第45話 高貴なる者の挽歌②

「出ろ……」


 アルトニヌスの元にザルブベイルの家臣がやって来て開口一番に言い放った。その言葉にアルトニヌスは愛想笑いを浮かべる。

 以前の彼であればこのような態度は決して取らなかっただろうが、一ヶ月の拷問は完全にアルトニヌスの心を折っており、もはやかれは皇帝であったという意識すらも希薄となっており心情的には完全にザルブベイルの奴隷となっているのである。

 すなわちどのような態度をとれば苦痛がより少ないかと言う事に全精力を注ぎこんでいると称して良いだろう。


「はい」


 ヘコヘコしながらアルトニヌスは家臣に付き従う。アルトニヌスは独房を出ると家臣の後ろを黙って付いていった。


(ん? これからどこに向かうのだ?)


 アルトニヌスはこの一ヶ月間拷問が行われた場所とは違う道を進んでいる事に対して訝しんだ。

 アルトニヌスは皇城の中を家臣の後ろに従って黙って付いていく。皇城は一ヶ月前の落城の際の破壊からかなり立ち直っている。血は洗い流され、破壊された壁、扉などは修理されている。

 皇城で色々と忙しそうに走り回っているのはかつて皇城に仕えていた者達である。アルトニヌスにも見覚えのある者がチラホラいる。

 だが、その表情は何かに怯えたような表情を浮かべている。まるで咎められれば終わりと言わんばかりの態度である。その姿は働き蟻、働き蜂を思わせた。


(こやつらにとって忠誠の対象はもはや余ではないのか……)


 自分達を殺した者達に仕える事になったかつての臣民達を見てアルトニヌスは心が重くなる。ただこれは彼らの境遇に心を痛めているのではなく、臣民達が自分を裏切った事に対する自分への同情であった。


 コンコン……


 かつての自分の執務室をノックするザルブベイルの家臣にアルトニヌスの気分はさらに重くなる。アルトニヌスにとって執務室は皇帝の権威の象徴であったのだ。それを我が物顔で使用しているザルブベイル一族に対して怒りの感情が燃え上がろうとするが、奴隷根性が芽生えているアルトニヌスはそれをおくびにも出さない。


「入れ」


 中から入室を許可する言葉が発せられると家臣は扉を開けた。そこにはザルブベイル侯爵一家、エトラ、シュクルがいた。その横にかつての皇太子であったアルトス、皇妃イリヌ、側妃アリューリスの三人が跪いている。


「お前達……」


 アルトニヌスの口から呆然とした声が発せられた。まさかこの場に自分の家族達がいるとは思ってもみなかったのだ。しかも、第二皇子エトラと第三皇子シュクルは起立しているのに対して元皇太子アルトス、皇妃イリヌ、側妃アリューリスは跪いているという状況だ。


「無礼者が跪け!!」


 家臣がアルトニヌスの膝裏を槍の柄で殴り跪かせるとそのまま他の二人がアルトニヌスの頭を押さえつけた。


「ぐ……」


 家族の前で跪かされるのは奴隷根性の芽生えたアルトニヌスであっても堪えるというものである。


「まぁ良いではないか。その者の愚鈍さは今に始まったことではないからな」


 オルトの言葉は完全にアルトニヌスを侮辱したものである。あからさまな侮辱であるがアルトニヌスは不快感をみせるどころかヘコヘコと遜った笑顔を浮かべた。


「言い返すことも出来ぬとはな。エトラ殿、シュクル殿に同情を禁じ得ぬな」


 オルトのさらなる言葉にもアルトニヌスは遜った笑顔を崩すことはなかった。それを見てエトラ、シュクルは痛ましい表情を浮かべる。


「エトラ様、シュクル様、貴方方が恥じる必要はございませんよ」


 そこにエミリアが二人の皇子に声をかける。その声には労りの感情が含まれているのは確実である。エミリアの言葉にエトラとシュクルは恐縮したように一礼する。


「アルトニヌス、ここに今日お前を連れてきたのは他でもない」

「なんでしょう?」


 アルトニヌスの遜った態度は変わることなくオルトの言葉に返答する。


「拷問の期間は一月であったゆえな。その一ヶ月が経過したためにお前を火刑に処すつもりだ」

「……え?」

「火刑に処すると言ったのだ。それから処刑の場は我がザルブベイル領で行うと言ったのを覚えているか?」


 オルトが言葉を紡ぐ度にアルトニヌスの顔色は失われていった。


「別に忘れてくれてても構わん。おい」

「はい」


 オルトの命令に応えたのはクルムである。クルムは立ち上がるとアルトニヌスの片腕をとるとそのままボキリとへし折った。


「ぎゃあああああああああああああああ!!」


 アルトニヌスの絶叫が響き渡るがクルムはもう片方の腕をとるとこちらも容赦なくへし折った。


「がぁぁぁっぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁぁ!!」


 再び生じた激痛にアルトニヌスの口から再び絶叫が発せられた。


「フィルドメルク帝国皇帝として最後の仕事を全うしろよ」


 オルトは冷たくアルトニヌスに言い放つと家臣達に向け言う。


「それではザルブベイルへ戻るとしよう。もはや帝都などに用はない」


 オルトの言葉を受けたザルブベイルの家臣達は嬉しそうな表情を浮かべた。


「我らの次の仕事はザルブベイル領の復興だ」

「はっ!!」


 オルトの言葉にザルブベイルの家臣達は涙を流す。今まではフィルドメルク帝国を滅ぼすという破壊に使った力を今度は復興に向けることが出来ると言うのはザルブベイルの者達にとってやはり喜びであったのだ。


「それにいくら乱暴に使っても使い潰す事の無い奴隷共が大量に手に入ったのは喜ばしい事だ」

「はい!!」


 クルムの言葉にまたしても家臣達は嬉しそうに返答する。クルムの言う奴隷とはもちろんザルブベイル以外のアンデッド達である。


「アルトニヌス、貴様の死によってフィルドメルク帝国は文字通り消滅する。だがお前の地獄は決して終わらぬ」


 オルトはそう言うと冷たい笑みを浮かべた。

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