第46話 高貴なる者の挽歌③

「ぐぅぅ!!」


 アルトニヌスの口から苦痛の声が発せられた。


 アルトニヌスが苦痛の声を発している理由は先程、クルムに両腕をへし折られた所に手かせをはめられ鎖で繋がれたところを連行されたからである。両腕が砕かれた箇所に手かせと鎖の重さがずしりと響き歩く度にアルトニヌスの両腕に激痛が走っているのだ。

 

 ザルブベイルに引き摺られるようにアルトニヌスは歩かされている。帝都に来ていたザルブベイル関係者達は整然と並びザルブベイル領へ向かって出発したのである。その後ろを帝都の民達であったアンデッド達が黙って続いていた。


 ザルブベイルはアンデッドとなった帝国の者達を等しく平等に扱った。こういう表現だと公正な印象を受けるかも知れないが、全員奴隷として扱ったのである。そこに身分の貴賎、財産の有無、能力の有無はまったく考慮されておらず全員例外なく奴隷なのだ。

 いや、その中でも特に酷い扱いを受けている者達もいた。ザルブベイルの虐殺に参加したと思われる軍関係者の扱いは帝都の民達よりも遥かに下に扱われていたのであった。


 死者の中に生者はアルトニヌス只一人だけである。ある意味その状況こそがアルトニヌスにとって苦しい状況なのかも知れないがそこに配慮する者は誰もいない。


 帝都を出発して三時間が経過し、アルトニヌスの歩きに翳りが見え始めるがザルブベイルの者達は構わず進む。

 アンデッドである彼らには疲労という概念が存在しないために休憩をはさむ理由は全くない。


「はぁ……はぁ……」


 アルトニヌスは疲労のために息が切れ始めていた。一ヶ月の拷問がアルトニヌスを消耗させていたのは間違いない。一応適切な治療は行われていたのだがそれでも完全に回復させることは出来ないために少しずつ消耗していたのである。


「おい、あのクズ野郎遅れてきてるぞ」

「ち……本当に腹が立つな」

「役立たず共の首領だからな」


 アルトニヌスを連行するザルブベイルの家臣達から容赦ない言葉が投げ掛けられている。アルトニヌスにしてみればたまったものではない。三時間ものあいだ歩かされ続ければ当然ながら疲労もたまるというものである。そこに容赦なく嘲りの言葉が投げ掛けられれば心が抉られるというものだ。


「ち……小休止をはさんだ方が良いかもしれんな」

「面倒だな」

「そうは言ってもくたばられれば厄介だぞ」


 ザルブベイルの家臣達は互いに頷くとアルトニヌスに言う。


「おい、休憩だ」

「他の者達はそのまま進んでくれ」

「はい」


 アルトニヌスに休憩を指示したザルブベイルの家臣は五人ほどがそのまま止まり、後の者達はアルトニヌスを無視して先に行く事になった。


 道端に座り込むアルトニヌスをアンデッド達が軽蔑の視線を持って一瞥してから先を急ぐ。注がれる冷たい視線にアルトニヌスは心が一向に安まらないのは仕方の無い事だろう。


「こいつと休みまで付き合うのはゴメンだな」

「まぁな。何とか出来ないか?」


 ザルブベイルの家臣達の言葉には苛つきが含まれており、アルトニヌスはさらに心が安まる状況ではない。

 

「あ、そうだ」


 そこで家臣の一人がそう言うと街道の横に広がる森の中に入っていく。他の家臣達はそれを黙って見送りつつ視線を交わし合った。


「あいつどうしたんだ?」

「さぁ?」


 それから二十分程経ってから森に入っていった家臣が戻ってきた。手には身長ほどの木の枝が数本握られていた。


「それどうするんだ?」

「これで担架みたいなものを作って曳こうと思ってな」


 森に入っていった家臣の言葉に他の家臣達が難色を示した。それではアルトニヌスに結局楽をさせることになると思ったのだ。


「まぁ、そういうな。その辺の事は考えてるからな」


 家臣はそう言って嗤うとすぐに担架を作り始めた。アルトニヌスの身長程度の担架を作る。ものの十分程で担架は完成した。


「おい、そこに寝転がれ」


 家臣の指示にアルトニヌスは黙って従う。粗末な担架にアルトニヌスは横たわり、家臣はアルトニヌスを担架に縛り付けた。

 そして手かせにつけられた鎖を家臣が持つとそのままアルトニヌスを引き摺り始めた。


「がぁぁぁっぁぁぁぁぁ!!」


 砕かれた両手を引き摺られた事により凄まじい激痛がアルトニヌスを襲ったが家臣は全く気にすることなく歩き始める。その光景を見て他の家臣達も納得の表情を浮かべた。これならば移動する限りアルトニヌスに苦痛を与え続けられるのだ。


「なるほど、冴えてるじゃないか」

「まぁな。これで休まないでいけるな」

「ああ、こいつのために休憩するのもアホらしいからな」


 家臣達は楽しそうに談笑しながら進んでいく。もちろん凄まじい苦痛を味わう事になったアルトニヌスは移動中絶え間ない激痛に襲われる事になったのだ。


 アンデッドであるザルブベイル一行には先程も述べたとおり疲労の概念がないため、一行はほとんど休憩無しにザルブベイル領まで移動したのである。それはつまりアルトニヌスが間断なく苦痛を受ける事を意味している。


 ザルブベイル領までの移動にかかった日数は四日、その間ザルブベイル一行はほとんど休憩なしで駆け抜けた。休んだ時間は四日でせいぜい十時間ほどである。それもアルトニヌスが死なないように最低限の休息をとったのである。


 アルトニヌスにとってはこの移動こそがもっともきつい拷問であったと言えるだろう。憔悴しきったアルトニヌスを見て、ザルブベイル一行はアルトニヌスの回復を待つことになった。


 そして一行がザルブベイルに到着して五日後……フィルドメルクの最後の処刑が行われることになったのである。

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