第3話 竜言語とは何か凄い言葉

 歩く、歩く。

 ひたすら歩く。

 洞窟を出て、岩ばかりの山を下り、道無き道を……は歩きにくかったので、ララにお願いして太股の半ば程まである下草を倒してもらう。


 最初は肩から壺鞄を、背中に毛皮を背負っていたのだが、見かねてエドワードが毛皮を持ってくれた。

 まあ、小型犬くらいの大きさのエドワードに、巻いているとはいえ一メートルちょっと長さになる毛皮を持たせるのはどうかと言う話もあるのだが。

 とはいえエドワード自身は然して重さを感じないのか、頭の上に大きな荷物があっても関係ない様にぴょんぴょん跳ねながら移動している。

 それは自分にも言えて、慣れない道を軽いとは言えない荷物を持っているというのに、歩き続けても思ったよりも疲れない。

 オスカーが言うところの、自分は人ではなく竜だというから、実感はないけれど色々丈夫になっているのだろうか。

 だとしたら、ありがたい事だと思う。




「人心地付いたら、顔を洗いたいかも」

 この近くに川とかないのかな? と膝の上に乗っているオスカーに聞いてみる。

 火竜の住む山の裾野に広がる森を抜け、街道らしき所に出たぐらいで薄暗くなりだしたから、夜営のために街道脇に焚火を熾した。

 道中ララがついっと逸れては、食べられるのだという果物や木の実を採って来てくれたので、夕飯代わりにそれを食べた。

 お腹一杯になったら、ちょっと眠くなってきたけど、一日ずっと歩き通しだったせいか埃っぽい気がするし、顔とか手を洗ってすっきりしたい。


「水場はしばらくないですのう。まあ、顔を洗うのでしたら適任者を呼べば済む話ですじゃ」

 膝から肩に移動して、しっとりした前肢で俺の顔を触ってから、オスカーは「水の」と呼び掛けた。


「もー、呼ぶのが遅いですわよ。私も早くデイライト様にご挨拶したかったのにぃ」

 ふわふわと目の前に水が漂い出したかと思ったら、集まって球体になり、そこからざぷんと瑠璃色の魚が飛び出して来る。


波の乙女ウンディーネのゾーイですわ、デイライト様」

 水中でくるりと旋回すれば、動きに靡く長い尾鰭が煌めいて美しかった。


「うん、よろしくね」


「一応これでデイライト様の眷属は揃いましたのう」

 呼ぶのが遅いと詰られたオスカーは、待たずに自分で出て来れば良かったのにと言って、乙女心が分かっていないと更に責められている。


 しかし何という鱗率の高さ。四人の内三人に鱗がある。竜だというなら自分も入れれば更にパーセンテージが上がる。

 いや、自分が鱗だから鱗が集まった?


 ゾーイに出してもらった水で顔と手とついでに足も洗って、ララに水気を吹き飛ばして貰ってから、持ってきた毛皮を敷いて包まる。

 長さの関係で足がはみ出ているけれど、焚火があるから寒さは感じない。


 色々あって一日疲れたなあと思って、目を閉じればあっという間に眠りに飲み込まれた。




「そろそろ起きる時間ですぞ、デイライト様」

 目覚めはやはりこれなのか、オスカーのぴたりとした前肢の感触で起こされる。


「うー、おはよう」

 目覚めが悪い方だとは思わないけれど、さすがに爽快な気分でとは行かない。

 それでも露地で寝たというのに、風の音が気になったとか、姿の想像も付かないような名も知らぬ獣の遠吠えが聞こえたりだとかで、眠れなかったという事はなかったなと、眷属だという妖精たちの心遣いに気付く。


 要求する前に用意された水で顔を洗い口を漱ぎ、新たに採取されていた果物を口にする。


「そう言えば、魔法って俺も使えるの?」

 とても便利なので使えるようになりたい。

 妖精たちを見ていると、自分の属性の魔法しか使っていない(使えない?)ようだけど、そこの所自分はどうなんだろう?


「勿論使えますのう。と言いますか、竜には竜言語がありますからのう」

 竜言語とは神様が最初の生き物である竜に教えた言葉であり、神様と語るための言語である。つまり神様の言葉に最も近いので、物事の本質を表しているらしい。そして強い力が宿っているとの事。

 言葉を口にするだけで、その現象が起きるとかそんな事らしい。

 ちなみに、竜からハイエルフへ、ハイエルフからエルフへ、エルフから人族へと言葉は伝わったけれども、伝わる段階でどんどん劣化して、言葉の持つ力は失われて行ったらしい。

 その分を魔力とか呪文とかで補っているとかで、竜言語は自分の力を何も使わなくても良いとてもコスパの良い言葉なのだそうだ。


「うん、全然思い出せない。……使えると思う?」

「無理ですのう……。わしらには竜の言葉は使えぬので、お教えする事も出来ませんしのう」

「やっぱりか……」


「オスカーたちはどうやって魔法を使ってるの?」

 竜のやり方がダメなら妖精のやり方でやればいいのだ。


「えーっとねー、僕たちは自分の属性の力だから、体の中の力を意識して、何かこう良い感じでえいって使う感じ?」

「驚く程何も分からないな……?」

 会話に混じって来たエディからは、価値のある情報は引き出せなかったようだ。


「わしらと属性の力は切り離せないものですからのう、お教えできる技があるとか言う訳ではございませんのじゃ」

 目でオスカーに助けを求めて見たものの、残念そうに首を振られた。


「呪文を使えば、主様でも魔法を使うことができますわ」

 慰めてくれるララ優しい……。


「うん、王都に行ったら魔法の勉強するよ。それまではよろしくね」

「勿論ですじゃ」

「任せてよー!」

「仕方ありませんわ」

「頑張りましょうね」


「てな訳だけど、俺にも身を守るための手段が欲しいです。何かありませんか」

 質問するときは手を挙げて。


「そんな事気にしなくても、言ってくれれば幾らでも代わりに魔法ぐらい使うよー!」

 ぴょーんと飛び跳ねてエドワードがそう主張する。


「いやさー、何か君らは頼まなくても守ってくれそうじゃない?」

 そこら辺は信頼してるんだけどさ。

 そう言ったら、皆一様に照れた仕草をしたのがとても可愛かった。


「なので、それ以外で自分で出来る事をね、考えないとさ」

 頼ってばっかりなのは、ダメになるからダメです。むんっと気合を入れて宣言しておく。


「とは言え、デイライト様は竜ですので、基本的に力も強いし身体も丈夫ですじゃよ」

 生半可な武器や魔法では、害する事は出来ん筈ですじゃ。とオスカーが言う。


「むむむ、じゃあさー、どれぐらい強い? かをちょっと確認しておかないと」

 いざという時思った程じゃありませんでした。だと困るからさ。

 立ち上がって、何か手頃な物……と辺りを見回す。


「これなんか手頃かな?」

 一抱えもありそうな岩を見つけて手を掛ける。

 よいしょっと腕を回して持ち上げれば、然して苦も無く地面から離れた。

 うん。壺鞄を一日中持っていても、重さが段々堪えて来るとか、そういう事が無かったから何となく分かっていたけど、力は大分強くなっているみたいだ。


「これ以上大きいのだと、重さじゃなくて大きさで難しそうかな?」

 なので力の確認はここまで。


「後はどれぐらい防御力があるか……かな」

 この岩で良いか。コンコンと軽く叩いてから、ぐっと拳を握る。


「せいやっ! ……いってええぇ!」

 ダメでした!

 盛大に自爆しました。超痛い。


「どうしてー?! むっちゃ痛いんですけど!」

 人差し指と中指の付け根、所謂拳頭の部分の皮膚が破れて血が滲んでいる。


「デイライト様、怪我しそうだなぁとか、痛そうだなぁとか思われませんでした?」

 ゾーイが水球ごとふわふわと近付いてきて、中でくるりとターンついでに尾鰭で触れて傷を治してくれる。


「ちょっと思ったかも」

「それですわ。怪我をする自分を想像したので、その通りになってしまったのですわ」

「えー……困ったな。どうすれば良いんだろ?」

 痛み連想せずに岩を殴るなんて、ちょっと無理な気がする。今怪我をしたばかりだから特に。


「はいはーい! 岩を殴る拳に鱗を出して、鱗で防御すれば良いんじゃないかなー?」

 そのままだと痛いかもって思っちゃうなら、鱗を出して鱗は硬いって思えば良いんじゃない?

「鱗を出す?」

「そうそう。デイライト様は竜なんだから、鱗を出そうと思えば出せる筈だよー」

 見本に僕の鱗を見ても良いよっ。エドワードがぐねぐねと身体を捩りながらそう言ってくる。丸まっちい身体で捩れるのかは謎だけど。


「鱗を出す」

 出すぞ、出す時、出せ。

 いや自分でも何言ってるのか分かんないけど。

 自分が彼らの言うように竜だと言うなら、出そうと思えば出る筈。出て欲しい。


「デイライト様の鱗は、闇竜なので真っ黒で艶々の黒曜石の様な素敵な鱗ですじゃよ」

 わしらと違って少し大振りの、鱗の並びが模様に見えるぐらいで、日の光を弾いてそりゃもう綺麗なんですじゃ。と、オスカーが思い出しながら説明してくれる。


 艶々で、綺麗に並んでいて。鱗状の金属が張られた籠手をイメージすれば何か良さそうな気がする。

 指は握りやすく。手の甲から肘まで続く感じで鱗が整然と並んでいる。

 うん、何かいけそう。


 鱗、鱗……。

 右腕を抱えるようにして念じれば、じわりと腕の外側が発熱したような状態になって来た。

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