第6話 おっさんは良いおっさん

 王都です。

 やっと辿り着きました。

 いやー、長く苦しい旅だった……。

 何て事は無く、結構余裕でした。

 竜って体力お化けだね。実感したよ。


 一週間、こちらでは六日で一週間と数えるらしいのだけれど(火土風水光闇)、つまり丸々それだけ掛かりましたよ。火竜の山から。

 途中、こう見晴らしが良くて、道の先が霞んで見えなくなるぐらいまで誰も居なければ何も無い所を、ただひたすら歩くのかと思ったらうんざりして、思わす走り出しちゃったんだけど、びっくりするぐらい疲れなかった。

 疲れないもんだから、つい調子に乗って結構な速度で走ったりして、あれどれぐらい出ていたんだろう。

 まあそんな感じだったんで、一週間掛かったと言ってもあんまり当てにならない数字だと思う。

 妖精達は妖精達で、基本的に疲労とか何それな生態らしいし。


 まあとにかく到着したんですよ。


 ぐるーっと十メートルはあるような城壁に囲まれている、いわゆる城塞都市と言う奴である。

 人が集まると、それを狙って大型の魔物が襲って来たりするので、こっちの世界である程度の大きさの都市は大体こうなんだそうだ。

 勿論、城壁を築いたからといって、魔物が来なくなるとか防げると言う訳ではないらしい。

 城壁は、魔物の襲来に対して有利な陣地を形成するためのものだとか。

 じゃあ人が居ない所が安全なのかと言うと、そうでもないらしい。

 大型の魔物が襲って来なくても、小さな魔物はそこここにいるし、誰もが魔物を倒せる腕を持っている訳でもないからだ。

 大変だなあ。


 そしてそのそびえ建つ城壁に、大体東西南北それぞれに城門があるとの事。

 その南門の前に出来た列に、現在並んでいます。

 火竜の山は王都から見て東南の方にあったので、街道沿いに進んだら南門だったと。


 城門の大きく開かれた道を通るための受付は、貴族や大商人や一部の聖職者など、いわゆる特権階級のためのものだとかで、大体本人は馬車から降りもせずに、使用人が所属を証明するような物を提示して、そのままはいどうぞらしい。


 次いで、都市間を移動する隊商や街道馬車の受付。

 こちらはちゃんと積み荷や人員を検められる。おかしな人品が持ち込まれないかや、都市に入って来る荷物に税を掛けるためらしい。


 それから、近隣の村から農作物や肉などを売りに来る者、市場で発行している木札や取引のある商家の注文書などを持っている者、ちゃんとした身分証を持つ旅人などの受付。


 そして俺が並ぶのは、身分証になる物を持たない者の受付である。


 こちらは確認に時間も手間も掛かるので、予め複数の受付が用意されている。

 そこで名前や出身や目的や滞在期間などの簡単な聞き取り調査をされて、魔道具によって犯罪歴の有無を調べる。

 と言っても、本当に犯罪歴が分かるのではなく、触れていると話した言葉の真偽が分かると言う魔道具らしい。

 なので曖昧に答えて質問の抜けを取られないように、回答ははいかいいえ以外は禁じられているのだとか。

 審査を通ると、最後に仮の身分証の発行と保証料金を預ける事になる。

 仮の身分証の有効期間は三日間で、その間に正規の身分証を手に入れて仮証を返却するか、王都を出立して仮証を返却すれば、手数料を差し引いて保証金は返却される。


 あれです。保証金お高いらしい。


「はい、次の人ー」

 割とやる気の無さそうな、無精ひげを生やしたおっさんが俺の担当のようです。

 並んでいる所から進み出て、簡易テーブルの上に紐で紙を綴じただけの帳面を広げて座るおっさんの前に立つ。

 多分兵士っぽい?


「名前と出身と、目的と滞在期間は?」

 ちらっとこっちを見上げて来て、帳面に大体の外見、髪とか目の色や大体の年齢を書き込みながら聞いてくる。


 特に隠す必要も無いので、出身地以外はそのまま答え、出身地は火竜の山とか言っても信じて貰えないだろうから、ふわっとこう身分証も手に入らないような田舎出身だと匂わせる。

 まあ嘘では無い。


「じゃあ、これの上に手を置いて、質問にははいかいいえで答えるように」

 と言われても、まあ人に会うのも初めてなくらいなんで、犯罪歴なんて有る訳がないから気楽なものだ。


「はい、じゃあこれが仮の身分証ね。保証金は銀貨五枚だけど払えるか?」

 ちょっと心配そうな顔でおっさんが聞いてくるのは、払えないと思っているからだろうか?

 まあ現金は持っていないのは確かだけど。


「銀貨五枚?」

「ああ。悪いが子供でもこの金額は負けられないんだ。何せこんなに並んでいるから、一人だけ贔屓する訳にもいかなくてな」

 おっちゃんも薄給だし、破産しちまうからなあなどとおっさんが言う。


 どうやら子供だと思われていたようです。

 悲しくなんてない。本体は大きい筈。憶えて無いけど。


「えっと、田舎から出て来たから銀貨とか持ってなくてさ。物で払うんじゃダメですか?」

 貨幣価値がさっぱり分からないから、困ったなあと思いつつ、ポケットを探って魔石の小さ目の物を幾つか取り出す。

 壺鞄から取り出すと、どれだけ魔石を持っているか他人から見えるし、性質の悪いのに狙われる原因にもなりかねないからと、前以って移動させてあったのだ。

 ちなみに銀貨十五枚で三人家族が一か月生活出来るらしい。ていうと一人が一か月生活出来る分なのか、銀貨五枚。

 魔石を選んでいた時に、大体一個で五日ぐらい生活出来るって言ってたから、一か月分なら六個?

 一個銀貨一枚しないぐらいなのかな?


「これで足りるかな?」

 握り込みながら数を数えて、丁度六個を机の上に転がす。


「多過ぎだ、坊主。危ないからさっさと仕舞え」

 多分一個、大目に見積もっても二個で足りると言って、二個だけ除けると残りはさっと拾い上げて、俺の手に戻して来た。


「良いか、大体この大きさの魔石は銀貨五枚分ぐらいだからな。売る時の値段でだ」

 金銭感覚もずれてるとか、悪い大人に騙されそうで心配だ。そう言いながら、仮証も渡して来て、失くさない様にちゃんと仕舞えと言われる。


「仮証の有効期限までに、正規の身分証を提示する場合や、王都から出る場合はここ南門で仮証を返却するように。他の門で返却した場合は保証金は戻らないから気を付けてな」

 心配だ心配だと言うおっさんは、その後魔石を売るなら多少相場より値が下がる事もあるけれど、ぼったくられる事もない冒険者ギルドにしろとか、子供が泊まるなら治安が良くて値段も手頃な、どこそこの通りのこの宿が良いだとか、宿には自分の名前を出せば多少は便宜を図ってくれるからとか。まあ、色々と地図まで出して説明してくれる。

 やる気が無さそうとか思ったけど、何か凄く良い人じゃないの?

 

 ちなみにおっさんの名前はジョンさんだって。

 見掛けたら一回ぐらいは飯でも奢ってやるからなって、門番やってるのに一々こんな対応してたらお金持たないんじゃないの……?

  

 回復薬作れるようになったら、差し入れぐらいはしようかななんて思って、ジョンさんにお礼を言いながら手を振って別れて、王都へと入った。




「ふぁぁ……! 人が一杯いるっ」

 門を通って、街並みが目に入って、思わずそんな風に言ってしまった。

 ついでに口も開いてしまったらしく、すれ違う人が微笑ましい物を見るような目で見て来る。

 道中で採取した薬草を、括って鞄を下げているのと反対側の腰にぶら下げているもんだから、田舎者丸出しにしか見えないし。


 一応ね、街道沿いに王都に近付くにつれて、ぼちぼちと人を見かける事も多くなったんだよ。

 王都に入る前の門の所だって、受付の順番待ちで人が一杯いたし。


 でも何か、こう! 人が居て、建物が沢山建ってて。文明の領域に戻って来たんだっ……って感慨がさ。

 丸洗いして貰ってたから、少々埃っぽいけど耐えられない程不潔だと思ったりはしなかった。

 飢える事も無かったし、眠れない様な事も無かった。

 でもやっぱり屋根のあるところで生活したい。


「はー、疲れたから、もう宿取ってお風呂入ってベッドで寝たい……」

 でも現金が無いのです。残念な事に。


 冒険者ギルドに行って、ギルドに登録して身分証を発行してもらって。手持ちの魔石をちょっと換金して。

 それからおっさんが教えてくれた宿に行って、部屋を取って。

 久しぶりにちゃんと調理されたご飯を食べたいし、熱いお湯に浸かりたい。

 体力的には大丈夫だけれど、やらないといけない事を並べると、面倒臭くて憂鬱になる。


 冒険者ギルドに登録するのは、王都に長期間滞在するためあるいくつかの方法の内の、何れかのギルドに所属して税金を納めるという条件を満たせるからだ。

 

 王都に住むためには、市民権を持っている必要がある。

 市民権は生まれた時に役場に届け出ると貰える。但し、親も市民権を持っていないと受け付けて貰えない。

 他所から来た者は、大金を払って市民権を得るかしないといけない。

 市民権を持っていると、人頭税とそれから収入に応じて一定の税金を払う必要がある。


 それ以外には冒険者ギルドに所属して、支払われる依頼金額や素材の買い取り金額から一律で税として徴収される方法。商人ギルトや職人ギルドのように年間の取引額に応じて税を納める方法などがある。


 市民権は持っていないし、商人や職人ギルドに登録するための実績も商品もない。

 消去法的に冒険者ギルドになるけれど、階級が低い内は簡単な依頼をこなしていれば良いし、それ程間を空けなければノルマは厳しくはないらしい。

 取り敢えず冒険者ギルドに所属して、薬草採取とかでお茶を濁しつつ、回復薬を売って生活できるように準備すれば良いって事だ。


「オスカー、出てきても良いよ」

 小さく声を掛けると、空気が陽炎の様に揺らいで、するりと朱色の鱗のオスカーが現れる。

 精霊を連れていますとか馬鹿正直に申告して弾かれたら困るから、眷属達には隠れていて貰ったのだ。


 地面に居るオスカーに手を伸ばせば、手を伝って肩まで器用によじ登って来る。


「冒険者ギルドと言えば、定番のあれがあるかもしれないしね」

 何か有ったら噛みついても良いけど、相手に炎を使うのは出来れば控えてねと言い聞かせて、ジョンさんに教えられた冒険者ギルドへの道を進んだ。

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