第34話 捕縛②

「陛下、斥候が戻りました」


 騎士の言葉にアルトニヌスが“うむ”と答えると報告を促す視線を送る。


「前方にはアンデッド達は見当たりません」

「そうか」

「はい、今のうちに」

「うむ、出発する」

『はっ!!』


 アルトニヌスの命令に騎士達は一斉に返答する。騎士達もまたアルトニヌス同様にザルブベイル達に殺されてアンデッドとなるのは御免被りたいところであったのだ。


 アルトニヌス一行は再び通路を進み始めた。通路は閉じられた空間であり一行の足跡が反響している。やけに足音が響くがそのような事は現時点では些細な事である。


 先頭を松明をもった騎士二人が進み、その後ろを三人の騎士、アルトニヌス、後衛に七人の騎士が続いている。フィルドメルク帝国皇帝・・に付き従う従者としては数が少なすぎる事に対してアルトニヌスは不満があるのだが、それらもまたザルブベイルへの怒りの原動力となっている。


(必ずフィルドメルク帝国を再興して見せる。穢らわしいアンデッド共め……この皇帝アルトニヌスを逃したのが貴様らの最大の失策であることをすぐに思い知らせてくれる)


 アルトニヌスは現時点でエトラに皇位を譲っているために厳密には先帝と言われる立場である。しかし、アルトニヌスの中では自分こそが皇帝であるという意識を持ち続けている。

 エトラへの譲位など便宜上のものであり、いつでも取り消すことが可能であると思っているのである。

 普通の思考回路があればそのような事は法理論的にも倫理的にも許される事はないと思い至るのだがアルトニヌスはそう考えなかった。それはアルトニヌスが精神を病み始めていた事の証左と言えるだろう。


 精神を病み始めた先帝を擁する哀れな一行は、自分達がすでにザルブベイルに捕捉されている事に未だに気づいていなかった。




 *  *  *


「一、二……四、十二……いや三か」


 クルムが駆けながら目指す相手の数を言う。入った時はおぼろげだったアルトニヌスの一行も距離が詰まってきたことで正確な数を把握出来るようになってきたのである。


「あと五分ほどで追いつくわね」

「はい」


 エミリアの言葉に簡潔に返答したのは侍女のアミスである。


「みな、分かっているとは思うがアルトニヌスは絶対に殺すな。あのクズには我ら以上の苦しみを与えねばならぬからな」

「分かっております」

『おう』

『はい』


 クルムの言葉に全員が心得たとばかりに返答する。


「お兄様、それで不意を衝くのですか? それともこのまま突っ込むのですか?」


 エミリアの問いかけにクルムはニヤリと嗤って答える。


「もちろんこのまま突っ込むさ。アルトニヌスは恐らく騎士達に足止めを命じてから自分は逃げるはずだ」


 クルムの予想は悪意に満ちていると言って良いだろう。だが、その悪意がこの場合は完全に正しい事を全員が察していた。守るべき家族も民もすべて置いて逃げているアルトニヌスだ。いまさら騎士達を置いて逃げるなど躊躇うはずも無いのだ。


「しかし、この最後の段階でクズアルトニヌスを護衛する騎士達はそれぞれかなりの実力者なのでしょうね」


 ヘレンの言葉にエミリアは頷く。


「そうね。それなりの実力者なのでしょうけど私達を止める事は出来ないわ」

「もちろんです!!」

「はい!!」


 エミリアの言葉にヘレンとアミスは嬉しそうに返答する。エミリアの言葉は信頼の表明に他ならないからだ。


「いた……」


 家臣の一人がついにアルトニヌス一行を捕捉する。するとザルブベイル一党の顔が引き締まりそれぞれに瘴気で武器を形成した。


「アルトニヌス!! 待て!!」


 クルムが走りながらアルトニヌス一行へと呼びかけた。クルムの言葉を聞いたアルトニヌス一行はビクリと肩を振るわせ振り返った。振り返った者達の表情は全員が共通したものである。すなわち恐怖の表情である事は言うまでもないだろう。


「ひぃぃぃぃ!! 皆の者!! 防げ!!」


 アルトニヌスの言葉に騎士達は腰に差した剣を抜き放つと先頭の松明を持つ者以外はその場に立ち止まると追跡者達と向き合った。


 騎士達はカタカタと体を震わせつつも武器を構えた。


「呪われしザルブベイル一族よ。ここは通さぬぞ!!」


 十人の騎士達がザルブベイル一党を迎え撃った。


「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

「うぉぉぉぉぉぉ!!」


 騎士達の咆哮は雄叫びと言うよりも悲鳴と呼ぶに相応しいものであったが、それでも恐怖を紛らわすのにそれなりの効果があったようである。そうでなければ騎士達はその場にへたり込んでいた事だろう。


(ほう……へたり込むどころか前に出てくるか)


 クルムは騎士達の行動にやや驚きを持った。騎士達は半ばやけであったろうが確かにザルブベイル一党に向かって向かってきたのである。


「殺せ!!」

『応!!』


 クルムの簡単な命令をこれまた家臣達が簡潔に返答する。


「うわぁぁぁぁぁ!!」


 狂ったような叫び声をあげた騎士が家臣に斬りかかるが、家臣は何事も無いように斬撃を無造作に掴んだ。剣を掴まれた騎士は驚きの表情を浮かべたが次の瞬間に苦痛の表情を浮かべた。

 家臣の形成した瘴気の剣が騎士の腹部を貫いたのだ。


「が……」


 腹を貫かれた騎士は家臣の剣を掴んだ。それはこれ以上動かさないようにするための行動であったが家臣の剣を止める事は不可能である。家臣は腹部に刺さった剣を横に薙ぐと掴んでいた指がボトボトと落ち、裂かれた腹から臓物がこぼれ落ちる。


「はぁぁぁぁぁぁあ!! 俺の指がぁぁぁぁぁ!! うわぁぁぁぁあ!!」


 騎士はこぼれ落ちた臓物を必死に集めようとして自分の元にたぐり寄せている。別の家臣が必死に臓物を集めている騎士の顔面を掴み上げると喉を容赦なく斬り裂いた。

 傷口から血を撒き散らしながら騎士は床に倒れ込んだ。


「くそぉぉぉぉ!!」

「こんな所で死んでたまるかぁぁぁぁぁぁ!!」


 騎士達は腕を斬り飛ばされても戦意を失うことなくザルブベイル一党に抵抗し続けた。そのために騎士十人全員を斃すのに三分ほどの時間が必要であった。この三分のためにクルム達とアルトニヌスとの距離は開いてしまったのだ。

 騎士十人の抵抗は決して無駄では無かったと言えるだろう。時と場合によっては主君を身をもって守った英雄となったのだろうが、もちろん、ザルブベイルの支配・・する世界ではそのような名誉を得ることは出来なかったのである。


「はぁはぁはぁ!!」


 アルトニヌスは心臓が破けそうになりながらも必死に通路を走った。


(あと、少しだ!!)


 アルトニヌスは心の中でそう叫ぶ。出口までもう間もない事をアルトニヌスは知っていたのだ。


(逃げ切った!!)


 アルトニヌスの視界に外の明かりが見えると自然と笑みがこぼれる。この通路には仕掛けがあり追っ手が来た場合には生き埋めにする事が出来るようになっているのだ。もちろん、追ってくるザルブベイル一党が通路の崩落程度で死ぬわけがないことは理解しているが追ってこれなくすることは可能だ。


「ははははははははは!!」


 アルトニヌスは通路を出るときに嬉しさのあまり大声で笑い出した。ザルブベイル一党の悔しがる顔を想像するだけで楽しくて仕方がないのだ。


 しかし……


 出口から飛びだしたアルトニヌスの顔が凍り付いた。そこには見知った人物が立っていたからである。


「遅かったな。アルトニヌス」


 そこにはザルブベイル家当主であるオルトとその妻であるエルザピアが柔らかな微笑みを浮かべていた。

 

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