第33話 捕縛①
アルトニヌスは数人の護衛の騎士とともに狭い通路の中を必死に走っていた。
皇太子アルトスがエミリアに惨殺された後にアンデッドになったのを見て、そこから情報が洩れることを想定して皇城の抜け穴を全て封鎖するように指示を出していたのだが、一つだけ残していたのだ。
それは皇太子アルトスも知らない後宮の奥に備えていた抜け穴である。
そのただ一つ残った抜け穴の通路を護衛の騎士と逃走中であったのだ。この抜け穴の出口は帝都の外にあるため帝都のアンデッド達から逃れることは可能であるとアルトニヌスは思ったのだ。
(くそ!! 死んでたまるか!!)
アルトニヌスの心の中にはそれだけがあった。アルトニヌスはひたすら死が恐ろしかった。しかも死んで終わりではなくザルブベイルの奴隷として過ごさなくてはならないなど彼にとっては耐え難いことであった。
アルトニヌスがこの時まで逃げなかったのは、単に自分が逃げたことを皇城の者たちに悟られないためである。もし、自分が皇城を抜け出したことがばれれば、ザルブベイルに知られすぐさま追手が放たれる。だが皇城が落ちたドサクサに紛れれば逃げ切れるのではないかと思ったのだ。
皇妃、側妃、皇子達と家族を捨てての逃亡である。本来であれば皇統を絶やさないために皇子達を連れていくべきなのだが、アルトニヌスは皇族がいなくなれば追手が厳しくなると考えたのだ。
そのためにアルトニヌスは家族を置き去りにして自分だけ逃げだしたのだ。皇帝位を譲位するといった時のエトラの視線は限りなく冷たかったがアルトニヌスにとっては死への恐怖からの逃亡が勝ったのである。
(ザルブベイルめ!! 必ずこの報いを食らわせてやる!!)
通路の中をひた走るアルトニヌスは未だに追手が来ないことから死への恐怖が薄れ、それに伴い今度はザルブベイルへの怒りが湧き上がってくる。アルトニヌスは自分が皇帝としての責務を放り出し、それを息子に押し付けた挙句、家族を捨てて逃げ出している。
本来であれば羞恥のために自ら命を絶ちたくなるほどであろうがアルトニヌスの心にあるのはザルブベイルへの怒りであったのだ。
「陛下、しばしお待ちを」
護衛の騎士がアルトニヌスに声をかける。
「どうした?」
「は、そろそろこの辺りで斥候を出そうと思うのですがいかがでしょうか?」
「斥候か……」
騎士の言葉にアルトニヌスは考え込む。アルトニヌス達はすでに一時間ほど通路をひたすら走りかなりの距離を稼いでいたのである。
(すぐに追いつかれる距離ではないな)
アルトニヌスはそう判断すると騎士へ返答する。
「わかった。小休止に入る。斥候の選出はそちらで行え」
「はっ!!」
アルトニヌスの言葉に騎士は簡潔に返答すると三名の騎士が斥候として先に行った。
その時、皇城の後宮ではエミリア、クルムが抜け穴に入ったのであった。
「いるな……」
抜け穴に入って十分ほど走るとクルムが小さく漏らす。クルムの言葉にエミリアも家臣達も即座に頷く。
皇城はすでにザルブベイル一党に制圧され、生存者を虱潰しに探しているところであろう。一人として見逃すつもりはないのがザルブベイルの憎悪の大きさを物語っている。
エミリア達は今回の報復の集大成としてアルトニヌスを追っている。アルトニヌスを捉えぬ限りはザルブベイルの報復は終わりを迎えたとは言えないのだ。
「お兄様、アルトニヌスはどうやら小休止に入っているみたいですね」
エミリアの言葉にクルムは頷くが言葉にしたのは慎重さを促したものである。
「その可能性はあるが斥候を出してその間の小休止なのかもしれん」
クルムの言葉は慎重さを表現したものである。アルトニヌスは皇帝としての責務、父親としての責務、夫としての責務のすべてを他者に押しつけてザルブベイル一党からの評価は最低レベルを遥かに突破し底が抜けた状態であるが、相手に意図が無いとは考えてはいない。
「確かにそうですね。軽率でした。アルトニヌスがいかに愚かとは言え、意図が無いわけではありませんものね」
エミリアの言葉にクルムは笑みを浮かべた。走る速度は些かも衰える事無くひたすら走る。
「このままならあと二十分も走れば追いつくな……」
クルムの言葉にザルブベイル一行はニヤリと嗤った。
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