第8話 買い物をして帰ろう

 ギルドでお兄さんに泣かれたので、従魔登録はオスカーだけにした。


「デイライト様に何もせぬ限り、わしらも何もせぬよ」

 とはオスカーの弁で、つまりは何かあったら容赦しないからなと言っている様なものである。

 うちの眷属達は過激派です。




「受付のお兄さんが騒いでた割には、誰も寄って来なかったね」

 こっちを見てあちゃ~って顔してたおっさんは、見て見ぬ振りを決め込んだのだろうか。


「従魔の話になった辺りから、音が伝わらない様に遮断しておきましたわ」

 うちの眷属が気遣いの出来る子だった様です。

「ありがとうね」


「先ず、鞄とお財布が欲しいんだよね」

 ギルドから城壁の方に向かって戻りながら、どうでも欲しい物、出来れば欲しい物と順に考えていく。


 城壁から中に入る程高級店で、大通りに面している店程大店らしい。

 後、大通りにある店と同じ種類の店が通りを入った先に固まる傾向にあるらしい。


 革製品の店で肩掛け鞄を購入し、服屋で換えの下着を何枚かと寝る用に緩めの上下と、着替え用に一般的な庶民の服の上下。雑貨屋で財布用に口を紐で縛るタイプの布の小袋と、タオル代わりに柔らかめの生成りの布を何枚か。それから石鹸と歯ブラシと櫛を買って、これ以上は必要になったらその都度買えば良いかと一旦買い物を止める。

 歯ブラシが小枝の端を解しただけの奴じゃ無くて良かった。でも固い動物の毛を使ったタイプの奴だから、歯茎が血まみれにならない事を祈ろう。竜だから歯茎も丈夫な筈だ……。




「えーと、多分あれっぽい?」

 おっさんお薦めの宿屋は、大通りから一本奥に入った屋根を緑色に塗った所らしい。

 朝食はあるけれど、夕飯は無いので宿に入る前に買っていくようにと言われた。

 食堂を併設して夕飯を提供するとなると、酒を出す事になるため遅くまで騒がしいし、酔客など客層が悪くなるから、女性や子供が泊まるのには向かない宿になるからと言う事らしい。

 子供じゃないんだけど……。とは思うけど、優しくされるのは嬉しかったので、何も言わずに忠告に従っておく事にする。




「こんにちはー。泊まりたいんですけど、一部屋空いてますか?従魔も居るんですけど」

 古びているけれど、ちゃんと手入れされた扉を押し開けて宿に入ると、箒を持って掃除をしている女性と目が合った。


「はーい、悪さしないんだったら、従魔連れでも大丈夫だよ。一泊半銀貨二枚でパンとスープの朝食が付くよ」

 何か壊したりしたら弁償して貰うからね。そう言いながら女性は箒を一旦床に置いて、宿帳に記入するために受付に移動した。


「あんた見ない顔だね。よくここが分かったね」

「門の所でジョンさんにお薦めされて」

 苦笑しながら答えれば、女性は納得したように頷いた。


「じゃあ、王都にも来たばっかりって事だね。ようこそ王都アエテラへ」

 笑顔で部屋の鍵を渡される。


「それで、何泊していく予定だい?」

「取り敢えず一週間(六日間)でお願いします」

 先払いだと言われて、銀貨一枚と半銀貨二枚を手渡す。


「一応部屋にトイレと浴槽はあるけど、お湯は別料金になるからね。魔石が必要になるから、お湯を使うなら銅貨三枚だよ」

 どうするかいと聞かれた所で、肩に乗っているオスカーがペチペチと前肢で頬を叩いて来たので、必要ないと断っておく。




「三階の手前から三番目……」

 少し軋む木の階段を上って三階に着いたら、割り当てられた部屋の扉に鍵を差し込む。

 部屋に入ると、ベッドと簡素なテーブルと椅子が一脚。荷物を入れておくためのチェストが部屋の隅に一つあった。

 狭くて最低限の家具しか置いてないけれど、ちゃんと掃除はしてあるし、ベッドに掛けられているシーツも布は草臥れているものの清潔だった。


「あー、疲れたー」

 テーブルの上に買ったばかりの革鞄と壺鞄を置いて、椅子にどすんと腰を下ろす。

 体力的にはまだまだ大丈夫でも、一度に色々する事があると精神的に疲労するのだ。


「そういや、所持金の残額って幾らなんだろう」

 ギルドで換金して銀貨六枚と半銀貨五枚。そこから革鞄に銀貨一枚と半銀貨五枚。服屋で下着まで込みで銀貨一枚。雑貨屋で半銀貨二枚。夕飯代に半銀貨一枚。宿代で銀貨一枚と半銀貨二枚。つまり残額銀貨二枚と半銀貨五枚。

 明日門の所でギルドカードを見せて仮証を返却すれば銀貨五枚戻って来る。

 とは言え、何も持っていない所からスタートで、色々足りない物も出てくるだろうし、洞窟から持ち出して来た魔石は、家を借りるか買う資金にするつもりだから。余り手を付けたくない。


「まあ、先ずはギルドランクを鉄級まで上げないと、部屋を借りたり家を買ったりする事は出来ないって言うから、明日からギルドで依頼を受けないとなんだけど」

 当たり前だが、行き成りやって来てギルドに登録したばっかりのような者には、信用なんてないのだ。


「……明日の事は明日になってから考えよう」

 どんな依頼なら出来るだろうかとか、依頼をこなすのに何か必要な物があるだろうかとか、ここで考えていても仕方のない事なのだ。


「ねえ、そろそろエディとゾーイも出て来てよ」

 気が付いてからずっと一緒だったから、姿が見えないとちょっと寂しいのだ。


「ご飯を買っておいたんだけど、皆も食べるよね?」

 道中は必要だから摂取するという意味合いが強くて、食べる必要のない妖精達はずっと何も食べていなかったけれど。

 美味しい物が食べたいから王都に行きたいと、そう主張した奴が居たなあと思い出したから、自分の分を買うついでに彼らの分も買っておいたのだ。


「はいはーい、呼ばれて来たよー!」

「隠れていないといけないのも、不便ですわねぇ」

 ちょっと変わった外見の二人は、騒動を引き起こさないようにずっと隠れたままだったのだ。


「少なくとも、もうちょっとここに馴染んでからじゃないと、追い出されたら困るしねえ……」

 ごめんね。と謝りながら、夕飯の包みをテーブルの上に広げる。


 ちょっと固めの細長いパンに切れ込みを入れて葉野菜と肉を挟んだ物。薄く焼いた生地でチーズとソーセージを巻いた物。小芋を丸ごと揚げて塩を振った物。

 どれだけ食べるか分からなかったから、残っても自分で食べきれそうな量だけにしてみた。


「見事に口の中がパサパサしそうなメニュー!」

 ずっと果物と木の実だけだったから、肉とか肉とか味の濃い物や塩分に飢えていたのだ。

 大体買い物って、後で我に返ると後悔するものだから仕方ない。


「お水をどうぞ」

 部屋に備え付けてあった木製のコップに、ゾーイが水を入れてくれる。

「ありがとう」


「わしらは別に食べなくても平気じゃから、デイライト様が欲しいだけ食べた後で頂きますぞ」

 テーブルの上に移動して、料理を匂いを嗅いで確認しながら、オスカーが早く食べろとせっついて来る。


 それは一緒に食事をするというのとはちょっと違う気がするから、頷く振りをして料理をそれぞれ半分に分ける。

「俺はこの分で十分だから、残りは皆でどうぞ」

 そう言って手で押し遣ってやれば、納得したように妖精達は料理に集まった。


「人の食べ物とは、面白い味がしますのう」

「僕はこの揚げた芋が好きだなー」

 口を目一杯広げて芋を丸ごと咥えながら、もごもごとエドワードが言う。


「持って帰る事前提だったから、冷えても大丈夫な物を選んだけど、その内汁物とか麺とか食べれる様になると良いねえ」

 途中の屋台にはスープに薄く延ばして切った麺らしき物が入った奴も売っていたのだ。


「主様……! チーズ、チーズが嘴に絡んで……!」

 引っ張っても切れないチーズと取ろうと、足を伸ばして足にまでチーズがくっ付いたララから、そっとチーズを剥がしてやる。


「デイライト様、私そちらのパンを少し欲しいですわ。千切って頂けますか?」

 水球に入ったままだと食べにくいと思ったのか、そのままテーブルの上に現れてぴちぴちと尾鰭を揺らしながら、あれこれとゾーイが要求してくる。

 別に水に入っていないと呼吸が出来ないとか苦しいとかは無いらしいのだが、見ているとこちらが大丈夫なのかと心配で気になる。


 そんなこんなで食事を済ませて、満腹になれば自然と眠くなってくる。


「と言う事で、念願のお風呂に入ります!」

 今日買った寝る時用の上下と下着を取り出し、浴室を覗く。

 タイル張りの部屋に蛇口と、小さめのバスタブが置いてあった。

 足を伸ばせる程の大きさは無いけれど、この際お湯を溜めて身体を浸せる事が出来れば良いのだ。


「体温よりちょっとだけ熱いくらいのお湯をお願い」

 ゆっくり浸かりたいから、ちょっと温めで。と注文を付ければ、ゾーイが出した水をオスカーが温めてくれる。


「うううー、生き返るぅ」

 とは言え、バスタブの中で身体を洗ってとかすると、一旦お湯を抜いてシャワーで流したいとか思ってしまうので、早めに自分用にカスタマイズ出来る浴室がある部屋が欲しいなあ……。なんて顎の先までお湯に付けながら考える。


 何はともあれギルドランクを上げなければ。

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