第7話 これで俺も冒険者です

 王都の構造は、少し小高くなった丘の上に王城があって、そこを中心にして街が広がっている。

 王城の外側は、貴族の邸宅。その外側は豪商の邸宅。その外側が市民権のある住民と、商業区。ここまでが城壁の内側で、最後に市民権のない住民が、壁にくっ付く様に簡素な住居を建てている。

 城壁は人口に合わせて外へ外へと増設されてはいるが、土魔法のスキルを持っている者が携わったとしても、何分長大な物だから、全てを賄えるとは言えないのだ。

 城壁外の者達は、違法で住み着いて居る様なものなのだが、魔物の襲来時に家を守ってもらえる訳でも無いので、お目こぼしされていると言う事だ。

 尤も、有事の際に城壁内に逃げ込む事まで禁じられている訳では無いので、彼らも運が悪かったと諦めるしかないようである。


 冒険者ギルドは商業区の、門から延びる大通り沿いにそれぞれの支部がある。

 掲示してある依頼はそれぞれ支部毎に違っているけれど、相談すれば他の支部が持っている依頼も教えて貰えるし、何かあった時のために連絡要員として、ギルド所属のテイマーが使い魔を飛ばす事になっているらしい。


「こっちの世界の建物って、案外立派な造りをしてるよね」

 剣と盾という分かりやすい鉄製の看板が下がっていて、通りからも分かりやすくなっている。

「魔法使いとして生計を立てる程では無くても、土魔法の属性に適性があるとか、同じ行動を繰り返し行えばそれに応じたスキルが生えると言われておりますからのう。スキル持ちが作りますので、割と無理も利きますのじゃ」

 

 この世界には基本的に鑑定と言う様な便利なスキルは無いらしい。

 魔法は使えれば適性があるかどうか分かるし、武器や職業の適正も何となく得意とか不得意とか分かるのだから、確かに不都合は無いだろう。

 それにスキルの有る無しで、やりたい事を決められたりしなくても良いのだ。


 両開きの扉を押して、出来た隙間からそおっと中に身を滑り込ませる。

 ざっと見た感じはそれ程空いても混んでもいない様だった。

 どれが何の受付という表示はされておらず、半分ぐらいの受付は休止中の札が出ていた。

 若い女性が担当している受付は、ギルド内の人数の割には混んでいる。

 ムキムキのおっさんの居る受付も、人が居ない訳でもない。

 しゅっとした美青年が立っている受付は、誰も居なかった。


 あ、これ絶対何かある奴だ。直感的にそう思ったから、無難な所でおっさんの受付に並ぼうと思ったのに、つい視線を向けてしまったら、にっこり微笑まれた上に手招きされてしまった。


「こんにちは」

「はい、こんにちは」

 こう言う場合、足掻いても大体無駄だから、抗うのは諦めて呼ばれた受付に近付く。


「新規登録は、ここで大丈夫ですか?」

「ええ、受け付けておりますよ」

 目の前のお兄さんは、言葉使いも丁寧だしにこやかで感じも良いのに、隣の受付のおっさんが「あちゃ~」みたいな顔をしてこっちを見たのが、とっても気になるんですが……。


「では、新規登録をお願いします」

 大体は門前で受けたのと同じ様な事を聞かれたので、同じ様に答える。


「じゃあここに手を乗せて、魔力を通して貰って良いかな?」

 通し方分かるかな? 刻印機の様な道具に一枚カードをセットして、上部に付いている丸い石に手を乗せるように言って来る。


「ちょっとでいいんですか?」

 そろそろっと探る様に、鱗を作った時に使った力を機械に伸ばす。


「はい。魔力は個人個人で違うからね、識別のために登録するだけだから。……はい、もう良いよ」

 言われて石から手を離せば、横に付いたレバーを上から下へガシャンと押し込んだ。


「はい、これが君のギルドカードになります。身分証になるから失くさないようにね。依頼を受ける時も必ず提示して下さい」

 機械から取り出して差し出されたカードには、名前と性別と年齢と種族が表示されていた。


「登録料は銀貨五枚。……おっと、高いのは言われなくても分かってるから。一応一年目の年会費も含まれているんだよ。これを門に持って行けば保証金が返って来るから、勘弁して欲しいな」

 二年目からは、あまり依頼を受けていない場合は年会費が掛かるが、ちゃんと依頼を熟していれば手数料の中から年会費として処理されるらしい。

 後から門での保証金は返って来るとは言え、銀貨十枚、つまり二か月分の生活費を用意しないといけないとか、他所からやって来るのだと、ギルドに登録するのも中々大変だ。

 とは言え、一応貸付制度も有るらしく、年会費なのだから一年以内に返却しても良いらしい。ただ、返却しないままに何かあると、犯罪者として扱われる様になるので、大抵の人はあらかじめ用意してから来るとの事。


「あの、俺現金を持っていなくて。それで、登録ついでに換金して貰おうと思って来たんです」

 ポケットから登録用と当面の宿代や食事代用に、小さ目の魔石を二個取り出す。


「はい、魔石の買い取りだね。おや、中級の魔石だね。一個の方は中に筋入りだから、ちょっとだけ査定が良くなるかな」

 ちょっと待っててね、これ預かり証だから。と、番号の書かれた木札をカウンターに滑らせて来て、対になる木札と魔石をトレーに乗せて奥へ持って行ってしまった。


「お待たせ。合わせて銀貨十一枚と半銀貨五枚です。それで、この内の五枚を登録料にさせて貰ってもいいかな?」

 受付のお兄さんは、カウンターに銀貨と半銀貨をそれぞれの枚数乗せてから、そこから銀貨五枚を分けて見せる。


「はい、大丈夫です」

 残りの銀貨を手元に引き寄せて手にしてから、魔石の入っているポケットと反対のポケットにお金を入れる。

 ポケットに入れておくのも不用心だし、宿に行く前に財布代わりになりそうな小袋と、最低限の日用品とそれを入れる鞄を買って帰ろうと予定を立てる。


「それはそうと、従魔登録もしておくかい? その子ファイアリザードでしょ?」

 肩の上に乗っているオスカーを指差されて、そう言えばいつもと違った色になっているなあと思う。

 ちょっと茶色の混じった灰色で、ひび割れの様に朱色の線が下から覗く。いつもは綺麗な朱色で艶々していて、所々に濃い赤で斑紋が入っているのだから、どうやら街中で目立たない様に似たトカゲに擬態していたらしい。


「あの、従魔登録って何か契約をしていないととかあるんですか? 俺、特にそういった事した覚えが無くて。……あ、勿論ちゃんと言う事は聞くし、勝手に悪さをしたりとかはしませんけど」

 登録しようとして契約などの繋がりが必要で、弾かれると困ると思って先に言っておく。


「んん? 従魔として契約してないのに、言う事聞くの?」

 そもそも魔物とは契約で繋がらないと、意思の疎通が出来ない筈なんだけど? とお兄さんは不思議そうに首を傾げた。


「わしら眷属が主の命を違えぬのは当然の事ですじゃ。低能な魔物共と一緒にして貰っては心外ですのう」

「わわっ、喋った……!」

「あ、そうだ。そもそも魔物じゃ無かったんだった……。魔物じゃ無くても、登録って出来ますか?」

「えーと、ちょっと待ってね。……魔物じゃ無い。それで契約もしていない。でも言う事はちゃんと聞く。後、喋る」


「その子もしかして、ヤバイ奴?」

 普通のファイアリザードにしか見えないのに……。少し引き気味にお兄さんが呟いた。


「いえ、普通の妖精ですよ」

 悪いのじゃ無いですよ、多分。と、適当に答えておく。

 と言うか、多分妖精達はそれ程人のする事に興味が無いのだ。

 暖炉の炎や水瓶の水なんかの、自分の属性が司る物を介して人の生活を覗き見る事はあっても、例えば空を雲が流れて行くのを眺めているのと同じ様な感覚なのだ。


「全っ然、普通じゃないからっ!」

 妖精って……妖精って、超ヤバイ奴だし……。受付カウンターにバンっと手を付いて、お兄さんはそう主張する。


「でも、悪い事なんてしないですよ?」

 攻撃されれば反撃するけれど、それは誰だって一緒だろうし。


「精霊とか、妖精とかは、善悪の範疇に居ないから問題なんですよ……」

 精霊は人に手を貸すような位のは、そう大して意志があるような存在でも無いから、まだ良いんだよ。妖精は独自のルールで行動するから、正直何が地雷になるか分からないし、純粋な力だから影響が半端ないし……。


「あー、君ね。ぱっと見ただけでも、すっごい精霊に好かれてる気配がしたんですよ。だから、面白そうだなあって思って呼んだんですけど……。まさか、妖精を連れているなんて……」

 うわぁ、うわぁと呻きながら、お兄さんは受付カウンターに潰れてへばりついてしまった。

 お兄さんはエルフなので、種族的に精霊魔法が使えるし、精霊を感知する事が出来るらしい。


「ええと、何かごめんなさい? どうしよう、従魔として登録しない方が良さそう?」

「いや、妖精として登録するのも騒ぎになりそうだし、かと言って連れて居るのに何も登録なしも、問題を起こしそうだから、ファイアリザードとして登録させて貰っても良いかな?」

「だって、それでも良い? オスカー」

「デイライト様の横に居ても文句を言われぬのなら、わしは構わんじゃよ」

 すりりっと、オスカーが鼻先から頭長に掛けてを俺の頬に擦り寄せてくる。


「オスカーばかりずるいですわ」

 チチチっと可愛らしい声で囀りながら、ララがふわりと染み出すようにカウンターの上に現れる。


「そういや他にも三人居るんだけど、登録どうしましょう?」

 何か適当に似た様な魔物っている? 手を差し伸べたらそのまま掌の中に納まってふくふくしているララを、そっと突いて聞いてみる。


「魔物などで登録されるのは嫌ですわ」

 突いた指先を突き返しながら、ララは少し不機嫌そうな声で答えて来た。


「ええと、もう勘弁して下さい」

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