第39話 裁く者、裁かれる者④

 シュクルが死者の列に加わっている最中にも裁判は滞りなく進んでいた。シュクルの次に裁判を受ける事になったのは一人の貴族である。


「私は無実だ!! ザルブベイルの虐殺には一切関わってなどいない!!」

「静粛に!!」


 その貴族の無実の訴えはオルトによってあっさりと封じられてしまう。


「被告人が我らの虐殺に関わっている証拠の提出はあるのかね?」

「はい、ここに」


 オルトの言葉を受けて、検察役のザルブベイルの家臣が一枚の書類を差し出した。オルトの元に届けられた書類に目を通すとオルトはその貴族に悪意の籠もりすぎている視線を向けた。

 その視線を受けて貴族は身を震わせた。オルトの視線は不快な虫を見るよりも遥かに冷たい。これまでの人生で彼がこのような目で見られた経験は皆無であったのだ。


(これは公正な裁きの場などではない)


 貴族は今更ながらその事に気づいた。ザルブベイルの憎悪は凄まじく自分達を許すつもりなどないのだ。

 ザルブベイルにしてみれば「何を今更」とせせら笑うところである。


「弁護人、この書類について君はどう反論する?」


 オルトは弁護人役のザルブベイル家臣に書類を手渡すと弁護人役はわざとらしく驚いた表情を浮かべた。

 裁判が始まって十分程経つが弁護人はほとんど貴族の弁護を行ってない。ひたすら的外れな発言をするだけである。それが被告人として裁かれる立場の貴族としては限りなく腹立たしい。


「これは反論出来ませんね。これはダメだ。勝てないよ」


 弁護人役は貴族に向かってニッコリと嗤いながら言い放った。


「な!! ふざけるな!! 第一なんだその書類は!! 何が書いてある!!」

「クズが黙れ!!」


 検察役の一喝に貴族は腰が抜けたようにヘナヘナとその場に座り込んだ。何か反論しなくてはならないと思っていても思考が完全に止まってしまっているために何も音声化されなかった。


「そう、取り乱すな。弁護人、被告人に書類の内容を教えてあげなさい」

「はい」


 弁護人が楽しそうに文官に向け口を開く。


「まず、あなたが我々の裁判での証拠捏造に関わったという証言があります。証拠としては不十分と思われるでしょうが、大した問題ではありませんよね?」

「あ……あ……」

「だって、貴方方も私達を証言一つで処刑場に送れたのですからね」


 弁護人は一切の曇りのない笑顔を貴族に向けた。これほどの“意趣返し”という言葉が相応しい事例というのもそうないだろう。


「私の子は三歳でしたよ。ですが処刑されました。幸いアンデッドとして再会することは出来ましたがそれとこれとは話が別ですよね」


 弁護人の言葉に貴族は何も言えなかった。そこにオルトが暗い愉悦を含んだ声で弁護人を窘める。


「スターク、君はそのクズの弁護人だろう。少しばかり弁護してあげなさい」

「はっ!! 失礼いたしました。四肢切断して頭部を潰すという処刑よりも腹を斬り裂いてから絞首刑というのが妥当と思われます」


 弁護人の言葉は何も貴族を弁護するものではない。貴族が叫ぼうとした瞬間に検察役の家臣が声を上げた。


「異議あり!! そのような生ぬるい処刑では温情が過ぎる。四肢を切断してから動けない状況にして火をつけるというのが妥当だろう」

「なっ!?」


 貴族の口から音程の外れた叫ぶ声があがった。


(この裁判は無実の有無じゃなく、処刑方法の吟味の場だ)


 貴族がその事に気づいた時はもう遅かった。オルトがすでに思考段階に入っていたからである。


「これより判決を下す」


 オルトの言葉に貴族はぎょっとする。


「ま、待ってくれ!!」


 貴族の叫び声を無視してオルトは続ける。


「被告人を死刑とする。処刑方法は四肢切断を行い火刑とする」

「ふざけるな!! こんなのが裁判なはずはない!!」

「弁護人の慈悲溢れる提案も吟味したがやはり検察官の火刑というのが妥当であろうな。火は全てを清める故、被告人の罪も灼けるであろう」

「このような不公平な裁きがあるか!! ザルブベイルに公平という言葉は無いのか!?」


 貴族の言葉にオルトは冷たく嗤う。


「これにて閉廷する」


 オルトはもはや貴族を一顧だにせず閉廷を告げる。すると家臣達が貴族を乱暴に引き摺り法廷を後にした。その間にも貴族は叫んでいたが、家臣が両腕をへし折ると違う叫び声が上がった。


 貴族が最後に気づいたようにこの場は処刑の吟味の場なのだ。シュクルはその事に気づいて甘んじて受け入れる姿勢を見せたため苦痛なき死を迎えられたのだがそうでない者達には地獄の苦しみを味わう事になったのである。

 残りの皇族、貴族も似たようなものであり、それぞれ過酷な処刑が言い渡されることになった。


 そして、最後の被告人先帝アルトニヌスが法廷の場に姿を現すことになったのである。


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