第2話 竜を殺すと呪われるらしい

 初めに神様が空や大地や海を創った。

 そして山や川や谷などを造った。

 木を植え、花を咲かせ、美しく出来上がった世界を見た時に、一緒に楽しむ者が居ない事を寂しく思われた。

 そこで最初の獣である竜を生み出された。

 神様は竜に自らと語るための言葉を教えた。

 それから神様は沢山の生き物を生み出されたけれど、言葉をお教えになったのは竜だけだった。




「と言う訳で、竜は神様の第一の僕だという事なのですじゃ。ですので竜を害そうとすれば、息を吸った肺は焼け、大地に下した足は腐って捥げると言われておりますのう」

 世界に拒絶されるそうですじゃよ。

「……怖っ」

 竜に呪われるんじゃなく、世界に呪われるとか逃げ場がなくない?


「竜は最初の生き物として創られたために、鱗一枚、爪一欠けらにも力が宿っておりますじゃ。なのでそれを狙って人族が偶に来ますじゃよ。」

「あー……、よくある話だね」

「竜の心臓を使うと不老不死の魔法薬が出来るという話も、人族の間にはありますからのう」

 もっとも竜を殺せば呪われますので、そんな薬は作られた事も無い筈ですがのう。


「ただ、竜の中には惚れっぽいというか、いんすぴれーしょん? とやらを大事にしてるだけだとか言われる方がいらっしゃってのう。……惚れた乙女や騎士に殺されてしまった方も居ない訳では無いというか……」

「あっ……、ハイ」

 残念な人? 竜はどこにでも居るって訳ね。


「まあそんな訳で、持って行けないものはこのまま置いて行っても多分大丈夫ですじゃよ」

 何を持って行きなさるかね? 洞窟の隅に置かれた丸くてつるつるとした石の間を渡りながら、オスカーがそう聞いてくる。


「うーん。持って行くのは必要になりそうな物かな? ここには服とかは無さそうだけど」

 何が必要か分からないから、旅行に持って行くものを考えてみる。

 着替えの服は、無さそう。

 洗面道具、も無いな?

「見た感じ、生活用品とか無さそうだし、そうすると後は換金出来そうな物かなあ?」

 こっちの貨幣価値が分からないから、ちょっと不安だけど。


「でしたら魔石とかですかのう。ここら辺に転がってる小さめのが換金しやすい筈ですぞ」

 てしてしとオスカーが叩いた所には、ビー玉程の大きさのちょっと歪で半透明の石が転がっていた。

「これって幾ら……、えーと、一個で大体どれぐらい生活出来るの?」

 摘まみ上げて掌の上に乗せる。


「多分一つで五日くらいですかのう?」

 大きい物の方が価値があるけれども、換金するにも冒険者ギルドに所属している必要があるらしい。


「取り敢えずよく分からないから、大きさ混ぜて持てるだけ持って行くかな」

 あんまり大きいのは出所聞かれても困るから、もしもの時のために一個だけ。青色が滲む様な透明に近いゴルフボール程の大きさの魔石を拾い上げる。

 拳大の紺色の星が瞬くような魔石が転がっているのも見えたけど、あれは多分厄介事しか引き起こさない気がするから持って行かない。


 魔石ばかりころころ握りしめて行く訳にもいかないから、何か入れ物をと洞窟の中を探し回る。


「あっ、これ丁度……良くなかった」

 薄茶けた楕円のボウルの様な物を見つけて手を伸ばしてみれば、どう見ても何かの頭蓋骨です。使える訳がありません。気分的に。


「ううむ。動物の皮っぽいものはあるけど、ちゃんと鞣してある訳でもないし、物を持ち運ぶのには向かなさそう」

 一応分別して置いてあるだけましと言えば良いのか。まあ、必要無かったからだろうけど、キラキラした物とかふわふわした物とか、興味を引いた物を収集してあるだけの気がする。

 竜だから仕方がないのか、人の役に立つような道具は見当たらなかった。


「ねー、何か良さそうな入れ物とかここには無いの?」

 ビー玉程の手頃そうな大きさの魔石を咥えは、せっせと運び出して集めているオスカーに聞いてみる。


「そうですのう。わしは火属性なんで燃やすのは得意なんじゃが。……適任者を呼んだ方が良いですかのう」

 そう言うと、地面をてしてしと前肢で叩いて「土の」と呼び掛けた。


「はいはーい! 呼ばれたよー!」

 ぴょーんとかスポーンとかいう擬音が付きそうな勢いで、茶色い何かが地中から飛び出してきた。


「記憶を無くしたデイライト様のために、自己紹介するよー! ツチノコノームのエドワードだよ! 気の良い奴だよ、よろしくね!」

 エディって呼んでね! 短い尻尾をびたんびたんと打ち付けながら、目の前に現れた茶色い生き物は自己紹介をして来る。

 ツチノコなの土の妖精なのどっちなの?ノームと言えば、あのとんがり帽子を被った小さな髭の生えた妖精を連想するのだけど、記憶違いなのだろうか?


「お、おう。よろしく?」

 取り敢えず、多分悪い奴じゃない。多分。

 楽しそうにびったんびったんしているエドワードを見下ろしながら、ツチノコでもノームでも何か味方っぽいし良いかと、思考を放棄して結論付ける。


「それで、魔石を入れる容器が必要なんだっけ?」

 こんなので良いのかなー?ずんぐりした身体で、器用に飛び跳ねながら回ったその中心に、地面からズズズっといった感じに壺が迫り上がってくる。


「えーっと……。それだと担がないと持てなさそうだから、腰に括って持てるぐらいの大きさが良いかな?」

 これからどれだけ移動しなきゃいけないか分からないし、自分の体力を考えると過信は禁物だし。

 洞窟に転がってる皮を何とかして細く切って、繋げて紐にすれば腰にぶら下げるとか肩に掛けるとかして持ち運べるだろうから。


「それじゃ、こんなもんで良いー?」

 次に出来上がった物は、最初のいかにもといった壺の形から、持ち運ぶときに身体にぶつからないように、片側が緩く凹んでいる形をしていた。

 喋り方の割に気の利く奴だなあと見直して、上等だと返事をする。


「後は、持ち運べる様に蓋と釣り下げる紐が欲しいかな」

 選り分けた魔石を壺改に入れて、持ち上げて重さを確認する。


「では、そっちも適任者を呼びますかのう」

 と、オスカーが少し上を見上げながら「風の」と呼び掛ける。


「お呼びにより参上致しました、主様」

 ピチュピチュと副音声が聞こえて来そうな、碧色で羽の縁が白い小鳥がすっと目の前に現れたので、手を差し出したら指の上に停まった。


森の妖精シルフのララですわ。よろしくお願いします」

 目がくりくりっとしていて、嘴が黒に見えるぐらい濃い紺色で、掌より少し小振りで、控え目に言っても可愛い。


「うん、よろしくね。えーとね、紐になるような物が欲しいんだけど、出来るかな?」

「勿論ですわ」

 ふわりと指の先から飛び立って、地面に降りるとコツコツと嘴の先で突く。


 突いた所から芽が出たかと思うと、しゅるしゅると蔦が伸び、程良く成長したところで止まった。


「中身が零れない様に葉を詰めて、蔦を紐代わりにすれば宜しいかと」

 そう言ってララは、ぶちんと嘴で蔦を根元から引き抜いた。


「うん、ありがとう」

 言われた通りに葉を千切って壺改の口に詰め、蔦をぐねぐねと少し揉んで柔らかくしてから、上部のちょっと細くなっている頸の部分に巻き付けて縛る。


「ちょっと失礼しますわ」

 横からララが嘴で蔦を突くと、つるが伸びて壺の下部を覆うように絡みついた。


 適当な長さになる様に輪を作って結べば、壺鞄の出来上がりである。


「さてと、荷造りも出来た事だし、どこに向かうのが良いんだろう?」

 ここに居ても雨風を凌げるというだけだから、早々に出発するべきだろう。


「そうですのう、デイライト様は今世の記憶も前世の記憶も、どちらも忘れてしまわれておりますから、少しばかり可笑しな事をしても目立たない様に、沢山の人が居る所へ行った方が良いかと思いますのう」

 思案気に首を傾げながら、オスカーがもっともな助言をしてくれる。


「はいはーい! 僕、王都に行きたいでーす!」

 びょーんと顔の高さまで飛びあがって、エドワードが主張してくる。


「王都で美味しい物が食べたいんだよねー」

 妖精は食べなくても大丈夫なんだけど、それとこれは別だからねっ。ぴょんぴょんと飛び跳ねて、エドワードは楽し気だ。


「いやまあ、どっかに行きたいとか希望も当てもないから、王都でも良いけど」


「それよりも、皆、付いて来てくれるの?」

 右も左も分からなくて不安だから、お願いして付いて来てくれないか頼もうと思っていたけど、どうやら頼むまでもなさそうな気配。


「わしらはデイライト様の眷属じゃから、来るなと言われない限りはお供致しますの」

「そうそう! どこまでも付いて行きますよー!」

「主様に仕えるのが我らの喜びですわ」


「ありがとう。頼りにしているんで、よろしくお願いします」

 心細かったから、じわっと涙が滲んだって仕方がないと思う。

 ぺこりと頭を下げてから、それじゃあ行こうかと壺鞄を肩から斜めに掛けた。


「デイライト様。毛皮を一枚持って行った方が良いと思いますのう」

 人は地面の上に転がって寝るのは、ちょっと苦手ですじゃろ? 火は幾らでもわしが点けれるが、布団代わりにはなりませんからのう。旅人はマントを毛布代わりに使ったりするんじゃが、ここにはそんな物はないですからのう。と、オスカーが引き留めて来る。


 そんな訳で壺と同じ様に蔦を生やして貰って、持ち運べそうな大きさの毛皮をくるくると巻いてから縛り、それを背負うことにした。

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