第21話 皇城攻防戦③

「陛下!!私はこの女とは関係がないのです!!」

「レオン……あなた私を愛してると言ったじゃない」


 リネアの口から呆然とした言葉が発せられる。それを聞きレオンは醜悪に顔を歪ませた笑みを浮かべながらリネアに言う。


「愛してるわけないだろう!! お前のような淫売など愛せるわけないだろうが!!」


 レオンの言葉にリネアは心を抉られていく思いであった。アルトスが殺され、縋る者のいなくなったリネアにとってレオンは自分を守ってくれる存在であったはずだった。だが、この土壇場になってあっさりと掌を返したレオンに対してリネアは怒りよりも戸惑いの方が大きかった。

 リネアは縋る者がなけれな生きていけない少女であった。その縋る者に見捨てられればリネアという少女は何も出来ないのだ。縋る者がいないという状況はリネアにとってなによりも恐ろしい事なのだ。


「そんな……酷い……」


 リネアの目から涙が溢れ出す。しかし周囲の者達はリネアの涙に心を動かされたものなど皆無であった。リネアは自分に有利に事を進めるために強者の庇護欲を煽るのだ。涙というのもリネアにとってはそのための一つの手段に過ぎないのだ。


「ふん、この状況で貴様の泣き真似になんぞに欺されるわけがないだろうが!!」


 レオンの言葉に冷たい視線が注がれた。レオンの言葉は見苦しさの極致であり、さらに評価が下がっていったのだ。


「くだらん痴話げんかはあの世でじっくりと行え」


 アルトニヌスの冷たい言葉が響くとリネアとレオンは口を噤んだ。アルトニヌスの言葉には、もはや覆しようのない自分達の死が含まれているとしか思えなかったのだ。


「やれ」


 アルトニヌスが冷たく言い放つと兵士達が二人をその場に押さえつけた。


「いやぁぁぁぁぁぁぁああああ!! 助けてぇぇぇぇ!!」

「陛下ぁぁぁぁぁ!!私は関係ございませェェェェん!!」


 リネアとレオンが叫ぶが皇帝の命令が下された事に加えて、憎い裏切り者の娘とその情夫であり容赦をする理由などどこにもないのだ。


「ぎゃああああああああああああ!!」

「きゃあああああ!!」


 そして押さえ込まれたリネアとレオンの口から絶叫が発せられた。その理由は押さえ込まれた二人の足に屈強な兵士が容赦なく戦槌を振り下ろして二人の右足を叩きつぶしたからである。


「痛い!!痛い!! 止めてぇぇぇぇ!!」

「止めてくれぇぇぇぇ!!」


 二人の懇願を無視して兵士達は容赦なくもう片方の足に戦槌を振り下ろした。


 グシャリ!!

「がぁぁぁぁぁっぁあ!!」

「ぎぃぃぃぃぃ!!」


 再び二人の口から絶叫が放たれる。そして次は両腕を潰され、見るも無惨な様子を二人は晒した。

 二人はあまりの苦痛の為に気絶することすら出来ずに意識を保っていたことは二人にとって地獄でしかなかったろう。

 完全に動けなくなった二人を兵士が縛り上げる。両腕と両足首という砕かれた箇所をきつく縛られその苦痛は気が狂わんほどである。

 両足の先にはさらにきつくロープが結ばれておりそれは旗を掲げるポールにしっかりと結びつけられている。


「立て!!」


 兵士が一切の慈悲を排除した声で言い放った。立てと言われても両足が砕かれた状態で立つ事など不可能である。にもかかわらず兵士がそう二人に言ったのはもちろん精神的な苦痛を与えるためである。


「ぐぅぅぅく!!」

「痛い!! 痛い!! 助けて!! 私が悪かったわ!! 私がエミリアを陥れたのよ!! 謝るから許してぇぇぇえ!!」


 二人の言葉に兵士達はまったく心動かされることなく正門の欄干の上に二人は乗せられた。もちろん立つ事などとても出来ないためにそのまま座り込む。

 これですべての準備が整ったとばかりにアルトニヌスが大音声で再編成を行っていたマーゴルク軍に向けて言い放った。


「マーゴルク!! 卑劣な裏切り者よ!! 貴様の裏切りの報いは貴様の娘に負わせる事にした!!」


 アルトニヌスの言葉にマーゴルクの方から大きなどよめきが上がった。正門の上にいるのが主家の令嬢であることに気づいたのだ。


 マーゴルク軍の動揺を見てアルトニヌスはニヤリと嗤うと兵士達に視線を向ける。視線を受けた兵士はリネアとレオンの後ろに立つとそのまま二人を押した。


「きゃあぁぁ!!」

「うわぁ!!」


 二人はそのまま落ちるが足に結ばれたロープのためにすぐに宙づりの形になった。足首を結ばれているために逆さまになった二人はそのまま晒される事になったのだ。


「うぅぅぅ……」

「が……」


 両腕両足が砕かれているために二人の苦痛は凄まじいものがあるのだが、逆さ吊りとなっているために声を上手く出すことが出来なかったのだ。



 *  *  *


「リネア!!」


 マーゴルク子爵の絶望の声が響き渡った。皇城を攻めることになった以上、リネアも無事で済むとは思えなかったのだが、これは想像外の出来事であった。

 このような辱めと苦痛を受けねばならない理由がマーゴルクにはどうしても思い浮かばない。

 愛娘の現状の酷さにマーゴルク子爵は頭をかきむしりその場に蹲ってしまった。


「子爵様、早くお嬢様をお救いせねば!!」


 部下が子爵にそう進言する。この部下は古くから子爵家に仕えておりリネアの事も昔から知っていたのだ。


「そうだ!! 今行くぞリネア!! 全軍出撃だ!! 皇城を落としてリネアを救え!!」

『うぉぉぉぉぉ!!』


 子爵の檄にマーゴルク軍が雄叫びで応えるとそのまま突進していく。今までは裏切った事に対する引け目があったのだが、リネアに対する仕打ちは度を超しているようにマーゴルク軍の者達には思われたのだ。


 盾を構えつつマーゴルク軍は皇城へと突進した。先程までの戦闘で相当な被害が出ていたのだがリネアへの過酷な処置がマーゴルク軍の怒りを爆発させたのである。


 陣形も何もなくただ突っ込んでいくマーゴルク軍の兵士達に皇城側は容赦なく矢の雨を浴びせた。堅い鎧と盾で守られているとはいえ尋常ではない矢の数に射貫かれた兵士達が倒れ込んでいく。


「よし、やれぇぇぇぇ!!」


 皇城の方から命令が下されると数十人の弓兵が吊されている二人に矢を一斉に浴びせ始めた。


「いやああああああああああああああああ!!」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 自分達に向けて矢が一斉に放たれたことにリネアとレオンの口から絶叫が放たれた。


 ドスドスドスドスドスドスドス!!


「ぎゃああああああああああ!!」

「きゃあああああああ!!」


 次々とリネアとレオンの体に矢が突き立てられていく。リネアの体に最初に命中した箇所は腹であった。その後に左肩、右胸、右太股と次々に矢が刺さり、その度にリネアの体から苦痛が発せられた。


(こんな死に方は嫌ぁぁぁぁぁぁっぁぁぁ!!)


 リネアは心の中で絶叫したが矢が収まることはなかった。


「げぇ!!」


 ついにリネアの喉を矢が貫きリネアは呼吸が困難になった。


(たしゅ……たゆけて……だぇか……)


 一本の矢が鼻に真っ正面から突き立つとリネアの体が痙攣を起こし始めた。


「やったぞ!! ざまぁみろ!! マーゴルクのクソ娘が!!」

『ひゃははははははっはははは!!』


 リネアの耳に自分の死を喜ぶ者達の声が谺する。すでにリネアの視界には何も映っていないのだが、自分の死を嘲りを持って騒ぐ声はリネアの心を折るには十分すぎる出来事であった。

 そして、リネアとレオンの足首に結ばれていたロープが切られると二人は地面に向かって落ちていく。時間にしてわずか一秒ほどの短い時間であった。僅かばかりの落下の感触を感じつつ、そのまま頭から石畳に二人は落下した。


 頭部から落ちたために首が折れ、あり得ない角度で曲がっていた。


 リネアとレオンの意識はここで一度・・途切れることになるのであった。

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