第35話 捕縛③

 この場にいるはずがないザルブベイルの当主とその妻が現れた事でアルトニヌスの思考は完全に止まってしまっていた。


「どうした?」


 オルトは思考が停止しているアルトニヌスに向かって皮肉たっぷりに問いかけた。オルトの言葉を受けてアルトニヌスの思考が再び動き出す。


「あ……ザルブベイル侯……どうしてここに?」


 アルトニヌスの問いかけにオルトは楽しそうに嗤う。同時に妻のエルザピアの方もアルトニヌスを嘲笑する。


「どうしてと言われてもな?」


 オルトはエルザピアに視線を向けるとエルザピアもまた困った様な表情を浮かべた。その仕草はいくら説明しても理解できない生徒にどう説明しようか悩んでいる教師のようにも見えた。


「ここに私達がいるのはもちろんあなたを捕らえるためですよ」


 エルザピアの呆れた様な声にアルトニヌスは激高する。


「ふざけるな!! 私が言っているのはどうしてこの場所がわかったのかという事だ!!」


 アルトニヌスの激高に二人は苦笑する。


「洒落の通じない男だな。もちろんわかってるさ」

「まったく……愚鈍な男と思ってましたけど本当に器の小さな男ですわね」


 アルトニヌスの激高はまったく意味を成すこと無く二人に柔らかくはじき返されてしまった。


「まぁ、当たり前だが我々が皇城を今まで落とさなかった・・・・・・・間に惰眠をむさぼっていたわけでは無いぞ」


 アルトニヌスはオルトの言葉の外にある“おまえと一緒にするな”という意思を察した。屈辱のあまりに目も眩む思いである。


「お前の愚息アルトスからの情報で皇族のみ知る抜け穴を把握しておいた」

(やはり情報がアルトスから漏れていたか……あのクズめが)


 オルトの言葉からアルトニヌスは心の中でアルトスを罵った。


「我々はアルトスの能力を信用してないからな。当然、アルトスからの情報が全てであるとは思っていないさ」


 オルトの言葉は当然だろと言わんばかりである。


「帝都のアンデッド共に帝都の周辺に抜け穴が無いか徹底的に探させた。その結果、この抜け穴に辿り着いたというわけだ。もちろん、この抜け穴が他のものと違ってまだ生きていたのはアンデッドを送り込んだので分かっていたのさ」

「な……」


 オルトの言葉にアルトニヌスは絶句する。すでに逃走経路はザルブベイルに知られていたという事実はアルトニヌスに絶望を与えるには十分であった。


「ここに来るのはエトラ皇子、シュクル皇子のどちらかであろうと思っていたがまさかお前とは思わなかったぞ」


 オルトの言葉にアルトニヌスは沈黙する。もはや言葉を発する事も出来ない精神状態であった。


「おかしいですわね。まだ貴方の家族は来ませんね。それとも隠れているのですか?」


 エルザピアはややわざとらしくアルトニヌスに尋ねる。オルトもエルザピアもこの場に生者は二人だけ・・・・という事に気づいている。あえて尋ねたのはもちろん嫌がらせである。

 エルザピアの嫌味にアルトニヌスが返答するよりも早く新たなアンデッド達が抜け穴から現れた。


「え? 父上、母上……どうしてここに?」

「お父様もお母様も……どうしてここにいるのですか?」


 現れたアンデッドとはもちろんクルム、エミリアに率いられたザルブベイル一行であった。現れたザルブベイル一行はオルトとエルザピアの姿を確認すると困惑の表情を浮かべた。


「ああ、すでにこの抜け穴の出口は知っていたのでね。お前達が皇城に突入してすぐにここに向かって待っていたのだよ」


 オルトの返答にクルム達は呆気にとられていた。


「ではお父様もお母様もこの抜け道のことを知っていたのですか?」


 エミリアの問いかけにオルト達はにっこりと微笑んで頷いた。


「知っていたならどうして教えてくれなかったのです?」


 クルムの声にはやや両親を責める感情があったのは仕方のない事であろう。クルムの感情を把握した上で二人はやはり微笑みを崩すことはない。いや、微笑みというよりもむしろイタズラが成功した事が嬉しいという表情であった。


「はぁ……お父様もお母様もお人が悪いですよ」

「そう言うな。お前達に知らせなかったからこそ、アルトニヌスを虚仮にする事が出来たのだからな」

「ええ、助かったと思った瞬間に私達を見た時の呆けた顔、面白かったわ」


 エミリアのため息交じりの言葉にオルトとエルザピアは楽しそうに言う。それと反比例するようにアルトニヌスは表情が死んでいった。自分が完全に詰んだ事を察したのだ。


「こいつらを斬れ!!」


 アルトニヌスは突然叫んだ。一縷の望みを最後の騎士達に託すしかないのだ。全くの無意味である事はとっくにわかっているがそれでも叫ばずにはいられなかったのだ。


 しかし、現実はアルトニヌスが思っている以上に残酷であった。騎士達二人のうち一人が同僚の騎士を斬りつけたのだ。完全に意識をザルブベイル一行に向けていたためであろう斬撃を躱す事も無く延髄を斬り裂かれ騎士は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。


「が……な……ぜ?」


 自分が斬られた事を察した騎士が信じられないという表情を浮かべたまま目から光が失われた。

 騎士は最後の忠誠心を発揮する事もなくその生を終えたのだ。


「貴様どういうつもりだ!!」


 アルトニヌスが同僚を斬り殺した騎士を怒鳴りつける。それに答えたのはオルトであった。


「まぁそいつをあまり責めるな」


 オルトはアルトニヌスを窘めるように言う。それがアルトニヌスには限りなく気に入らなかった。


「いやいや、ご苦労だった」


 オルトがそう言うとその騎士はオルトに跪く。まるで絶対の主に対して忠誠を誓う騎士のようである。


「まさか、貴様裏切ったのか!!」


 アルトニヌスは甲高い声で跪く騎士に言う。そこにヒュという風切り音が発すると異音が発し、アルトニヌスが地面に倒れ込んだ。最初は呆然としていたアルトニヌスが自分の足があらぬ方向を向いてるのを確認して絶叫を放った。


「ぎゃあああああああああああああああ!!」


 アルトニヌスが絶叫を放つ事になった理由はエルザピアが叫ぶアルトニヌスの左膝に凄まじい速度で戦槌を叩き込んだためであった。


「旦那様がせっかくご説明になってくださるのだから黙って聞きなさい。これ以上煩くすると歯を全部砕くわよ」


 エルザピアの言葉にアルトニヌスは自らの手で口を覆う。


「旦那様の話を聞く準備がやっと整ったようです」

「うむ、愚鈍なものは救いようがないな」

「はい、今日の状況はすべてこの男の責任ですのでね」


 夫婦の会話をアルトニヌスは黙って聞いていた。本心からすれば反論したいのだが、それが許されない状況である事を察していたのだ。


「我々は皇城内にすでに数人の部下を送り込んでいたのよ。といってもザルブベイルの者ではなく忍び込んで数人アンデッド化してあげただけだ」

「!!」

「皇城が落ちた際に皇族が自殺しようとするのを止めるための措置であったのだがこのような形で最後まで付き従う者の中に入っているとは思ってなかったぞ」


 オルトの言葉からアンデッド化した騎士がアルトニヌスの逃亡の護衛に選ばれたのは単なる偶然であった事が知らしめられていた。


「こいつは運に見放されていたというわけか」


 クルムの言葉にオルトは頷く。


「さ、このすべてに見放された惨めなクズを捕らえて裁判を行うとするか」

(裁判だと? ならば生き残る可能性がまだあるというわけか)


 オルトの言葉にアルトニヌスは顔を緩めそうになる。この場で問答無用で殺されるわけではないというのはアルトニヌスにとって希望の光を感じるには十分な事であった。


 ……アルトニヌスの希望は裁判が開かれる時まで・・失われることはなかったのだ。

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