第20話 皇城攻防戦②

「きゃああああ!!」


 踏み込んできた兵士達を見てリネアが叫び声を上げる。リネアとレオンがベッドに二人裸でいればそこで何があったかは明らかである。


「無礼者!! 出て行け!!」


 レオンが激高して不躾な乱入者を怒鳴りつけた。平時では皇太子の側近であるレオンの激高を受ければ竦み上がったであろうが、今はそうではない。


「黙れ!! こんな時に何をやってるんだお前らは!!」


 兵士の一人が逆に怒鳴りつけるとレオンもさすがにうっと言葉に詰まる。この一大事に情事を行っていたなどあり得ないレベルの失態であるのだ。


「ふざけやがって!! マーゴルクのクソは一族揃ってクズしかいねぇんだな!!」

「な……」

「くそ!! こんなやつらのせいで俺達は死んじまうのか!!」

「ひ……」


 兵士達の尋常ではない激高ぶりにリネアは恐怖の声を上げる。兵士達の自分を見る目の憎悪には凄まじいの一言しかない。


「さっさと連れてこうぜ!!」

「ああ、只で済むと思うなよ。この淫売が!!」


 兵士達はそう叫ぶと二人に飛びかかった。


「何をする止めろ!!」

「きゃあああああああ!!」


 リネアとレオンはすぐさま兵士達に押さえつけられるとそのまま引き摺り出された。リネアは髪を握られそのまま強引に引き摺り出された。


「クソが!!」


 兵士がリネアの腹部を容赦なく蹴りつけた。いままで経験した事のない痛みを受けてリネアは呼吸が止まるほどの苦痛を味わった。


「か弱い女性に暴力をふるうなど恥を知れ!!」


 レオンがここで無謀な言葉を兵士達に言う。状況をまったくわかっていないこの二人に対して怒りを爆発させていた所にレオンはさらに兵士達の神経を逆撫でにしたのだ。


「この一大事に乳繰り合っているような色ボケに恥云々言われる筋合いはない!!」


 兵士がそういうとレオンの顔面を蹴りつける。これまた容赦がなかったのでレオンの口から歯と血が舞った。


「我慢できねぇ殺しちまおう!!」

「だな。やっちまおう!!」


 兵士が剣を抜きレオンに振り下ろそうとした。レオンは顔を青くして命乞いのために口を開こうとした。

 

「待て!!」


 そこに兵士達を制止する声がかかった。そこには一人の三十代半ばの男が立っていた。


「隊長」

「貴様らの任務はマーゴルク子爵令嬢を連れてくることだ。殺すことではなかろう」

「しかし!!」

「二度も言わせるな!!さっさと連れて行け!!」


 兵士達はむりやり激情を収めるとリネアとレオンの二人を立たせて連行しようとした時にリネアとレオンから声が発せられた。


「待って、せめて何か着させてください」

「せめて何か着るぐらいの事はしてもらっても良いだろう」


 二人の言葉に隊長の返答は過激であった。リネアとレオンの顔面に拳を叩き込んだのだ。隊長の目には凄まじい怒りがあった。リネアとレオンは隊長の行動にゴクリと喉をならした。隊長の目に宿る怒りに口を噤むしか無かったのだ。


「連れて行け!!」

『はっ!!』


 隊長の命令に兵士達は簡潔に返答するとそのままリネアとレオンを引っ立てていった。


(何? 何なの? これは?)


 リネアの困惑は深まるばかりであった。兵士に引っ立てられている自分を見る人々の目が険しすぎるのだ。リネアとレオンは今の状況の元凶として皇城の中で白眼視されていたのだが、今リネアに向けられる視線はそんなレベルではないのだ。


(この目は刑場でエミリアに向けられていたものそっくりだわ……いえ、そんな生やさしいものじゃない)


 リネアの不安が加速度的に大きくなっていく。刑場で向けられるエミリアへの視線は嘲弄を含んでいたものであったが、今二人に注がれる視線は憎悪、憤怒の感情であった。

 先程の兵士の怒りは現場を見た故の我を忘れた行動と思っていたのだがそれとは異なるように思われたのだ。


(確かに状況を考えればレオンに抱かれている場合じゃないのはわかる。でも、それなら冷たい視線のはず)


 リネアはレオンとの行為が非難される事は理解しているが、ここまでの怒りの感情をぶつけられる事に覚えはなかったのだ。


(一体……どこに連れて行かれるの?)


 リネアは自分達がどこに連行されているかが分からず不安が増大していく。


(……正門に向かってる?)


 リネアは行き先の見当が大体ついてきた。激しい戦いが繰り広げられている正門に連れて行かれていることを察したのだ。


(なぜ正門に?)


 リネアの不安と疑問が一行に解消されないまま正門に辿り着くとそこには皇帝アルトニヌスを始めとして貴族達が並んでいた。その視線に対して一切好意的なものは見られない。


「来たか」


 アルトニヌスの敵意の籠もった声にリネアとレオンはぶるりと身を震わせた。これから自分の身に恐ろしい事が降りかかることをリネアは本能で察したのだ。


「リネア=マーゴルク……貴様らマーゴルク子爵家は人類を裏切り、穢らわしいアンデッドであるザルブベイルの傘下に入った卑劣極まる一族である。この卑劣な裏切りに対して余は断固たる態度をとるつもりだ」

「お、お待ちください!! 我がマーゴルク家がザルブベイルの傘下に入るなどあり得ませぬ!!」

「黙れ!!」

「ひ!!」


 アルトニヌスの言葉にリネアは恐怖の表情を浮かべる。加速度的に恐怖が湧き起こりカチカチと意識せずに歯が鳴り始める。


「情夫もろとも処刑せよ!! 裏切り者のマーゴルクによく見えるようにこの正門へ吊してくれるわ!!」


 アルトニヌスからの死刑宣告を受けたリネアは思考が止まってしまった。リネアの思考が再び動かされることになったのはレオンの言葉であった。

 

「お待ちください!! 陛下!! 私はこの女とは何の関係もございません!! ただ性欲処理に使っただけでございます!!」

「……レ……オン?」


 リネアにとってレオンの言葉は信じられないモノであった。


 リネアにとって地獄の始まりであった。

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