第10話 静寂の帝都

 皇城の門前で貴族達の家族を殺したザルブベイル一党は殺された貴族の家族達をアンデッドへと変貌させた。

 偽りの生命を与えられた貴族の家族達は自分がアンデッドへと変貌した事に対して絶望の表情を浮かべたが、ザルブベイル一党がその心を汲むことはなかった。


「父上、それではこれぐらいで……次の一手を打つとしましょう」


 クルムの言葉にオルトは頷いた。


「ふ、次の一手か……すでにアホアルトスの情報からいつでも皇城内に入れるしな」

「はい。今の所、アルトニヌスは皇城から逃げておりませんがそれも時間の問題でしょう。その前にこちらからというのも面白いと思うのですが」


 クルムはオルトへそう進言する。アルトスはアンデッドへと変貌させられた事でザルブベイル一家の奴隷となっていた。術の強制力のためにアルトスは皇族しか知ることの出来ない情報を漏らしていたのだ。

 ザルブベイル一家の掴んだ情報の中には皇城内へと通じる秘密の通路の存在があったのだ。落城の際に皇族達を落ち延びらせるために秘密の通路を予め備えておくというのは常識である。


「クルム、それは最後だ。それよりも楽しい事があるだろう。皇城の者達の心の支えを一つ一つ砕いていき絶望に染めるというな」


 オルトの言葉にクルムは苦笑を浮かべつつ頷く。


「しかし、時間がかかりますね」

「ふ、待つという時間を楽しんでこそ事を成せばその充実感も計り知れぬものだ」

「確かにそうですね。アルトニヌスだけではない。貴族達も同じように地獄を味わわせてあげる時が楽しみです」

「もちろんだ」


 オルトとクルムはそう言うと笑う。この親子の会話を貴族が聞けば怒りに震えることだろう。すでに帝都の民の大部分が殺されてアンデッド化され、捕まった貴族の家族達も無残な最後を遂げさせられた後にアンデッドへと変貌させられたのだ。

 とっくに地獄を見ているという所だろうが、ザルブベイルの者達にしてみれば道半ばというところである。

 ザルブベイルの者達にとって報復の最終段階は既に決めているのである。


「それでは我々はしばらくあやつらで遊ぶとしようか」

「そうですね。と言いたいところですが、エミリアがやるでしょう」

「確かにな」


 オルトは頷くがクルムとともにエミリアの待つ場所へ向かう。


 二人がエミリアの所に行くとエミリアだけではなくザルブベイルの家臣達も集まっていた。


「お父様、お兄様、皇城の方はよろしいのですか?」

「ああ、奴隷リビングデッドにぐるりと包囲させてある。蟻の這い出る隙間もないわ」

「流石ですわね。しかもアンデッドである奴隷共は使い勝手が良いですわね」

「ああ、疲労はないし24時間365日活動は可能だ。反逆もない。まさに理想の奴隷と言うべきモノだな」

「はい。それでは皇城を落とすのはまだ先ですか?」


 エミリアの言葉にオルトは静かに頷く。


「ああ、完全に心を折ってやりたいと思ってな」


 オルトの言葉にエミリアだけでなく聞いていたエルザピア、家臣達も満足気に頷いた。


「全員聞いた通りだ。その時が来るまではのんびりしておけ。暇つぶしに奴隷共を嬲っておいても構わんぞ」

『ははぁ!!』


 オルトの言葉に全員が我が意を得たりと言わんばかりに返答する。




 *  *  *


「なぜ奴等は攻めてこない?」


 アルトニヌスは疑問を口にする。


 周囲で聞いていた貴族達も首を傾げる。皇城を取り囲んだアンデッドの群れは一向に攻撃を仕掛けてくる気配はない。それがもう一週間なのだから皇城内の者達にとって不気味としか思えなかった。


「何かを待っているのではないですか?」


 宰相のカースゴル侯爵の言葉に即座に反論が起きる。


「宰相殿、やつらが何かを待っているのは前提条件であろう。問題はその何か・・が大切なのだ」

「そうだ。何かあるのだ。そうでないとこの状況は説明できないだろう」

「そんな事はわかっている。だったら卿らもその何かを推論してみろ!!」

「なにぃ!!」


 貴族達に宰相が不快そうに返答、いや怒鳴り返した。その険のある言葉に怒鳴られた貴族達は怒りを露わにした。


「止めよ!!」


 アルトニヌスの制止に宰相や貴族達は誰の前で醜態をさらしているかに気づいて静かになる。


(ザルブベイルの方が圧倒的に数は有利だ。にもかかわらず未だに攻撃を行わないのはなぜだ?)


 アルトニヌスは考えを巡らす。


(裏切り者がいる? ……いや、それはないな。相手はアンデッドだ。帝都の民の大部分が殺されたのを見たし、貴族達の家族達もまた無残な最期を遂げた……あの残虐行為を見せられて裏切れば命が助かるなど考える者がいるはずはない)

 

 アルトニヌスは今日起こった出来事を思い出して身震いする。ザルブベイル一党は一切の容赦もなく帝都の民を蹂躙しアンデッドとして使役している。そこに身分の貴賎など何の関係もない。


(皇城をぐるりと取り囲む……当然、注意はそちらに向く……)


 アルトニヌスはそう考えて脳裏に光るものがあった。


「そうか!! やつらは抜け道を使うつもりか!!」


 アルトニヌスの言葉に全員が皇帝に視線を向けた。


「陽動だ!! やつらは皇城の周囲を取り囲むことで我らの注意をそちらに向け抜け道から攻め込むつもりだ!!」


 皇帝の言葉に全員が息を呑んだ。


「しかし、抜け道は……そうか。皇族のみ知る抜け道ですな?」

「そうだ。あっちにはアンデッド化したアルトスがいる。もしやつらが強制した場合にアルトスが皇族しか知らない抜け道を伝える可能性が高い」

「それは……」

「……やむをえん。抜け道を……封鎖せよ」


 アルトニヌスは苦渋の表情を浮かべる。それは脱出の方法の選択肢が一つ消滅した事を意味するのだ。

 しかし、すでに情報の漏れた抜け道など危険しかないのだ。実際にオルト達はアルトスから皇族のみが知る抜け道の情報を手に入れており、そこにアンデッドをすでに配置しているのだ。しかも大量に!!


 アルトニヌスの命令はすぐさま執行され皇城の抜け道はすべて潰されることになった。


 それから一週間、アンデッド達は皇城を取り囲むだけで攻撃を仕掛ける事が出来なかった。


 そして、一週間経った時に皇城の中の者達はザルブベイルが攻撃を控えてきた理由を察したのであった。

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