第40話 裁く者、裁かれる者⑤

 法廷の場に姿を見せたアルトニヌスは顔を青くしていた。謁見の間から最後に連れ出されたアルトニヌスは誰一人として帰ってこない事に不安だけが募っていたのだ。


(何が何でも生き残って見せる)


 顔を青くしているがアルトニヌスは心の中で戦いを決意していた。敗れれば死を意味する以上、決意を新たにするのは当然である。


「被告人、アルトニヌス起立せよ」


 オルトの言葉にアルトニヌスは素直に従うと起立する。この段階で抵抗するのは得策ではないという事をアルトニヌスは察していたのだ。何だかんだ言ってもフィルドメルク帝国の統治者として君臨していた以上、その辺りの機微は弁えているのだ。


「これよりザルブベイル虐殺に対してフィルドメルク帝国皇帝アルトニヌスの裁判を開廷する」


 オルトが宣言を行い全員の視線がアルトニヌスへと突き刺さる。アルトニヌスは敵意の籠もりすぎた視線を受けても臆することなくザルブベイル一党を真っ直ぐに見つめた。


「フィルドメルク帝国皇帝アルトニヌス2世、右はザルブベイル一党がまったくの無実である事を知っておきながら貴族達を制止するのではなく、むしろ助長させ、ザルブベイル領で虐殺を引き起こした。この罪は明らかであり決して覆すことは出来ない。よってアルトニヌスに極刑を求めます」


 検察役の家臣がアルトニヌスの起訴状を読み上げた。起訴状を読み終えた所でオルトがアルトニヌスに対して言う。


「被告人は今の起訴状について事実であると認めるかね?」


 オルトの言葉にアルトニヌスは余裕の表情を浮かべて口を開く。


「事実とあまりにも異なる主張にただただ驚いている。余はザルブベイルの虐殺について一切関わってはおらぬ」


 アルトニヌスの言葉に傍聴人のザルブベイル家臣から怒りの気配が立ち上るがオルトが視線で制する。


「ザルブベイルが他国と通じて我がフィルドメルク帝国に害を為そうとしている事は裁判による判決で定められたのだ。余はその裁判の結果にサインしたにすぎぬ」


 アルトニヌスの言葉にオルトは苦笑を浮かべた。その嗤いに含まれた感情は“憎悪”と呼ぶに相応しいものである。だが、オルトはそれをおくびにもださない。


「余は統治者として法を曲げることは出来ぬ。余を罪に問うというのなら余がザルブベイルの冤罪に関わっているという証拠を示すべきであろう」


 アルトニヌスは余裕の表情を浮かべて言い放った。


(ふ、すべてを部下に被せ自分は生き残る事が出来ると思っている所が浅慮よな)


 オルトは心の中でせせら笑っている。しかし、表面上では何も言い返せない体を装った。それがアルトニヌスの口をさらに滑らかにしていく。


「ザルブベイルよ。諸君達の境遇には正直同情している。だが諸君達も罪なき無辜の民を虐殺したではないか。君達が殺した者達の中にザルブベイル虐殺に関わらなかった者達がいたはずだ。君達はそれに対してどう償うのだ?」


 アルトニヌスは今度はザルブベイルの非道を責め立てる。自分への追求を躱すために相手を責め立てるのは常套手段である。


「さぁ答えよ!! ザルブベイルの者達よ!!」


 アルトニヌスの言葉は自信が漲っている。ザルブベイルの家臣達は怒りの表情を浮かべるが当主一家は涼しい表情を崩していないことに安堵の表情へと変わった。


「確かに我らのやった事は罪と言えるかも知れぬな」


 オルトは苦笑混じりにアルトニヌスの発言を肯定した。その言葉にアルトニヌスはニヤリと口元を歪ませる。オルトはそのアルトニヌスの表情を見ながら言葉を続ける。


「罪ある者が裁くのがおかしいとアルトニヌスは言うのだな?」

「そうだ。余の罪を問う前にザルブベイルがやった事に対してどう償うのかを明らかにせねばなるまい」

「なるほどの……」


 オルトのその言葉にアルトニヌスはオルトを論破したと思いさらに口元の歪みは大きくなる。


(ふ、ザルブベイルめ。これから一気にたたみかけてくれる)


 アルトニヌスは自己の勝利を確定するために口を開こうとした時、オルトが先に口を開いた。


「それで終わりか?」

「は?」


 しかし、オルトの次の言葉はアルトニヌスの予想だにしないものでありアルトニヌスはつい呆けた反応を示した。オルトの反応は“その程度か”という失望がにじみ出ていたのだ。


「だからそれで終わりかと聞いているのだ」

「も、もちろん終わりではない」

「そうか、ならば存分に話すのだな。無駄な足掻き・・・・・・を見せてもらえるかな」

「なんだと?」


 オルトの言葉にアルトニヌスは動揺した声を発する。


「いやな。貴様は我々に罪を償えというが我らの行動の何が罪なのだ?」

「何だと!? 貴様らザルブベイルは虐殺に関わっていない無辜の民を虐殺したではないか!!」


 アルトニヌスは先程までの余裕をなくし声を荒げる。ザルブベイル一家は余裕の表情を浮かべている。


「いやな。我らがフィルドメルク帝国の者達を虐殺したがそれの何が問題なのだ?」

「な……」

「我らが虐殺した事は帝国法の何条に抵触するのだ?」


 オルトの言葉にアルトニヌスは二の句が継げないという表情だ。それを見てオルトは構わず持論を続けた。


「帝国法第四十三条、帝国軍法第十七条に触れると言いたいのか?」


 オルトは完全にアルトニヌスを嘲っている。その事はこの場にいる全員が察した。


「なぁアルトニヌス、お前は失念しているようだから教えておいてやるぞ」

「え?」

「帝国法並びに帝国軍法の対象はあくまでも生者・・が対象だ」

「あ……」


 オルトの言葉にアルトニヌスは思い至った様に声を発した。その事に気づいた時、アルトニヌスの顔色は一気に無くなった。


「帝国法第一条に記しているだろう。“臣民は権利と義務を出産と同時に取得し、死亡・・により消失する”とな。我らは全員“死者”だ。故に帝国法並びに帝国軍法は対象外だ。先程お前自身が統治者として法を曲げることは出来ぬと言っていたな。法理論的に死者である我らは対象外と言えるな」

「あ、あ……」

「それにだ。ここはお前の罪を断ずる・・・場であり、その他の事を論じる場ではない」


 オルトの言葉にアルトニヌスは先程までの高揚感は嘘のように消滅していた。それを見てザルブベイル一家は嘲りの視線をアルトニヌスに突き刺した。


「お父様ったらどうしてもっと早くアルトニヌスに言ってやらなかったのですか?」


 エミリアがオルトに言う。エミリアにとってアルトニヌスの勝ち誇った顔は不快でしかなかったのだ。“そのような事は今は関係ない”と一喝した方がよほど時間の短縮にもなるしアルトニヌスにとって屈辱であろう。エミリアの言葉にオルトはニヤリと嗤って言う。


「ただの戯れよ。我らを論破できたと思って助かると思った所を叩くというのをやりたかったのだ」

「お父様ったら」


 エミリアの呆れた様な声にザルブベイルの間からやや微笑ましい雰囲気が発せられたが、当然ながらアルトニヌスは不快感がその表情ににじみ出ていた。


「さて、お遊びはこの辺にしてザルブベイル虐殺に関わった証拠であったな。おい、証人を連れてこい」


 オルトの言葉を受けて数人が入室してきた。

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