第32話 落城⑤

「お兄様、どうしてエトラ殿下をアンデッドにしたのです?」


 エミリアの声にはクルムを責めるものがあるのは間違いない。それを察しているクルムであるが悪びれた様子は一切無い。


「お前の言いたいことはわかる。父上の命に背いてエトラを殺したのだからな」

「はい、お兄様の意図を教えていただけませんか?」


 エミリアはクルムにそう尋ねる。どのような意図を持ってクルムがオルトの命に背いたのかを知りたかったのだ。


「意図と言われてもな……アルトニヌスにすべての責任を負わされた哀れな少年に同情したというだけだ」


 クルムの言葉にエミリアは呆けた表情を浮かべそれから小さくため息をついた。“困った人だ”というエミリアの感情が見え隠れしているが空気が悪くなる事はない。ザルブベイル一家の中ではありふれた光景なのだろう。


「なるほど、お兄様らしいと言えばらしいですね」

「それでなエトラの願いを叶えに来たと言う事だ」

「エトラ殿下の願い?」


 クルムの言葉にアリューリスの生気が戻る。エトラの願いの内容を自分に都合良く解釈したのだろう。すなわち自分の命を差し出すことで皇族達の助命を願いそれが認められたと言うことだ。


「エトラ……あなたこそ真の皇族です!! 自らの命を使ってザルブベイルと和解を結んでくれるなんて……我らとザルブベイルには不幸な誤解がありましたがこれからは手を携えて帝国を復興しましょう!!」


 アリューリスは目に涙を浮かべ酔いしれたように言う。その様子は舞台女優のようである。そんなアリューリスに冷ややかな視線が注がれていることをアリューリスだけが気づいていない。

 そんなアリューリスを無視してクルムは話を続ける。


「エトラはシュクルの事を気にかけていてな。我らの行動から拷問にかけられるのを心配してたのさ」


 クルムの言葉にシュクルが驚いた様な表情を浮かべた。


「そう、シュクルは次代の皇帝です!! 兄として先帝としてシュクルのために配慮するなど当然の事です!!」

「はぁ……」


 クルムはため息を一つつくとアリューリスの顔面を掴み、そのまま持ち上げる。


「黙ってろ。私がいつお前に発言を許した? 貴様に都合の良い解釈を垂れ流しにするな不愉快だ」


 クルムが少しだけアリューリスの顔面を掴む手の握力を強めるとアリューリスが苦しそうにバタバタと暴れ出した。


「お前は今後我らの許しがなければ話すな。理解したか?」


 クルムの言葉にアリューリスは答えない。顔面を掴み上げられている苦痛の為に答えることが出来なかったのだ。クルムが苦痛の為に答えられないことを察し、掴んでいた手を離すとアリューリスは床に落ちそのまま蹲った。

 エミリアがその様子をまったく気にしていないように話を続けた。


「お兄様、それでエトラ殿下の願いとは何なのですか?」

「エトラはシュクルが拷問にかけられるのは可哀想だからせめて一思いにというわけさ」


 クルムはそう言うとシュクルに視線を向けた。その視線を受けてシュクルは顔を凍らせる。自分の身に何が起こるかを察したのだろう。


「どうする?」


 クルムの問いかけに対してシュクルは小さく首を横に振ると返答する。


「それは出来ません。兄上は皇帝となることで皇族としての務めを果たしました。私も皇族の男子としてその責務から逃れるわけにはいきません」


 シュクルはクルムにしっかりとした視線を向けはっきりと言い放った。


「そうか……エトラ、お前の想定よりもシュクルは遥かに皇族としての意識が高かったな」

「はい……」


 クルムの言葉にエトラは恥じ入ったようであった。


「済まなかった……シュクル、私はお前の皇族としての覚悟を見誤っていた」


 エトラの謝罪に対しシュクルは柔らかく笑った。


「いえ、兄上が皇帝となりザルブベイルの方々への責任を果たそうとした事は理解しております。次は私の番なのです」


 シュクルの言葉にクルムは静かに頷くとエミリアに視線を移す。クルムの視線を受けてエミリアは小さく頷いた。


「こういうことですか……」

「ああ、ここまで覚悟を見せつけられればな」

「両親と兄はあれ・・ですのに、第二、第三皇子がまともというのは何か残念ですね」


 エミリアの言葉にクルムは静かに頷く。


「シュクル、我々は皇族を全滅させるのは決定しているし、そこを譲るつもりは一切無い」「わかっています。この国が貴方方に行った事は許されないことです。私も皇族としてその責任から逃れるつもりは一切ございません」


 シュクルは静かに言う。


「そういう事だ。君が望むならエトラの頼みの通り、私が命を奪う事も考えていたのだが、君がそれを選ばなかった以上、処刑という形になる」

「……はい」


 “処刑”という言葉を聞いてシュクルは顔を強張らせるがすぐに表情を戻すと静かに返答する。覚悟は出来ているという事だろう。


「そんな!! 私は嫌よ!! なぜ私達が殺されなければならないの!! エトラ!! あなたね!! あなたがシュクルを殺させようとしているのでしょう!! そこまで皇帝の位が惜しいの!!」


 そこにアリューリスが叫ぶ。エトラはアリューリスの言葉を聞き静かに目を閉じた。その仕草は“こいつは何もわかってない”という表情である。


「まったく……」


 クルムは叫ぶアリューリスの顔面を蹴りつけた。クルムは十分に手加減し蹴りつけていたので死ぬ事はなかったがアリューリスは口から血と歯を撒き散らしながら床を転がった。


「子が覚悟を決めているというのに親がその足を引っ張るとはな」

あの・・皇帝の妻ですもの。愚かなのは仕方ありませんね」


 エミリアの言葉にクルムは苦笑を漏らす。


「そうだな。それではシュクル、アルトニヌスが逃げたという隠し通路の方向・・を教えろ」


 クルムの言葉にシュクルは震える手で後宮の奥を指差した。それを見て家臣達もまた頷いた。


「それでは行こうか。フィルドメルク帝国滅亡はあの男が責任を持つべきだな。尤も……挟み撃ちになるかもしれんがな」

「お兄様、私も行きます」

「当然だ。エトラ、お前はこの者達を捕らえておけ」

「はい」


 クルムの言葉を受けてエトラが簡潔に答える。すでにアンデッドとなっているエトラは上位者であるザルブベイルの者達に逆らう事は決して無いのだ。


「どちらにせよ皇城は落ちた。最後の仕上げを行う事とする」


 クルムがそう言うとザルブベイル関係者達は一斉に頷いた。

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