第12話 芽吹く死

 クルムはザルブベイル一党の中から“二百”、動く死体リビングデッドとなった帝都の民から“八百”を連れ帝都の郊外に展開するバーリング率いる諸侯連合軍を撃破するために出撃する。


 帝都の外に展開する諸侯連合軍が未だに動きを見せていないのは、今回の件があまりにも不可解過ぎるからである。また、不眠不休で進軍した事で兵達の中に疲労があるのも事実でありそれを癒す目的もあったのだ。


「クルム様、バーリングはこの手で引き裂いてもよろしいのですね?」


 クルムに話しかけたのはクルムの従者であるエミリスである。二十代前半の容姿をしているエミリスはバーリング率いる軍により、妻のエリザベスと愛娘のカタリナを殺されているのだ。

 

「いや、バーリングは父上が生かしたまま連れてこいという厳命があった。エミリスの気持ちは分かるが、あのクズはお前だけ・・のものではない」


 クルムの返答にエミリスは不満を表情に見せる事はなかったが、長い付き合いのあるクルムはエミリスの心中を察していた。


「心配するな。バーリングへの報復は全員が共有すべきと言っているのだ」


 クルムはそう言うと表情にどす黒いものが浮かんだ。クルムは帝都ではなくザルブベイル領で父オルトの代理として領内経営を行っており、美しいザルブベイル領が蹂躙されるのを見せつけられたのだ。


「どのみち、あいつらには帰る故郷などもうない・・・・のだからゆっくり嬲ってやろうではないか」


 クルムの言葉にザルブベイルの家臣達は一気に色めき立つ。もうすぐ自分達を蹂躙した連中に直に報復できるともなれば高揚を押さえることは決して出来ないのだ。

 一方で動く死体リビングデッドとなった帝都の民達は不安気な表情を浮かべていた。連れてこられた者達は、老若男女関係なく連れてこられた者達であるが、自分達が何のため・・・・にここに連れてこられたその理由を知っており、それにより不安な気持ちが自分の中から際限なく湧き出ていたのだ。


「すでに勝敗は決している。わざと逃がして絶望を与えるのも良し、ここで殺して絶望を与えるのも良し、捕まえて息絶えるまで嬲ってやるのも良し。存分に暴れてやれ!!」

『うぉぉっっぉぉぉおぉ!!』


 クルムの檄にザルブベイル一党が雄叫びを上げる。先の前哨戦など比較にならないほどの興奮がザルブベイル一党を包んだ。




 *  *  *


「将軍、帝都の方から敵軍が!!」

「なんだと!?」


 未だに結論の出ない軍議の場に“敵軍出撃”の報がもたらされると軍議の場は驚きの声があがった。


「バーリング将軍!! 敵が出てきたというのなら好都合!! 相手の正体を知るためにもここで一戦して撃破しましょう!!」


 レメントの言葉にバーリングは頷く。先程までの状況とは違って今回は相手方が出てきたというのだから迎撃するのは当然である。


「ハスバイス殿の言う通りだな。敵の情報を仕入れるためにもここで一戦する!! 願わくば指揮官を捕らえればより情報が手に入る。諸卿らそれぞれの軍に戻り出撃準備を整えられたし!!」

『応!!』


 バーリングの迎撃指示に対して諸将が一斉に立ち上がった。それを見て伝令がやや気まずそうな表情を浮かべているのをバーリングが気づいた。


「どうしたのだ?」


 バーリングの言葉に伝令は気まずそうな表情のまま口を開く。


「は、敵の数は約千とのことです」

「何だと?」

「はい、しかも武装しているのはせいぜい二百との事で大部分は武装をしていないとの事です」


 伝令の言葉に盛り上がっていた諸将は呆気にとられた。武装していないものが全体の八割を越えるなどもはや軍と言えないのは明らかだ。


「もしや、降伏?」


 諸将の一人がそう呟く。その声には大きな不満が含まれているのは勘違いではないだろう。


「いや、降伏というのなら千もの数は多すぎる。投降であっても伝令が敵軍と呼んだ以上、斥候が“戦う意思あり”と判断した何かがあるのだ」


 バーリングの言葉に諸将の中から安堵の気配が上がった。諸将はこの帝都まで来て何もせずに帰るような事だけはしたくなかった。どのような小さな功績でも立てておきたいというのが本心であったのだ。


「たった千で我らに挑んでくるとは!!」

「傲り高ぶった無能者共に正義の鉄槌を食らわせてやる!!」

「皆殺しにしてそのまま帝都を奪還してくれよう!!」


 バーリングの言葉に諸将がいきり立った。相手が千という情報は諸将達の怒りを煽る結果になってしまったのだ。


(気になる事は多いが……やるしかないな)


 バーリングは諸将の昂ぶりを見て小さく胸中で呟く。不可解な事が多すぎる戦であるが戦う以外の選択肢は存在しないのであった。



 *  *  *


「やれやれ大軍すぎるというのも面倒だな」


 クルムのぼやきの言葉にエミリスは苦笑を漏らす。ザルブベイルが既に布陣を終えているのに諸将連合軍の布陣はまだまだ終わる気配を見せていない。

 それもそのはずで二十万もの大軍を配置するのは膨大な時間がかかるというものだ。二十万もの大軍が列になって移動するともなれば、四人一列、前後二メートル間隔で単純計算すれば約二十五㎞もの長大な隊列になってしまうのだ。

 ちなみにこれは四人で通れるという街道がある場合であり実際にはそこまで整備された街道というのはそれほどないためにさらに長大になる。


「しかし呑気だな。すでに敵が眼前にいるというのに」

「こちらの数が少ないからと舐めているのでしょう。ここで我々が打って出ても数が違うためにすぐに反撃に転じる事が出来ると思っているのでしょうね」

「まぁ、普通・・の軍隊相手ならばその考えは間違っていないがな」

「ええ、すぐに分かるでしょうね」


 クルムの普通・・という言葉にエミリスが皮肉気に返答する。


「しかし、このまま待つというのも面倒だな」

「いっその事始めてしまいませんか?」

「そうだな。じっくりと嬲ってやろうと思っていたがここまで待つのも面倒だ。さっさとやってしまうとするか」


 クルムはそう言うとザルブベイル一党へと視線を移すとそこには期待に満ちた視線を送る一党があった。


「みな聞け!! これ以上待つのは面倒だ。知ってのとおりすでに勝利の種は撒いてある。あとは刈り取るだけだ!!」

『応!!』


 一党のクルムへの言葉は簡潔である。それが自分のやるべき事をきちんと把握している証拠の気がしてクルムにとってこの上なく頼もしい。


「これより殲滅を開始する!! 遠慮することはない!! お前達の報復の刃の巨大さを思い知らせてやれ!!」

『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉ!!』


 クルムの檄がザルブベイル一党を貫くと全員が武器を抜き放った。抜き放たれた数々の黒い武器は瘴気を物質化したものだ。


 クルムはニヤリと嗤うと手を掲げて振り下ろした。


 クルムの手が振り下ろされると同時に前列を形成していた帝都の民達が一気に走り出した。

 ザルブベイル一党は帝都の民達が突っ込んでいった十秒後に進撃を開始する。


 寡兵の側が突っ込んでくると言う状況に諸侯連合軍はやや呆気にとられたようであったがすぐに酷薄な笑みを浮かべると槍兵達が前面に並び立ち槍衾やりぶすまを形成して迎え撃つ。

 そして同時に弓兵が一斉に矢を放った。一糸乱れぬこの行動はバーリング将軍直下の軍である。戦歴豊かな彼らは一糸乱れぬ行動でザルブベイル一党を迎え撃ったのだ。


 しかし、ここで恐るべき事が起こる。


 前列を形成して突っ込んでくる帝都の民達の姿が変わったのだ。民達の体から立ち上った黒い靄は帝都の民達を覆う。

 そして彼らは知らないが帝都駐在の騎士団を蹂躙した“死者の騎士”へと変貌したのだ。


 突如変貌した帝都の民達に、百戦錬磨のバーリング将軍麾下の将兵は呆気にとられ、それからガチガチと歯を鳴らし始めた。

 向かってくる死者の騎士達の禍々しさは死を具現化したかのような強烈な威圧感を放ちながら肉薄してきたのだ。逃げ出さなかったのはバーリング将軍の部下の将兵達の練度の高さ故であったのだがそれが実を結ぶ事はなかったのは次の瞬間に実証された。


 死者の騎士達は槍衾に構うことなく突っ込んでいく。数本の槍が死者の騎士達を貫くが死者の騎士達は構うことなく突っ込んでいき槍衾を形成していた槍兵達を薙ぎ払った。


「ぎゃあああああ!!」

「ぐわぁぁぁぁ!!」

「ひぃぃぃ!!」


 兵士達の絶叫が響き渡った。その声は理不尽な相手との戦闘に対する抗議の声であったかも知れない。

 死者の騎士達に両断された兵士達は後から後からやって来る死者の騎士達に踏みつぶされ地面と同化していく。

 あまりにも凄まじい蹂躙に却って現実感を消失させた兵士達は逃げることもせずに呆気にとられていた。そこに死者の騎士が躍り込むと暴虐の刃を振るい兵士達の体が両断されていく。


「ここからだぞ……バーリング」


 クルムの言葉が示すとおり、この死者の騎士達の蹂躙劇は取りかかりに過ぎない。そしてザルブベイルの撒いた種は時をほぼ同じくして諸侯連合軍の内部で芽吹いたのである。

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