第11話 種を撒く一族

「どうだ?」


 レグノス=バーリング将軍は斥候からの情報を幕僚達に示し意見を求める。


 斥候からの情報では帝都は平穏そのものであり、何ら異常のない状況であるという情報が提示されたのだ。その一方で帝都は既に敵の手に落ちたという情報も入ってきていたのだ。


「間違いなく敵の策謀かと思われます」

「左様、ここまで両極端な情報が同時に入ってくるのは間違いなく我々を混乱させるためであろう」

「ふむ……」


 幕僚達の言葉にバーリング将軍は独りごちる。彼は堅実な用兵を心がけており、戦いの前には常に情報を得てそれを精査してから作戦を立案。実行に移すというものである。

 良く言えば堅実な、悪く言えば面白味のない用兵であるが、兵士達の支持は圧倒的なものがあった。面白い用兵とは実際に命令を受けるものにとっては苛烈なものである事が多い。その結果、死亡率が高くなるのは御免被りたいというのが兵士達の本心であろう。


「バーリング将軍、ここは帝都へ一気に乗り込み陛下をお救いすべきであろう!!」


 レメント=ハスバイスという侯爵家の嫡男が血気盛んな発言を行う。それに同調する者、しない者は半々と言ったところだ。


(この青二才が余計な事をいいおって)


 バーリング将軍は心の中でレメントを怒鳴りつけたい衝動に駆られる。今回の“帝都危うし”という急報から各領から帝都を救うために集った軍は総勢二十万を超える。

 二十万という大軍勢であるが内情は散々たるものだ。当然だが、各領の軍組織は統一されておらず、命令系統も一本化されていない。

 また、帝都を救ったともなれば、その功績において恩賞は計り知れないものになるのは確実であり、それ故に功績を立てるために協力するという空気は一切無かった。むしろ、自分の功績を奪う相手として互いに敵意すら向け合っている始末である。


 レメントの発言は対立を煽るだけのものでしかないのだ。


 バーリング将軍が一応、烏合の衆の軍勢を率いるという立場になったのは戦歴豊かであり、皇帝の信任厚いというのがその理由である。

 しかし、各領の軍はバーリング将軍の部下ではない。各領の指揮官達は気に入らない命令は拒否するのが見え透いているのだ。


「ハスバイス殿、現状把握が済んでいない状況で軍を動かすのは危険だ」

「バーリング将軍、まさかと思われますが臆されたのですか?」


 レメントはバーリングに対し口元を歪め、思い切り嘲るような口調で言う。


「ハスバイス殿……まさか貴公はこの状況がいかに異常かを理解しておらぬのではあるまいな?」

「な……」


 バーリング将軍の呆れたような声にレメントは過剰に反応した。レメントは生まれてからここまであからさまに呆れたかのような声をかけられたことなどなかったのだ。


「各領にほぼ同時刻に帝都への救援要請が入り、いざ駆けつけてみれば帝都は異常ないという情報、敵の手に落ちたという情報が錯綜しているという状況……このような事はあり得るか?」

「……どういう意味ですか?」

「まず、帝都が落ちたというのなら誰が落としたのだ? その敵は何処にいる?」


 バーリング将軍の言葉に一同は沈黙する。


「帝都の中に籠もっていてもまったく敵の所在がわからないというのはいくらなんでもあり得ぬ。それに……」


 バーリング将軍はここで言葉を止めて各領の指揮官達の注目を集めてから口を開いた。


「領地の位置によっては我々よりも早く帝都に到達した軍があるはずなのになぜ我々が一番最初なのだ?」


 バーリング将軍の言葉に全員の顔が強張った。功績を立てることばかり考えていた彼らは、他の軍が先に到着していないことに対してまったく意識を向けていなかったのだ。


「……バーリング将軍の意見を聞かせていただきたい。我々が一番最初に到着した……いや、先に到着した他領の軍は何処に行ったと思われるかを」


 そこに四十代半ばの男性がバーリングに尋ねる。バーリングはこの男性が子爵位を持つ貴族である事を知っていた。

 この男性の名はハンス=エドガー=マーゴルク、アルトスと恋仲になったリネアの父親である。

 リネアがアルトスと恋仲になり、それを使って政界進出に動き出した男だ。その際にザルブベイル家の令嬢を追い落とす必要があったために裏で色々と手を回していたのだ。


「最悪のケースで言えばすでに敵軍に敗れた。いや殲滅されたとみるべきか……まったく情報が流れてこないと言う事はそういう事であろう」

「しかし、殲滅といっても戦いの跡が一切無いと言う事はあり得ないのではありませんか?」


 マーゴルク子爵の反論にバーリング将軍も苦渋の表情を浮かべる。バーリング本人ですら一切の痕跡もなく軍が消滅したという事などあり得ないと思っていたのだ。


(一体何が起こっているのだ?)


 バーリング将軍の沈黙は幕僚達、各領軍の指揮官達に言い様の知れぬ不安を感じさせた。




 *  *  *


「クルム、首尾はどうだ?」

「いつでもいけますよ」


 オルトが息子クルムに尋ねるとクルムはニヤリと嗤って返答する。


「バーリングめ。貴様に地獄を見せてくれる。クルム、バーリングを私の前に連れてこい。生死は問わぬのでな」

「はい。すでに勝敗は決しております。戦いと同時に二十万の援軍は壊滅することでしょう」


 クルムの言葉にオルトは満足気に頷く。ザルブベイル領を蹂躙したバーリングとその幕僚達をザルブベイル一党は決して許しはしない。上層部の意向があったとはいえザルブベイル領の領民は地獄を見せられたのだ。

 親の前で子を殺し、娘を犯した。妊婦は腹を割かれて胎児ごと命を奪われた。結婚指輪を奪われそうになった妻はそれを呑み込んで奪われまいとしたが腹を割かれて奪われた。

 蹂躙され、陵辱されたザルブベイルの者達の死体はそのまま打ち棄て・・・・られた。

 すでにそちらの方には手を打っているがそれで帝国に対して憎しみが消えることは決して無い。


「それでは父上、行って参ります。あの外道共に地獄というものを与えてやります」


 クルムはそう言うとクルリと踵を返し歩き出した。それを見送ったオルトもまた振り返る。振り返ったその顔には慈悲というものが一切抜け落ちていた。

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