第19話 皇城攻防戦①
ザルブベイル一党に屈した諸侯連合軍の生き残り達は皇城への進軍を開始した。中核となっているのはバーリング将軍麾下の軍である。
その後ろをザルブベイル一党とすでにアンデッドとなった帝都の民達が続く。背後に続くアンデッドの大群に諸侯連合軍達は顔を青くしている。何しろこのアンデッドの大群に二十万の諸侯連合軍は文字通り蹴散らされたのだ。
しかも最後尾の方ではザルブベイル一党の凄まじく敵意の籠もった視線が突き刺さるのを感じており、いつ自分達が殺されるか分からないという恐怖に冷静さを保つのは限りなく難しい。
皇城に辿り着いた諸侯連合軍は即座に布陣を展開し始めた。今から忠誠の対象である皇帝の居城である皇城を攻撃するという事実はバーリング将軍の心に多大な重荷となっている。
(まさか……このような事になるとは……)
バーリングは布陣が整うまでの間、じっと目を閉じている。その様子に幕僚達は声をかけるのを避ける。自分達としてもバーリングと同じ気持ちであったのだ。
「将軍……布陣が整いました……」
準備完了の報告を受けた幕僚がそうバーリングに言う。
(ついに……来たか)
バーリングは心の中で重い息を吐き出す。彼の中で一線を越える命令を下すときが来たと思うと心の中に大きな重しを感じていた。
「……攻撃を開始する……マーゴルク軍に伝令を出せ……」
バーリングの言葉に全員が沈痛な表情を浮かべる。今回の先陣はザルブベイル一家の命令によりリネア嬢の父親であるマーゴルク子爵となったのだ。
バーリング軍とすれば正直な有り難い命令であったのだが、マーゴルクとすればたまったものではないだろう。
「はっ!!」
バーリング将軍の命令を受けた幕僚はマーゴルク子爵の下にかけていく。それを見てバーリング将軍は自嘲じみた表情を浮かべて言う。
「……これが報いというやつか……」
「将軍……」
バーリングの言葉に幕僚達の同情的な視線が集まる。バーリングの言う“報い”の意味を自分達が置かれている状況から考えればより重いものに感じてしまう。
バーリング将軍の重い呟きからしばらくして皇城の方で鬨の声が上がった。
* * *
「かかれぇぇぇぇえ!!」
『うぉぉぉぉぉぉ!!』
マーゴルク子爵が皇城への攻撃の命令を下すと子爵軍は歓声を上げながら皇城へ向けて突撃を開始した。
突撃を開始して数秒後には皇城側から一斉に矢が浴びせられてきた。皇城に立てこもる軍の数はせいぜい二千というものだ。あとは侍女、文官であり兵の数はすくないのだ。しかし、この時ばかりは皇城に立てこもる者達は一丸となって敵に抵抗することになった。
戦いに敗れれば皆殺しになるのが分かっている以上力の限り抵抗するしかないのだ。
「お、おい」
「あいつらまさかアンデッドじゃないのか!?」
「おい、どういうことだ?」
しかし先端が開かれしばらくして皇城に立てこもる者達の中から動揺の言葉が発せられた。皇城の者達は自分達を救いに来た諸侯達が残念ながらすでに殺されておりアンデッドとなって自分達を攻撃していると思っていたのだ。
しかし、矢を受けた敵は矢に貫かれた苦痛に蹲り、絶叫を放っているのだ。これは敵が死者の軍ではなく生者の軍である事を示している。
確かにアンデッドとなった者達は、苦痛に絶叫を放つという事はあったのだがそれはザルブベイルによって与えられた苦痛であり、皇城の側が与えたものではないのだ。
皇城側は諸侯軍が何らかの理由で降伏を許され命が助かったという判断をしてもおかしくない。その何らかの理由は『皇城を落とすこと』という事に他ならない。
この考えが皇城側に怒りを爆発させた。皇城側からすれば、アンデッドの傘下になるという事は、単に反乱というだけでなく人間、いや生物への裏切りである。
「あいつら自分達が助かるためにアンデッドに魂を売りやがったんだ!!」
「許せねぇ!!」
「ぶっ殺せ!!」
「裏切り者を殺せ!!」
皇城側の士気はこれまでにないほど高まるとマーゴルク軍に激しい攻撃を行った。矢を撃ち尽くすかのような凄まじい攻撃であった。雨霰として降り注ぐ矢にマーゴルク軍は多大な犠牲を払うが城門にすら到達できない有様であった。
「そういえば、マーゴルクのくそったれの娘が確か皇城にいたな?」
「ああ、あの娘のせいで今こんな事になってるんだろ!!」
「あのクソ女が皇太子に色目を使ったのがすべての始まりだ!!」
そこに兵士の一人が叫ぶ。すると数人の兵士達が憎悪の籠もった声で返答した。やや不自然な煽りである事に戦闘の興奮に酔っていた兵士達にはその不自然さに気付く事はなかった。
「あのクソ女に報いをくれてやれ!!」
「そうだ!! 何もかもあのクソ女のせいだ!!」
兵士達の声がどんどん大きくなる。
「貴様ら、今はそのような事を言っている場合ではない!! とにかく今はあいつらを防ぐのだ!!」
指揮官達が逸る部下達を抑えつつ迎撃の指示を出すと部下達は素直にそれに従った。すべてはこの戦いが終わった時だと自分に言い聞かせながら迎撃を行うのであった。
* * *
「ついに始まったのね?」
リネアは皇城の中の部屋にいた。正門の方で戦闘が始まり、皇城内は慌ただしくなってきた。
「レオン……私怖い……」
リネアはそう言うと恋人の側近の一人であるレオンにしがみついた。この数日間でリネアの運命は転落の一途を辿っていた。
アルトスをエミリアから奪い取り将来の皇妃の道が俄然信憑性を帯びていたのだが、エミリアの処刑からその道は完全に断たれた事を悟っていた。
もともと、リネアはザルブベイル一族が族滅することになるまでのことはまったく意図していなかった。エミリアは婚約破棄されどこかの修道院に送られるか、どこかの貴族の後妻となるだろうなぐらいしか考えていなかったのだ。
“皇太子の婚約者が変わり自分が皇妃になる”ぐらいしか意図していなかったのに、罪のないザルブベイルの領民達が虐殺され、ザルブベイルの一族が族滅されるなどということはまったく考えていなかったのだ。
況してやザルブベイル一族がアンデッドとして甦り容赦なく復讐するなど最初から考えつかなかった。
「大丈夫だ。リネアは俺が絶対に守るから」
「レオン」
リネアはそう言うとうっとりとした表情を浮かべつつレオンの胸に飛び込んだ。つい先日はアルトスに、そして今はレオンにすがりつくのはリネアの常套手段である。自分自身に何も誇るものがないために守ってくれる者にすり寄るのだ。
リネアとレオンはそのままベッドに倒れ込み一時の快楽を互いにむさぼった。実際の所老若男女問わずに防衛戦に参加しないといけないのにこの二人にはそのような考えはなかったのである。
いや、自分達が引き起こした事に対して必死に目を背けるための行為であったのかも知れない。甘い営みであったのだが、その甘さの中に限りなく苦い味がしたのは心のどこかに後ろめたさがあったからであろう。
営みが終わって一時間ほどベッドの中で二人が抱き合っていると部屋のドアを蹴破って数人の兵士達が入ってきた。
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