

 ジョンさんの癖にって何だよ。と、苦笑しながらジョンさんはお店の人にメニューを確認して、適当に注文していく。

 それ程識字率が高くないのか、普通のお店ではメニューとかは無いらしい。


 て言うか、ジョンさん紳士かよ!

 おっさんだけど。


「ここは吟遊詩人が流行りの歌を歌ってくれるんだよ。田舎から出て来たなら見た事無かっただろ」

 とジョンさんは、今は未だ誰もいない少しだけ高くなった舞台みたいな所を指差す。

 もうちょっとしたら始まるらしい。


 なにこの人イケメンかよ?

 おっさんだけど。


 とかやっている内に料理が運ばれてきた。

 汁物が食べたいと言ったからか、すじ肉と豆と玉ねぎを酸味のあるトマトで煮込んだスープ。丸鳥にハーブや塩などを擦りこんで蜂蜜を塗り、中に野菜や穀物を詰めてローストした物。発酵させず刻んだバジルを混ぜて平べったく伸ばして焼いたパン。じゃがいもとソーセジの炒め物。蕪と白身魚を牛乳で煮込んだスープ。


「足りなかったら言えよ」

 と、一緒に運ばれてきたエールに手を伸ばしながらジョンさんは言うけど、盛りが割と良くてそんなに食べ切らないと思う。

 ちなみに俺の前に運ばれて来たのは、果汁水でした。別にお酒を飲みたいとか思わないけど。

 もう成人してるのに。


「それはそうと、従魔達も呼び出しても良いですか? いつも一緒にご飯食べてるから居ないと落ち着かない」

 勿論従魔達の分は自分で払うし、暴れたりとか店に迷惑が掛かるような事もしないから。と、お願いしてみる。


「目立つ様ならあんまり良くないとは思うが……。端っこの席だしなあ……。うーん、詩人が歌い出したら、多分皆こっちの事なんて気にしないだろうから、出すならそれからにしとけよ」




「それはそうと、どうだ薬師には成れそうなのか?」

 適当に取り分けて食事を開始する。

 すじ肉のスープ美味しい。ゼラチン部? ぷりっと言うかくにゃっと言うか、しっかり煮込まれていて柔らかい。


「うーん。それ以前って言うか。薬師になろうにも、ギルドに所属してる薬師の推薦か試験に合格しないとだけど、宿暮らしだと調薬する道具も置けないし、部屋を借りようにも冒険者ギルドの銅級じゃ貸せないって言うし」

 まあ、そんな訳で冒険者ギルドのランクを上げるために、依頼を頑張ってるところ。と答えて、バジル入りの平たいパンを割って口に入れる。程よく塩気が効いていて美味しい。


「あー……。市民証じゃないとそうなるのか。この前門を通った時に、薬草が入った入れ物を持っていたから、もう回復薬とか作ってるのかと思ったんだが」

 丸鳥のローストを器用に骨を外しつつ切り分けながら、ジョンさんはそう言った。

 見た目はだらしないの一歩手前の草臥れた感じなのに、割と小まめな人だなあと感心する。


「まあ、それ程急いでいる訳でも無いし、生活費で困っているとかも無いから、のんびりやりますよ~」

 それよりも、そろそろ詩人が出て来て歌い出してるから、眷属達を呼び出そう。

 

「と言う訳で、うちの従魔達です」

 厳密には従魔じゃないけど、人に紹介する時は従魔で通す。

 ゾーイは果実水の入っていたグラスを空けて、そこに入って貰った。水が無くても別に妖精だから死なないのは分かっていても、何もない所に居るのを見るとそのまま干からびてしまいそうな気がして、こっちが落ち着かないのだ。


「ここで出すって言うから、そう大きなのじゃないとは思ったが……。あまり強そうに見えないな。鳥が居るから偵察とかそっち専門か?」

 パンとか食うか? と小さく千切ってララへ差し出しつつ、ジョンさんは聞いて来る。


「何専門なんだろ? 街中の雑用の時は特にこれと言って手伝って貰ってないし、討伐も自分で倒したし。薬草採取は手伝って貰ったけど。……応援担当?」

 もともと何かして貰おうとか考えて付いて来て貰った訳じゃないのだ。右も左も分からない世界で、一人で進むのは不安で、話し相手として求めただけで。


「応援担当……」

「そそ、一緒にご飯食べたり、採取行くのに話し相手になって貰ったり。癒し担当」

 千切ったパンをトマトスープに浸してそれぞれの口に運んでやったり、解した丸鳥の身をフォークで掬って口に運んでやったりする。


「と言っても、それぞれ魔法は使えるし、俺よりも強いんじゃないかなあ」


「へ~、こいつらがねぇ」

 テーブルの上に乗って、皿からソーセージやじゃがいもを掴んでは口に運んでいるオスカーを、ジョンさんは指先で突いた。


「キュー!」

 ジョンさんの指先からさっと逃れて、オスカーは小さな親指の爪程の火球を吐き出した。


「うぉっ! あちちっ!」

 火球は鼻先で弾ける様に消えたため、びっくりしたのと火の粉が散って多少熱かった様な気がしたものの、特に怪我は無いようだった。


「もー、何やってるんですか。従魔だって突かれたら怒りますよ」

 知り合いに危害を加える様な事はしないですけどと詰れば、すまんすまんと軽く謝られた。


「しかし、これが通常の威力とかでなく、調整してだったらかなり器用なもんだな」

 感心したように言うジョンさんは無視して、何も言わなくても手加減してくれたオスカーに、ごめんねとありがとうを言いながら頭を指の背で撫でたり、牛乳のスープから白身魚を掬って口に運んでご機嫌を取ったりした。


 ついでにデザートに果汁を凍らせた氷菓を頼む。

 酒を飲む事が前提に作られた料理は、美味しいけどちょっとだけ味付けが濃かったから、すっと口の中で融ける氷菓はを食べてさっぱりした。


 満腹になって落ち着いて、ようやく詩人の歌に耳を傾ける余裕が出て来る。


 今歌っているのは、ある冒険者が姫君と恋に落ち、結婚の許しを得るために様々な苦難を乗り越え、そして後ちょっとと言う所で虚しくも力尽き地に倒れる。

 嘆き悲しんだ姫君は、それでも竜の棲むという洞窟へ向かい、竜を打ち倒してその心臓を奪い、倒れた冒険者を生き返らせる。

 その過程で助力を頼んだ聖獣はその後も姫君の国を守護する事を誓い、冒険者と姫君は結婚の許しを得て末永く幸せに暮らしました。と言った内容だった。


 うん。どこから突っ込みを入れて良いものなのか。

 冒険者よりも姫君の方が強すぎでは?

 竜を倒して姫君は呪われなかったのか?

 それとも、竜を倒したのは姫君以外の人物で、その人が呪われたために姫君は無事だったのか。


 多分、何とも言えない表情をしていたんだろうと思う。


「何だー。納得行かねえって顔してんな。これ人気の曲なんだぞ~。お姫さまが頑張ったお陰で、この国は聖獣の守護を手に入れて、今も侵略される事なく平和に暮らせてるんだからな」

 ジョンさんに眉間に寄った皺を指先でぐりぐりされる。


「あいててっ」

 うん、ジョンさん懲りないよね。

 俺がぐりぐりされていたから、ララが怒ってジョンさんの手を突き返したよ。




 あの後、他の客のリクエストで何曲か演奏するのを聴いてから、立ち上がれるくらいにお腹がこなれたので店を出た。

 落ち着いた感じの店だったけど、お酒が入ればそれなりに皆陽気になるのか、テンポの良い感じの曲とか、盛り上がる感じの曲とかが人気みたいだった。

 でも偶に、恋人同士で来ているのか、ロマンティックな感じの曲とかリクエストする人が居て、酔っぱらったおっさん達にからかわれていた。

 勿論ジョンさんも尻馬に乗って囃し立てていた。


「今日はご馳走様でした」

 宿の前まで来てぺこりと頭を下げる。

 送って貰った訳じゃなくて、方向が一緒だって言うから一緒に帰って来ただけなんだけど、でも多分送ってくれたんだと思う。


「約束だったからな~」

 手をひらひらと振ってジョンさんはさっさと帰ってしまった。

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