第11話 路地裏の子供達と食料品店

 地図を片手に木箱を積んだ荷車を引く。力が強くなっているから、大した重さも感じない。

 リストはちゃんと店から近い順に書かれていて、注意事項なんかも細かく書き込まれている。


 最初の配達先は、少し耳の遠くなったおばあちゃん。返事が無くても居る筈なので、大声で呼んでとメモが書いてある。

 大声はちょっと恥ずかしかったから、ララに頼んで耳元まで声を届けて貰う。

 歩けるけれど、重い荷物を持って買い物は難しそう。

 二番目の配達先は、目の悪い女性。子供が小さくて連れたまま買い物はまだ難しそう。

 三番目は研究者の男性。寝食を忘れて研究する上に、食べる事に重きを置いていないので、何度も餓死しかけているらしい。

 後、お風呂に入るのも面倒がるから、配達に行った際にはお風呂に放り込む事とメモに書いてある。


 そんな風に、配達が必要そうな人がリストには並んでいて、確かにこれは怪我をしたからと放り出してしまえないのも分かる気がする。

 とは言え、毎日配達が必要な訳でもない。

 それに肉などは肉屋だし、葉物野菜などの大半は八百屋か、市場で近隣の農村から売りに来た者が扱っている。


「これで終わりかな」

 リストを指差し確認して、受取証のサインも確認する。


「なあ、あんた」

 どの道を通って帰るのが一番近いだろうかなんて、簡単に書かれた地図では分からない事を考えていたら、ちょっと草臥れた服を着た子供に声を掛けられた。


「あんたが配達してたのって、グレアムのじーさん所の奴だろ? じーさんはどうしたんだ?」

 呼び止めた子供以外にも、後ろに隠れるようにくっ付いて来ている子が数人居た。

 話を聞いてみると、彼らはグレアムさんが配達している区域の中でも貧困層の子供達で、グレアムさんは彼らにちょっとしたお使いを頼んでは、余ったり廃棄寸前の食品をお礼として渡してくれていたとの事だった。

 もっとも彼らはそうは思っておらず、施しだと受け取らない自分達のためにお使いのお駄賃という形を取っているだけだろうとの事だった。


「ここ数日見かけないけど、何かあったのか?」

 なので、聞かれるままにグレアムさんが足の骨を折った事、回服薬を使用したので一週間六日程で治る事などを説明する。


「そうか。じーさんもいい年だからさ。何か手伝えれば良いんだけど」

 助けられて生きている自分達が言うのはおこがましいのかもしれないけれど、困っているのならば手を差し伸べたいのだと子供達は言う。


「取り敢えずさ、お見舞いがてら何か無いか聞きに行ってみない?」

 子供達でも出来る様な事があれば言ってくれるだろうし、無ければ無いと言うだろう。ともあれそれはここで議論しても仕方の無い事だ。

 頷く彼らを伴って、軽くなった荷車を引きながら、グレアム食料品店への道を戻った。


 子供達は大体が片親で、体が弱かったり病気だったり怪我だったりと、録に収入のない状態だったり、兄弟姉妹が多くて養い切れない家の子らしい。

 親が居なければ孤児として収容されて、富裕層からの寄付だったり、国の予算だったりで育てられるが、彼らには片方でも親が居るために、そう言った支援の手は差し伸べられない。


「早く自分で稼げる様に成れば良いんだけど。年齢だけは努力してもどうにもならないだろ」

 継げるような商売をやっている家でも無いしな。と横を歩きながら、最初に声を掛けてきた少年は言う。


 将来は何の仕事をしたいのかと聞けば、本当は職人になりたいのだと言う。なりたいけれども、弟子入りするにも後見人が必要だから、自分達のような子供は大体冒険者か荷運びや給仕何かの使われる仕事に就くしかないのだそうだ。

 冒険者になっても剣や魔法の才能が有る訳でも無く、装備を揃えるための先立つ物が有る訳でも無いので、大体は上がって精々鉄級で、うだつの上がらないままらしい。




「ソフィーさん、配達終わりました~」

 先ず店の裏手に回って、荷車を元有った位置に戻す。それから表に回って、依頼人のソフィーに声を掛けて受取証を提出した。


「……はい、確かに確認しました」

 一枚一枚捲って受取証に目を通してから、ソフィーはそう言ってギルドの依頼票に終了のサインを書き込んでくれる。これをギルドの受付に提出すれば、依頼料が支払われるのだ。

 十一件分だから、半銀貨三枚と銅貨三枚。冒険者がする仕事としては金額は少な目で、小さな商店が出す依頼としては少し重い。


「後ですね、配達の途中で彼らに会ったんですけど、グレアムさんの事を心配してるみたいなんで、お見舞いさせて貰っても良いですか?」

 後ろに居た子供達三人を前に押し出して、ソフィーに聞けば、勿論だと喜んで奥に案内してくれる。

 どうやらグレアムさんがずっと心配していたらしい。


「後ですね、ちょっと物は相談なんですけど。ごにょごにょ、ごにょごにょ……」

 グレアムさんと主に子供達に聞こえない様に、ソフィーさんにこっそり耳打ちしてみる。




「年寄りばっかりの家だから、小さい子の好きそうな物は無いんだけど、お茶でもどうぞ」

 グレアムさんのベッドの周りで、年寄りなんだから無理するなとか年長の男の子が憎まれ口を叩いてみたりして、年少の女の子は酷い怪我とかじゃなくて良かったなんて、皮膚の薄くなった温かいしわしわの手をきゅっと握って喜んだりしている。

 ソフィーさんが出してくれたのは、ほんのり甘い薬草茶と豆を塩炒りした物で、噛む内に仄かな甘みが出て懐かしい味がした。


「わざわざお見舞いに来てくれてありがとうね。おじいさんに可愛い子達が居るって聞いていたから、ずっと会ってみたかったのよ」

 また来てくれると嬉しいわ。とソフィーさんはほわほわと笑う。


「それでね、図々しいのだけれどお願いがあるの」

 お茶を口に含んで喉を湿らせてから、ソフィーさんは口を開いた。


「おじいさんも私ももう年だし、怪我が治ったとしても配達をするのは大変なのね。だから、あなた達にお願い出来ないかと思ったの」

 勿論条件をちゃんと聞いてから、合わないようなら断ってくれて良いのよ。と続ける。


「ええとね、お仕事の内容は配達です。一日十件前後。報酬は半銀貨一枚と、今までお使いを頼んでいた時に渡していたような感じで、余った食品とかを付けるわ。週の内で三日か四日来て欲しいの」

 どうかしら。とソフィーさん。


「仕事を貰えるのは嬉しいけど……」

 何故行き成りこんな事を言い出したのかと、訝し気に子供達は答える。


「あのね、これは施しじゃないのよ。それどころか条件が悪くて申し訳ないくらいなの」

 子供達が多分気にしているだろう事を、ソフィーさんが否定する。


「それなんだけどさ。実際にこの仕事を、冒険者ギルドを通すと受け取りが一件銅貨三枚になるんだよね。それで、例えば十件配達すると半銀貨三枚で、そこからギルドで税金を一割引かれて半銀貨二枚と銅貨七枚になる訳」

 つまり同じ仕事をしても約三倍の報酬が出る訳ですよ。


「そして、冒険者ギルドを通すと、手数料で一割上乗せして支払わなければならないの」

 半銀貨三枚の仕事なら、うちが支払う報酬は半銀貨三枚と銅貨三枚なのよ。


「でも、この金額でも冒険者に取っては魅力のある仕事じゃないんだ。魔物を討伐したり、薬草を採取したりする方がずっと割が良い」

 でも毎回冒険者ギルドに依頼を出すには、この金額はこの店には負担なのだ。


「だから、もし受けて貰えるなら嬉しいの」


「……俺たちは学が無いから、この話が良い話なのか悪い話なのかも分からないんだ」

「あのね、でもね。グレアムさんが信用できる人だって事は知ってるの」

「僕とか、この子……ニーナは小さいから、二人で来ても良いですか?」

 子供達がおずおずと話を切り出す。


「ええ、ええ勿論ですよ。でも一日のお仕事に半銀貨一枚だから、二人でも二枚にはならないわ」

 食品のおまけは少し多目に出来ると思うけど。とソフィーさんが目尻を下げて答える。


「先ずは今週やってみましょう。それで大丈夫なら一か月。そんな感じで良いかしら?」

 そう聞かれて、子供達は納得したように頷いた。




「よく考えるとさー。ギルドの仕事を奪っちゃった訳だよね」

 もっとも、中々受ける人が居ない不良案件になりかけていたけれど。


 金額が合わないのに何故ギルドを通して依頼が出されるのかというと、依頼が履行されなかった時などに双方にギルドが保証してくれるからなのだ。

 勿論履行しなかった側には違約金を取り立てもする。

 でもまあ、今回の場合は間にギルドを挟まなくても、信頼関係は出来ていた様だし。


 ソフィーさんは、配達だけじゃそんなに時間は掛からないから、空いた時間で簡単な計算とか読み書きを教えようかしらなんて言っていた。

 一番大きい男の子のデニスは大工になりたいって言っていたけど、小さい方の男の子のトニーは商売人になりたいって言っていたから、帳簿の付け方何かを習うと良いだろう。

 一番小さいニーナは針子になりたいって言っていたけど、良い縁があるだろうか?


「済みませーん。依頼終わったんで、受付お願いしますー」

 自分も彼らに笑われないように、出来る事からこつこつとやろう。

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