第10話 情けは人の為ならずですよ
「では、やりますねー」
果たしてこれで合っているのか、そもそも精霊を自分は見えないのに、見えて話せるオスカーは、人前ではファイアリザードに擬態しているから、言葉ではアドバイスをしてくれない。
まあでも、大幅に違っていたら何らかの方法で教えてくれるだろうと、割りと気楽に胸の前で手を合わせる。
ほら、早速オスカーのチェックが入った。
肩から腕を伝って下りて来て、手をぺちぺちと叩いてから合わせた間に鼻先を突っ込んで来る。
「んん? こんな感じ?」
オスカーの頭分だけ掌の間に空間を作れば、満足したようにオスカーはまた肩の上に戻る。
空いた空間がふわりと温かくなって、見えないけれど何かを包んでいる感じがする。
多分ここに火の精霊が居るんだ。
大事に、包む様に、潰さない様に。意識して手の中の空間を囲って、そっと少しずつ力を込める。
そっと、ふわっと。手で掬った水を渡すような感じで。押し込むのではなく、相手が受け取れる分だけと力を流す。
ふわりふわりと暖かなオレンジ色の光が、揺らめきながら立ち上って、それからぴかっと強く光ったと思ったら、光に目が慣れる頃にはもうその光は収まって。
そっと包み込むようにしていた掌を開くと、そこには朱色をした小さな幼女が居た。
「力 ヲ 分ケテ クレテ、アリガトウ。尊イ 方」
喋り慣れていないからなのか、片言でお礼を言うと、見える様になった精霊はぺこりとお辞儀をした。
「成る程、後少しで格が上がる所じゃったという訳ですのう」
後少しと言っても、百年程度は掛かる見込みじゃろうし、そんなに待てないと思って居た所に、デイライト様が通り掛かったと言う訳ですな。オスカーが頷きながらそう言う。
「おおっ?! 何だこのちっこいのは? もしかしてうちの精霊なのか?」
契約で繋がっているからなのか、鍛冶屋の店主は驚きながらもそう言って、精霊にそっと指を伸ばした。
「マスター ガ、 火力 ガ 足リナクテ、打テナイ ッテ 言ッテタ 金属 モ、コレデ 打ツ 事ガ 出来ルヨ」
伸ばされた指先に、そっと小さな手を伸ばして、精霊はにっこりと微笑んだ。
「お前……」
ぎゅっと抱きしめたいけど、力を込めたら潰してしまいそうで、店主のおっちゃんは怖々と両手を伸ばして精霊をそっと掬い上げた。
「オ話 出来ル 様ニナッテ、嬉シイ」
「ああ、ああそうだな」
放っておくと延々と続きそうなこの感動の対面だけど、そろそろ俺たちお暇してもいいだろうか?
「えーと、何か上手く行ったみたいだし、俺はこれで……」
「おっと、待った。待ってくれ。ちゃんと礼をさせてくれ」
こっそりフェードアウトするつもりだったのに、逃がすかとばかりに店主のおっちゃんに腕を掴まれてしまった。
「いや別に、俺を呼んだのはその子だし。その子はちゃんとお礼を言ってくれたから、これ以上は必要ないよ」
ちょろちょろっと力を込めただけで、疲れてもいないのにそんな大層な事をして貰うつもりも無い。
「そうは行かねえよ。と言っても、でっかすぎて返し切れねえ程の借りになっちまうんだが。なあ、あんた。武器とかはどうだ?」
今作れる最高の物を作るぜ。と、おっちゃんは言う。ちなみに掴まれた腕を外して退散しようと思うのに、力が強くて中々外せない。無理に外して怪我をさせるのも怖いってのもあるんだけど。
「いや、俺武器を使った事も無いから、そんな立派な物を貰っても。……そうだ、採取したりとか解体したりとかに使うナイフが欲しかったから、そこに並べてあるナイフを貰っても良いかな?」
こういう場合はさっさと何か指定して貰ってしまうのが早いのだ。
店に入った時にエドワードがお薦めと言っていたナイフを指差して要求してみる。
「むむむ、勿論これが欲しいと言うのなら、持って行って貰って構わないが。こんな物では到底受けた恩が返し切れねえ。……必要な武器が無いと言うなら、もうちょっとマシなナイフを打つから、それを貰ってくれねえか」
ありがとう、ありがとうと礼を言われながら、鉄のナイフも手に握らされて、銅貨一枚すら払わずに店を出た。
精霊の子が凄く嬉しそうに店主のおっちゃんの周りを飛び回っていたから、まあ良かったとしておこう。おっちゃんの名前はエイデンさんだそうです。
ついでに貰ったナイフを携帯出来るように、腰の後ろにナイフの鞘を留めておく用のベルトが付いたベルトまで貰ってしまった。ちょっとごつくて格好いいんだけど、今着ている服が割と軽装なんで浮いている気がしないでもない。
「割ともう一日やり切った気がする」
気のせいだけど。
まだ依頼人の所にすら着いていないのだ。
小さな食料品店らしく、店の場所は通りを入った路地沿いにあった。
「あのお店かな?」
ララに聞けば、ピチュンと可愛らしい声で鳴いて肯定してくれる。
「こんにちはー。ギルドにあった依頼の件で来ましたー」
店は二枚の引き戸を両側に開けてあって、日除けのシェードを少し路地に掛かる様に張り出してあった。
陳列台には日持ちしそうな根菜や果実が籠に入って並べてあり、店の奥の日の当たらない棚には、小麦や茶葉や香辛料など雑多な物が並べられていた。
「はーい。あらあら、まあまあ。可愛らしい冒険者さんだこと」
カウンターに座っていたのは、丸い小さな耳を頭の上に付けた小柄な老女だった。
「ははは……。デイライトと言います。配達の仕事だと聞いて来たんですけど」
「そうそう、そうなのよ。おじいさんが転んで足を折ってしまってねえ。そんなに多くは無いんだけど、配達が出来なくなってしまって。……配達先も足が悪い人とか、お年寄りのお家ばかりだから、お断りする訳にもいかなくて」
困っていたとの事らしい。
怪我には下級回復薬を使用したらしいが、そもそも骨折ぐらいの怪我を治そうと思った場合、中級回復薬以上を使わないと効果が足りないらしい。しかし、中級回復薬は庶民の一月の生活費ぐらい値段がする上、回復速度は個人の体力に依存するそうで、つまり老人な上に下級の使用では捗々しくは回復しなかったらしい。
「お医者様が言うには
急ぎの配達だけは、目の前の老女が何とかこなしていたらしい。
「そんな訳で、このリストの配達をお願いしたいの」
回る順番と配達品目の書かれたリストと、簡単な地図を渡される。
荷車は一人用の小さな物が、店の裏にあるらしい。老女は帳面を見ながら棚から注文の品を集めて、配達しやすいようにそれぞれ順番になる様に小さめの木箱に詰めてくれる。
「はーい、じゃあ行ってきますねー」
力持ちだからこれぐらい余裕ですよー。と積まれた木箱を纏めて持ち上げて、店の裏に回った。
おばあちゃんの名前はソフィーさん。怪我をしたおじいちゃんの名前はグレアムさん。二人は夫婦で狸の獣人らしい。小さな耳ともこもふの尻尾をしていて、小柄な種族だとか。
お店の名前はグレアム食料品店。おじいちゃんの名前だ。
お店の感じからそう儲かってないんだろうなーと思いつつ、じゃあ依頼料は要りませんって言うのも失礼な気がするからどうしたら良いんだろう。
何かしてあげたいなーと思うけど、その前に依頼をちゃんとしなければ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます