第29話 落城②

 アミスは再び戦槌を振り上げると正門に叩きつけた。


 バギィ!!


 アミスの戦槌の一撃により正門に開いた風穴はまたも広がった。アミスはそして戦槌を何度も何度も叩きつける。

 

 バギィ!! バギィ!! バギィ!!


 一撃ごとに風穴が広がっていく。そして人一人通れるぐらいのスペースが出来た所でアミスは皇城内に突撃した。


『うぉぉぉぉぉ!!』


 ここで迎撃に兵士達が動き出したが、アミスの戦闘力は兵士達の及ぶところではない。アミスは兵士から突き出された槍を無造作に片手で掴み、戦槌を兵士の顔面に叩きつける。

 戦槌を受けた兵士の頭部は粉々に砕け散った。アミスの現実離れした戦闘力に兵士達は恐怖の表情を浮かべた。ザルブベイル達の異常な戦闘力の高さは知っていたが、それを目の当たりにすれば動揺するなと言うのは酷というものだ。


 アミスは動揺する兵士達に残虐な嗤みを向けると戦槌を振るい兵士達を撲殺し始める。アミスの戦槌は兵士達の体を肉片に変え、正門内には死が溢れることになった。

 アミスが拠点を確保したことでザルブベイルの者達も次々と皇城内へと足を踏み入れてきた。踏み込んだザルブベイルの面々は目についた兵士達に襲いかかると兵士達を肉片へと変えていく。


「よし!! いくぞ!!」


 クルムも皇城内に侵入すると兵士達に突っ込んでいき家臣達がそれに続いた。クルムと家臣達は皇城の兵士達を薙ぎ払い始め兵士達の絶叫が響き渡る。


「アミス、ヘレン、私達も行くわよ。ついてきなさい!!」

「はい!!」

「お任せ下さい!!」


 エミリアが忠実な侍女二人に声をかけるとヘレンとアミスはエミリアに続いた。


「邪魔よ!!」


 エミリアの進行方向にいた兵士が顔面を鷲づかみにされその驚異的な握力でそのまま握りつぶされた。兵士は別にエミリアの進行を邪魔しようとしたわけでは決して無い。たまたま・・・・エミリアの進行方向に立っていただけだったのだがそんな事はエミリアには関係がなかったのである。


 エミリアと二人の侍女は兵士達のつくる防壁をあっさりと突破すると皇城内へ本格的な侵入を果たした。

 次いでクルムも兵士達を蹴散らし皇城内へと侵入する。


「ひぃぃぃぃぃ!!」

「もうダメだ!!」

「助けてくれぇぇぇえ!!」


 エミリアとクルムの姿を見た者達の中から絶望の声があがった。一応武器を持ってはいるがいかにも手慣れていない様子から文官であろうことは間違いない。


 エミリアとクルムは逃げ惑う者達を無視して皇城内を駆ける。二人の目的は皇族を確保することなのだ。


(自殺などさせないわ……最後の責任を皇族に取らせる)


 エミリアは心の中でそう呟いた。今回のザルブベイルの悲劇の原因は、皇太子アルトスとリネアが恋仲となった事なのかも知れない。だが、それを貴族達が利用しザルブベイルを一族まとめて粛正しようとして、それを皇帝が裁可した結果がザルブベイルの族滅とザルブベイル領の虐殺であった。

 アルトニヌスはザルブベイル一族が力を持ちやがて帝国を奪うのではないかという疑いを持っていたのは間違いないだろう。もちろん、ザルブベイル一族はそのような事など一切考えておらず、ただ帝国のため、領民のために統治を行っていたのだ。

 その忠誠心を最悪の形で裏切ったアルトニヌスにはきちんと落とし前をつけさせるつもりだったのだ。


「皇帝一家を探し出せ!!」


 クルムも同じように思っているようでついてくる部下達にそう告げる。


「殺せぇぇぇぇ!!」


 そこに城壁に登った家臣達が城壁の上から次々と飛び降りて来るとそのまま逃げ惑う皇城内の者達の排除殺戮へと入る。もはや皇城内は狩る側のアンデッドザルブベイルと狩られる側の人間帝国側の二種類に完全に分かれている状況であった。


「いくわよ!!」

「「はい!!」」


 エミリアはザルブベイルの家臣達の行動を見ること無く駆け抜けていく。背後で響く絶叫は家臣達の功績の証拠である。そのことをエミリアは理解しており、後でその功績に報いるつもりであった。


 エミリアが向かったのは後宮である。皇族の私的な空間である後宮には、皇族達がいる可能性が非常に高いからだ。

 一方でクルムは謁見の間に向かうようであった。皇帝のアルトニヌスは玉座で最後の時を迎えようとしている可能性を考えたのだ。


 分かれ道で兄妹は視線を交わすと互いに頷いた。声に出さなくとも互いの意図を察したのだ。


 エミリアは後宮への道を行き、クルムは謁見の間へと向かったのであった。




 クルムは謁見の間を目指しひたすら走る。何人かの兵士がクルムを阻止しようと立ちふさがったが障害になることは出来ずに

命を散らしたのみであった。


 バタン!!


 謁見の間の扉をクルムは蹴破った。クルムに遅れて家臣達が謁見の間に入ると玉座には第二皇子のエトラが座っていた。


「ほう……アルトニヌスは君に責任を押しつけたというわけだな」


 クルムはエトラが玉座に座っているのを見て即座に事情を察した。どのような時であれ、玉座に座ることが出来るのは皇帝のみ・・なのだ。

 その玉座にエトラが座っているという事は現皇帝はエトラという事になる。


「ええ、その通りです」


 クルムの言葉にエトラは苦笑を浮かべた。クルムの言う通りアルトニヌスは皇帝としての責務を息子であるエトラに押しつけると後宮の奥に引っ込んでしまったのだ。


「そうか。ではエトラ陛下、お覚悟を」

「先代と皇太子が愚かであった故にこのような事になった。ザルブベイルの者達の怒りももっともだ。もはや逃げるような事も責任を逃れるつもりもない」


 エトラの表情には達観と諦めの感情が交ざった複雑なものである。エトラは現在一四歳の少年であり、今回のザルブベイル族滅には直接・・に責任はない。


「エトラ陛下、君には何の責任もない」


 クルムの言葉にエトラは柔らかく笑った。その笑いは妙に透明度が高く。自分が助かるなどとまったく思っていないようである。


「しかし、私は皇族であり現皇帝だ。皇帝というのは国が滅びるときに亡国の責任をとって“死ぬ”のが仕事だ」


 エトラはまっすぐにクルムを見て言う。その言葉にクルムは小さく頷いた。


「その通りだ。いかに押しつけられたとはいえ君は皇帝となったのだから、その責任から逃れることは出来ない」

「その通りだ。本来であれば我が国を滅ぼした貴方に対して弾劾を行うべきなのだろうが、そのような資格は我らにはない」


 エトラはそう言うと目を閉じた。エトラが覚悟を決めた事をクルムは察したのだ。


「皇帝陛下……君が我らの忠誠の対象であって欲しかったよ」

「私もザルブベイルの忠誠を受ける立場でありたかったよ……ああ、そうそう」


 エトラは目を閉じたまま思い出したように言う。


「なんだ?」

「弟のシュクルなんだが、あいつはまだ十二だ。皇族としての責務を問わずに自殺かひと思いに殺してあげてくれ」

「承知した」


 エトラの言葉にクルムは簡潔に答える。クルムの言葉を聞いてエトラは満足そうに言う。


「感謝する」


 エトラの言葉を聞いた瞬間にクルムは一瞬でエトラとの距離を詰めると瘴気の剣を一閃する。


 シュパ……


 エトラの頸動脈が斬り裂かれ鮮血が舞った。血を噴き出したエトラは微動だにせずそのまま目を閉じている。噴き出した血が勢いをなくし、滝のように流れるようになって十数秒後にぐらりとエトラはバランスを崩すとそのまま玉座に倒れ込んだ。

 フィルドメルク帝国最後の皇帝がここに生を終えたのだ。


「よろしいのですか?」


 家臣がクルムに尋ねる。皇族は捕らえろというのがオルトの命令だったからだ。


「良くはない……だが、エトラの事は私が責を負う……」

「……御意」


 クルムの言葉に家臣は一礼する。この帝国の者共に報復することに何ら容赦をするつもりはないのだが、エトラの態度は皇族として亡国の責任をとるというものであり、そこを踏みにじるのはクルムには出来なかったのである。


「それではエトラはアンデッドにはせぬのですか?」


 家臣の言葉にクルムは首を横に振る。


「いや、そこまでは配慮するつもりはない」


 クルムはそう言うと瘴気をエトラの亡骸へ放った。


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