第9話 容赦などしない
「入れてくれぇぇぇえぇ!!」
「助けてくれ!!」
「あいつらが来るんだ!!」
皇城の周囲は大混乱であった。帝都の民が救いを求めて皇城へと殺到していたのだ。しかし、皇城の門は固く閉じられており皇城内に逃げ込む事は出来なかったのである。
ザルブベイル一族は帝都の民を見境なく虐殺しアンデッドに変えていった。その後、帝都の出入り口のすべてを封鎖すると虱潰しに帝都の民を皇城の方に追い立てていったのだ。
途中からザルブベイルの者達ではなく帝都の民のアンデッドに追い立てる者が変わったが、帝都の民からすればアンデッドに追い立てられるという状況はまったく変わらない。
「開けろ!!」
「押すな!!押すな!!」
皇城へと押し寄せる者達の数は加速度的に増えていき固く閉じられた門にどんどん殺到することで門と押し寄せる人の波に呑み込まれた者達の中には踏みつぶされ圧死する者も現れたぐらいである。
皇城は帝都の民、そしてその周囲をアンデッド達がぐるりと取り囲み、その様子をザルブベイル一党が高みの見物を行っているという状況となっている。
「何が何でも食い止めろ!! 一人でも入れればそれで終わりだぞ!!」
皇城の警備責任者であるグラード侯爵が大声で部下達を叱咤する。むろん部下達もこの状況で帝都の民を救う事は出来ないことは理解していた。助けようとして門を開ければ雪崩のように帝都の民が入り込み、そのままアンデッドの侵入を防ぐことは出来なくなるのは確実であったからだ。
もはや皇城内にいるもの達にとって帝都の民は守るべき対象ではなく自分達の安全を脅かす敵という位置づけになっていたのだ。
「オルト様、一気に押しつぶしてしまいましょう」
「そうです。やらせてください!!」
ザルブベイルの家臣達がオルトへ進言する。オルトは家臣達の進言に対し片手を上げて制止すると家臣達に言い放った。
「これほどまでに民がいるとなるとせっかくの観客達に喜劇が見えぬな」
オルトは小さく呟くと家臣達に視線を移して冷酷な声で命を降した。
「帝都の民を殺せ。ただ狩られるだけという絶望を味わわせてやれ」
『ウォォォォォォ!!』
オルトの命令はすぐさま伝達されアンデッド達の進撃が始まった。その後ろを悠々とザルブベイルの者達も進んでいく。
「ひぃぃぃぃ!!」
「来たぁぁぁぁ!!」
「早く行け!!」
アンデッド達が進撃を開始し皇城へ逃げ込もうとする帝都の民に容赦なく襲いかかった。アンデッド達には意識があるが体の自由が効かない。抗うことの出来ない力によって民達に襲いかかったアンデッド達はその内面では叫び声を上げていたのだ。
『逃げてくれぇぇぇ!!』
『止めろ!! 止まれ!!』
『殺したくない!!』
『ジョナサン。逃げろ!!』
一足先にアンデッドとなった者達は襲いかかる時に見知った顔を見つけると絶望に心が塗り固められていくのを感じていた。知人に襲いかかり人の体を引き裂く感触は限りなく自分達の心の良心をヤスリで削られていくような感覚を感じていたのだ。
アンデッド達による血の饗宴は帝都の民達を容赦なく襲い次々と命を散らしていった。皇城の周りには血と絶叫が満ちており死が絶対的な支配権を発揮していた。
(まぁ正しい選択だな。だが、悪手だ)
オルトは心の中でそうほくそ笑んだ。普通に考えれば帝都の民を見捨てるという選択は非情ではあるがある意味正しいと言える。だが、この場合は明らかに悪手である。
(殺された民達は誰に憎悪を向けるかな……ふふふ、そしてこれが我らの糧となるのだ)
オルトの顔に冷たい笑みが浮かんだ。帝都の民達は為政者達に見捨てられ絶望の中でその生を終えたのだ。絶望は憎悪へと変化させるのはそう難しい事ではない。
「者共、新しい下僕を増やすが良い!!」
『おう!!』
オルトの言葉にザルブベイルの者達は簡潔に応えるとそのまま民達の死体に触れていき黒い靄を死体につけていく。
黒い靄は増殖するとそのまま死体を覆っていく。しばらくすると死体達は動きだし、のそりのそりと立ち上がった。
その光景を見ていた皇城内の中から恐怖の気配が発せられた。皇城内の者達は話には聞いていたが、アンデッド化を見たのは初めてだったのだ。聞くと見るとではそのおぞましさは桁違いである。
「よしよし、それでは始めるとしよう」
オルトはそう言うとザルブベイルの者達を見渡した。皇城内の者達は“いよいよ来る”と身構えたが自分達の考えていた光景が展開されなかった。
「さぁ、さっさと歩きなさい」
そこにエミリア、エルザピア、クルムに率いられた者達が現れた。
皇太子で
「進みなさい。皇城内の連中にあなた達が誰か知らせないといけないのよ」
エミリアの言葉に突き動かされて数百人の男女達はそのまま皇城の門の前に進む。男女達が何者か皇城内で気づくごとに皇城内の中から動揺が伝わってくる。
「あれはエルミュール伯爵夫人じゃないか? 夜会の警備の時に見たことがあるぞ」
「あっちはクルノス侯爵家の令嬢のフランジェリカ様だ」
「クトゥール伯爵家の嫡男であるエミリオ様もいるぞ」
皇城内の動揺は益々大きくなる。連れてこられた男女はこの帝国の貴族達の家族であったからだ。
「皇城内の者共に告ぐ!!」
エミリアは朗々とした声で皇城内の者達に宣言する。皇城に立てこもる者達は全員がエミリアの言葉を聞いている。貴族達も騒ぎを聞きつけ続々と門の前に集まり始める。
「貴様らは我らザルブベイルに冤罪を被せ処刑した。無実であるにも関わらず尊厳を踏みにじられた憎しみを鎮めるのは報復の刃を振るうことのみ!!」
エミリアの声から、ザルブベイルに情けを期待するのは妄想の類である事を見ている者達は察した。
「報復はまず貴様らの血縁者に行う。そのままそこで指をくわえて愛しき者達の最後を見るが良い!!」
エミリアの言葉に皇城内から慈悲を求める声が発せられる。声を発したのは当然ながら並べられている者達の血縁者達である。
「止めてくれ!!」
「妻だけは!!」
「娘だけは殺さないでくれ!!」
皇城内から次々と泣き叫ぶ声が発せられるがエミリアの表情は薄く嗤う。それはかつて自分達が慈悲と無実を訴えるザルブベイルの者達に向けたものであった。
「自分がその立場になってなってやっと己の罪深さを理解したか!! 許すわけないでしょう!!」
エミリアはそう言うと一人の令嬢の首を掴み上げると貫手を令嬢の腹部に刺し込んだ。
「ぎゃぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁ!!」
耳を劈くような絶叫が響き渡った。
「ニコラぁぁぁっぁぁぁっぁぁ!!」
同時に皇城内から絶叫が発せられた。エミリアがたった今殺した令嬢の家族であろう。苦痛の為に暴れていた令嬢から力が抜け動かなくなると皇城内から放たれていた絶叫が絶望のものに変わった。
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