第4話 鱗とは切っても切れません

「おおっ、出来た!」

 発熱した後にふわっと光って、光が引いたら指先から肘まで鱗で覆われていた。

 指の腹側と掌は細かな鱗になっていて、握り込むのに邪魔にならない。

 指先で鱗を叩いてみれば、金属とは違ったちょっと有機的な? 例えるなら爪とか甲殻とかそんな系統の感じがする。

 爪も何だかつやっとして黒くて尖ったのに成っている。

 強そう。

 こんこんと拳でさっきの岩を叩いても、間に緩衝材があるのか叩いてる感じはするのに痛みとかは伝わって来ない。


「今度こそ行けそうな気がする」

 拳を握って、深呼吸して。

 おっと、親指は握り込んだらダメって聞いた気がする。


「せいっ!」

 あんまり気合を入れ過ぎて殴ると、さっきの二の舞にとか思ってませんよ。

 元々争い事とか苦手で、肉体言語で語り合う事などなかったのだ。憶えて無いけど。

 見た感じへなちょこも良い所のパンチだったけど、それでも表面で止めずに振り抜いたら、ボコンとかそんな感じの音を立てて岩が割れた。


「おおっ」

 痛くない。

 パンチ自体の勢いはあんまり無かった筈だから、力が思っているよりもっと強いって事なのかな?

 そして痛くない。大事な事だから何度も言う。素晴らしい。


「後は、鱗を出すスピードをもっと速く出来るようになると良いんじゃないかなー?」

 本来なら別に鱗を出さなくても刃物も通さない位の筈なんだけど、誤った自己認識が定着しちゃってるからねー。

 と、言われましても思っちゃった物はしょうがないじゃない。


「ぼちぼち頑張るよ……」

 鱗で防御する必要が無いのが一番良いんだけどね。暴力反対! 戦うのなんて慣れていないんですよ!


「うーん、鱗、鱗」

 何か掴めそうな気がするんだよなー。

 鱗、鱗と念じて腕に意識を集中すれば、三十秒ぐらいしてじわじわと熱が集まって光って鱗が現れる。

 消えろ、消えろと思えば、熱が散じてすうっと沈む様に鱗が消える。

 両腕にと思えば、更に十秒ぐらい掛かって両腕に鱗が現れる。


「あんまり時間の短縮は出来ないけど、これ出したり仕舞ったりするのとか、出しっ放しにしてても別に疲れたりしないみたい」

 原理が分からないから不思議だけど。

 でも何となく、力を寄せるっていうのは分かったような気がする。


「うん、出来そうな気がする」

 その前に、一応心配だから上は脱いでおこう。


「翼、翼……。って、俺の翼って羽毛の奴? それとも蝙蝠みたいな奴? それとも大穴で昆虫みたいなのとか?」

 想像しようとして、見た事が無いから自分の翼の形状が分からなかった。


「その中では蝙蝠が一番近いですかのう。とは言え、蝙蝠の翼は腕ですが、竜は別に腕はありますがのう。飛膜がこうつやっというかしゅるっというか、とても良い手触りでのう。畳んだ所に潜り込んで昼寝するのがお気に入りだったんですじゃよ」

 見る角度で光沢が薄く違って、それは美しかったとオスカーはうっとりと目を細めた。


「飛膜ね……。こんなんかな? 翼出ろー!」

 じゃないと上半身脱いだ自分が間抜けなので。

 じわじわっと今度は肩甲骨の当たりが熱くなって、更に何か分からないけど自分の中にある力を意識して集めたら、ふわっというのかふっというのか抜ける? 解き放たれる? そんな感じがして翼が生えた。


「やったぜ!」

 やれば出来る子なんですよ、俺は。


「おお」

「やんややんや」

「主様なら当然ですわ」

「良かったですわねぇ」


「ところでさ、これでどう飛んだら良いんだろう?」

 ノリ良く賑やかして貰ったけど、翼を出したは良いけど飛び方が分からない。

 意識して動かせば、ちゃんと羽ばたく事も出来る。

 でもぴくりとも浮き上がらないんだよねー。何でだろう。


「確か、翼で物理的に飛んでいる訳では無い筈ですぞ」

「えっ?」

「エーテル界に干渉して浮力と推進力をどうとか……。翼は基本的に姿勢制御に使っているとか」

「具体的にはどうやるの?」

 エーテル界に干渉とか言われても、そもそもエーテル界とは何ぞやである。


「残念ながら、それ以上は分かりませんのじゃ」

 何せわしには翼がありませんからのう。

 火蜥蜴は火から火へ移動することが出来るらしい。制約はあるものの、長距離を移動するのには便利そうだ。


「むむう、仕方ないか。練習してればその内分かるかもしれないし、のんびりやるか」


「それはそうとさー、何かこう力の動かし方? って奴がちょっと分かった気がするから、魔法も何か使える気がする!」

 お腹の奥の辺り? 何かこうぐっと力が入る所から、ぐぐぐっと意識すると温かい物が動く。それに鱗とか翼とか方向性を付けてやればその通りになるから、多分魔法も同じような感じで行ける気がするんだよなー。


「て訳で、ファイアボール!」

 ぐぐぐっ、てやーって感じで掌に溜めて投げ付けた。


 拳ほどの大きさの炎の塊は、十メートル程先の地面の狙った場所にぶつかって、ボンっと音を立てて散った。


「おー、出来た」

 威力も中々のもんじゃない?


「あらあら、これは」

「なるほどねー、こうなるのかー」

「主様、ちゃんと呪文を学ばれた方が良さそうですわ」

「ですのう」

 何で残念な子を見るような目でこっちを見てるんですか。


「えっ? 何か可笑しい所があった?」

 ちゃんと当たってるし、それなりの威力も有ったと思うし。発動するまでに時間が掛かるのは、これからの練習で短くなるように頑張ればいい事だと思うんだけど。


「そも魔法というものは、世界の持つ理に干渉して発動させていますのじゃ」

 竜の竜言語しかり、人族の使う呪文しかり。

 妖精は理側の力なので、呪文は必要ないけれど。


「そこを、呪文無しで力技で無理矢理発動させているのが、先程の魔法ですじゃのう」

 つまり物凄く燃費が悪い。


「記憶が無くても竜というべきなのか、然程堪えた様ではありませんじゃが」

「大した事無いからと言って、余分な力を使うのは良くない事ですから、ちゃんと呪文を学びましょう」


「はーい」

 ちゃんと勉強するまで魔法はお預けのようです。残念。

 力技で憧れの収納庫ストレージとか出来そうな気がしたんだけど、多分初級のファイアボールでストップが掛かるのだから、よっぽど力の使い方が悪いのだと思う。

 魔法を使ったは良いものの、行き成りぶっ倒れたりとかしたら困るので、試すにしろ何にしろ安全な所に落ち着いてからにしよう。


「結局、使える攻撃手段は殴るだけか……」

 一番苦手な方法が残りましたよ。

「竜の鱗は、そこらの武器よりもよほど固いですぞ」

 と言われても、殴るためには相手に近寄らないといけない訳で。

 果たしてその度胸が自分にはあるのだろうか? 何分戦った事など無いのだ。


「ところで、魔物とか? 何か襲って来る生き物ってそんなに居るの?」

 昨日火竜の山を下りてからここまで、一度もそれらしき物に遭遇してない。


「魔物を狩ることを生業にする者が、それなりに居るくらいには数は居ますのう」

「竜に敵う者なんて居ないけどねー!」

「皮や骨等は素材として使えますし、肉も種類によっては美味しいですじゃよ。後、魔石も取れますのう」

 つまり捨てる所が少ないらしい。

 まあ現在は王都に向かって移動途中で、荷物の運搬にも不自由するぐらいなので、見かけても無闇に狩ろうとしないでおこう。

 倒せるかどうかも分からないし。


「そろそろ出発しようか」

 上着もとっくに(翼を仕舞って直ぐに)着直したし、焚火も土を掛けて消したし、毛皮も巻いて縛ったし。

 街道伝いに進むのだから、どこかしら人の住んで居る所に辿り着ける筈だし。

 人では無いけれど、優しい旅の連れもいる。


「さーて、どのくらいで王都に着くかなー?」

 不安は無いけれど、屋根の下で寝たいのです。

 幸い疲れ難い身体になっているようなので、頑張って進むぞーと気合を入れた。

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