王都ドラゴン魔法薬店~妖精達と一緒にスローライフ~
三和土
第一章 そうだ王都へ行こう!
第1話 目が覚めたら記憶がありませんでした
「デイライト様。デイライト様」
ひんやりとする何かで顔を打たれて、俺は目を覚ました。
(誰の声だろう……?)
曖昧な記憶を手繰り寄せながら、瞼を震わせてそっと開く。
「薄暗い……」
目を慣らすように、ぱちぱちと何度か瞬きを繰り返す。
「やっと起きなさったか」
心配したんですぞ。と、続く声が思ったよりもずっと近くからして、慌てて視線を動かせば、覗き込むようにして朱色のトカゲが顎の辺りに張り付いていた。
ひっ、と小さく悲鳴が漏れてしまったけれど、むしろ叫び出さなかっただけましなんじゃなかろうか。
何となく動けなくて、そのままの体勢で視線だけぐるりと回すが、寝転がっている現状で目に入ってくるのは、天井や壁がごつごつとした荒削りの岩肌だという事だけだった。
少し離れた所から光が差し込んでいるのは、そっちが入り口だからなのだろうか?
「デイライト様? まだ頭がはっきりしなさらんのか?」
ぺちり、ぺちりと前肢で優しく叩かれて、先程より更に身を乗り出して来たトカゲに意識を戻す。
「……ごめん。意識はしっかりしてるんだけど、何か色々分からない事だらけで、どこから手を付けて良いのかさっぱりで……。取り敢えず、君の名前は?」
ここはどこ? 私は誰? 陳腐な言い回しだけど、本当にさっぱり分からないのだ。
どうして俺はここに居るのだろうか? 洞窟に居るのはおかしいと思うのに、じゃあどこに居るのが正しいのかなんて全然思い付かなくて。
目覚める前は何をしていたのか、思考を巡らせてみても現状に繋がる取っ掛かりすら思い出せない。
「ここはデイライト様が塒にしている洞窟で、わしは火蜥蜴(サラマンダー)のオスカーですじゃ」
「おおう……。聞いといてアレだけど、ごめんさっぱり思い出せない」
俺の名前はデイライト。うん、全然馴染みがない。
どうして自分は洞窟に住んでいたのか? 火蜥蜴とは何だ? トカゲって喋るものなの? 質問に答えが返ってきたら疑問が更に増えるとか……。
「ふむぅ……。儀式に失敗したから、なにがしかの不具合が生じるかも知れないと、デイライト様をここまで運んできた時に母上様がおっしゃられておりましたが、もしかしてかなり不味い感じですかのう?」
困りましたのぅ……。俺の顔に張り付いたままのオスカーが、琥珀色の大きな目をぐるりと回した。
「その儀式とやらも、さっぱり心当たりが無いんだけど……」
取り敢えず寝転がったまま話すのもなんなので、腹筋に力を入れて上体を起こした。
「ところで、お身体の方は大丈夫ですかの? 痛い所や動かし難い所などはございませんかのう?」
見た感じ怪我などは無さそうですが。そう言いながら、確認するようにオスカーは俺の身体の上をゆっくりと這い回る。
「どうかな? 特に痛みとかは感じないけど」
手で触ったり腕を回してみたりして、上半身に異常が無さそうなのを確認してから、ゆっくりと立ち上がって足踏みしてみる。
軽く跳び跳ねても何ともなかったから、大丈夫みたいと肩に乗ったままのオスカーに頷いてみせる。
「それより、俺……自分の事も思い出せなくてさ。これからどうしたら良いと思う?」
ここに住んでたって言うけどどう見てもただの洞窟で、ガス・水道・電気とか通って無さそうな気配が漂っている。
トイレとかお風呂とかどうすればいいの? 食事は? 自炊とか言うレベルの話じゃないよねと、不安が襲って来る。
「ふむぅ。どうやら頭の中身に不具合が出てるようですのう。取り敢えず、分かることだけ教えて貰っても良いですかのう?」
説明をするにもお互いの認識の擦り合わせをした方が良さそうですなと、オスカーは思案するように一度ゆっくり目を閉じた後にそう言った。
「えーっと……。名前……は、思い出せない」
「多分、大学生。男……のはず」
「どこに住んでいたのかも……、思い出せない……かな?」
「直前まで何をしていたのかも……覚えてない……」
その場でぐるぐると円を描くように歩きながら、爪先を睨んでも思い出せないものは一欠けらも絞り出せなかった。
どんどん声が小さくなっていく。
「えーと……、困ったな。何か全然思い出せないみたい」
眉尻がへにゃりと下がってしまう。
「ふむふむ。綺麗さっぱり分からなくなってしまったという事ですな。」
うむうむと、オスカーは何度も頷いた。
「では、わしが分かっている範囲で説明しますので、分からない事があったらその都度聞いていただくという事で良いですかな?」
立ったままなのもあれなのでどうぞお座りくだされと、オスカーに言われるままに地面の上に胡坐をかく。
「先ずはお名前ですが、デイライト様と言いますじゃ。本来なら属性的には闇や夜に寄った物に成る筈なのですが、デイライト様が卵の時分に殊の外日向が好きで、目を離すと洞窟から転がり出てしまっていたので、母上様がそんなに好きなら名前も寄せた方が収まりが良いだろうとおっしゃられましてな」
属性?卵?
聞き慣れない言葉に目を瞬かせる。
「ええと、もしかしてこっちって、卵生が普通なの?」
こっち。うん、多分あっちとこっち。こっちは自分の知っている世界と違う気がする。大して覚えてないけど、多分トカゲは喋らなかった筈だし。
「ああ、いえ人族や獣などの大半は親の腹から産まれますのう。ただ、デイライト様は人ではありませんので」
なので卵でお産まれになったのですじゃ。艶々で真っ黒なのに所々にチカッと星のような光の差す綺麗な卵でしたぞ。と、オスカーは続ける。
「人ではない……」
待って! 今アイデンティティーの危機……!
「ですぞ。デイライト様は偉大な竜でいらっしゃいますからな」
「闇竜の母上様と火竜の父上様の間にお産まれになった、闇竜ですじゃ」
竜は母方の属性を継ぎやすいですからの。
「何で俺、自分の事人だと認識してるの……?」
てか、さっき自分の身体を確認したけど人だったし。
「それは多分、異世界転生とかいうモノですじゃな」
「異世界転生……?」
膝の上に移動していたオスカーが、大きな目玉をくるりと回しながらそう言う。
「記憶を失くされる前のデイライト様は、竜に生まれる前は人間だったとか、魔法のないこことは違う世界だったなどと仰っていましたからのう」
確か異世界転生物だとか言うそうですな。うむうむと頷きながらオスカーはそう続ける。
「多分それで、儀式の失敗で記憶を失くされた際に、一緒に今世の竜である事も飛んでしまったのではないですかのう」
困ったものですのう。多分に同情を含んだ眼差しでオスカーが膝の上から見上げて来るものだから、異世界のトカゲって表情が豊かだなあなんて関係ない事を考えてしまう。
「それでお年は、丁度成竜になったばかりの所ですじゃ。その成竜の儀式に失敗なさったので……。残念な事ですのう」
「儀式……、失敗……」
失敗したら記憶が飛ぶ儀式って……。何それ怖い……。
「困ったね」
「ですのう」
「どうしたらいいと思う?」
「デイライト様はどうなされたいのですかのう?」
「取り敢えず何にも分かんないんだけど、ここって人間の食べるような食事が出来る所とか、トイレとかお風呂とかって……見た感じないよね?」
「ありませんのう。何せ偉大な火竜である父上様が塒とされている山ですからのう。少しばかり人の身には厳しすぎるかと」
つまりここは火山って事かな……?
「……俺、竜とか言われても全然実感湧かないし、お風呂とかトイレとか無い生活は無理だと思う」
文明人だから。清潔大好き日本人だし……多分。覚えてないけど。
「ははあ」
「なので、そういう生活の出来る所に移動したいかな。そっから先は落ち着いてから考えたい」
今はもう一杯一杯なので。
「ふむふむ。では、人里に降りるという事ですな。ならば、荷物をまとめて必要な物は持って行った方が良いですじゃ。独り立ちした竜は親元を離れて自分の塒を探すものですから、ここに戻ってくるかどうかは分かりませんしのう。まあ、成竜の儀式に失敗なさったので、独り立ちしたかどうかは微妙なところですがのう」
さらりと毒を混ぜたな、このトカゲよ。
「必要な物かー。ねー、持って行かなかったとして、空き家? になったここに残した物って捨てられたりしそう?」
記憶が無いから、何を大事にしてたかとか全然分からないんだけど。
立ち上がって洞窟の中を物色しながら、足元に付いて来ているオスカーに聞いてみる。
「父上様も母上様も細かい事は気になさらん方々ですし、父上様が塒替えでもしなさらん限りは大丈夫かと思われますじゃ」
「そうなの?」
「竜の塒にしている場所に、わざわざ侵入してくる物好きなど人族ぐらいしか居ませんからのう」
「人族は来るんだ……」
「来ますのう。思い出したようにたまーにですじゃが。人族の間ではどう伝わっているのか、愚かにも竜を倒そうなどと無謀にも程があると言うものですじゃ」
「竜ってそんなに強いの?」
勇者とかそう言うのが居て討伐されたりとかしないのだろうか。
何せ自分では人だと思っているけど、どうやら今世は討伐される側らしいので。
「強いというのも勿論ですじゃが、そもそも竜を弑すなど呪われますじゃよ」
そりゃもう強烈に。と、オスカーが恐ろしそうに身を震わせる。
「ひえっ!」
呪われるって何それ怖い。
「そもそも、竜とは神様が世界を創られた後に初めて創られた生き物ですじゃ」
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