第6話 絶望を告げる令嬢

 跪く貴族達を一瞥したザルブベイル一家は冷酷な視線を貴族達に向ける。貴族達の哀願などザルブベイル一家にとって何の感慨もわかないものであるのは間違いない。


「お父様、このように申しておりますがいかがしますか?」


 エミリアの言葉に跪く貴族達は僅かながら希望の光を見いだしたようであった。エミリアの言葉は自分の家族を助けることが出来るかもしれないという可能性を含んだものであったからだ。


「まぁ、意味の無い事ですけどね」


 クルムの呆れたような言葉に貴族達は背中に氷水を流し込まれたような錯覚を覚えた。


「あなた、この者達は私達の無実を知っていたのに自分達の保身のために私達の尊厳を踏みにじりましたわよ」


 エルザピアの言葉には嫌悪感が満ちていた。


「許すわけなかろう。エミリアもあまり希望を持たせるな」

「ふふふ、申し訳ございません。つい意地悪をしたくなってしまったのです」

「困った娘だ」


 ザルブベイル一家はそういうと一斉に笑い出した。その笑い声に怒りの視線を向けようと貴族が顔を上げるとザルブベイル一家の憎悪に満ちた視線を受け、怒りを発することができなくなってしまった。


陛下・・殿下・・早く皇城に戻らなくてよろしいのですかな? 指揮を執る者がいないと皇城は落ちてしまいますぞ」


 オルトはアルトニヌス、アルトスに向かって言い放った。


「もう、止めてくれと頼んでも無駄なのか?」


 アルトニヌスの言葉には力が一切無い。すでに詰んでしまったという思いが彼を支配していたのだ。


「ええ、無駄です」

「この段階になっても私達が許すと思っている所が滑稽だわ」


 オルトとエルザピアが即座に言う。


「お父様、少しお待ちになって」


 エミリアの言葉に家族はエミリアに視線を移した。


「アルトスはここで殺しておきましょう。この男だけは我慢がならないのです」


 エミリアの言葉にアルトスは顔を青くする。


「そうだな。すべてはこの愚か者から始まったのだからその責をおってもらうのは道理にかなうな」


 クルムの容赦のない言葉にアルトスの顔はさらに青くなる。もはや死人と見分けのつかないほどの顔色である。

 アルトスは周囲の者達に視線を移すが誰もアルトスを庇おうという人間はいない。父であるアルトニヌスですら動かない。


「怖くありませんよ。あなたには大事な役目がありましてね。死んでもらわないと・・・・・・・・・その役目を全うできないのですよ」


 エミリアの言葉にアルトスは自分の身に何が起こるのかを察した。エミリアの“死んでもらわないと”という言葉は自分がアンデッドになる事を示唆しているのだからだ。


「ひぃぃぃぃ!!」


 アルトスは背を向け逃げ出したが二歩目を踏み出したところで首根っこをエミリアに掴まれるとそのまま持ち上げられてしまった。


「や、止めてくれ!! アンデッドなんかになりたくない!! 助けてくれ!!」


 アルトスの哀願にエミリアは無視という形で応えるとそのまま足首を掴むと地面に叩きつける。あまりの事にアルトスはまったく受け身を取ることも出来ずにまともに顔面から落ちる。

 

「この程度で死なないでくださいね……殿下!!」


 エミリアはさらにアルトスを地面に叩きつける。再び顔面から叩きつけられたアルトスは鼻と歯が砕ける。エミリアの今の膂力ならばアルトスは最初の一撃で間違いなく頭部が潰されるはずであるが十分に手加減した事で命を失わなかったのだ。

 それはアルトスにとって幸せな事であるとは言えなかった。逆に言えば苦痛がそれだけ長引くという事になるからだ。


「ふん」


 エミリアはアルトスを地面に放るとアルトスの胸を踏みつける。徐々に圧力を強めていくことで凄まじい苦痛がアルトスを襲った。


「がががぁぁぁぁぁ!!」


 ゴキィ!!


 アルトスの肋骨が砕ける音が響き渡り貴族達はガチガチと歯を鳴らしながらその光景を呆然と見ていた。


「た、たしゅけて……ちち……うえ」


 アルトスが手をアルトニヌスに向けるがアルトニヌスが動く事はなかった。


「さぁお別れは済みましたか?」


 エミリアの言葉が発せられると同時に胸を踏みつぶされたアルトスはピクピクと痙攣していたが一分ほどで動かなくなった。

 皇太子であるアルトスの死が確定したというのにも関わらず誰一人動こうとする者はいない。完全に思考停止の状態であったのだ。


 アルトスの死体から黒い靄が発生し出すとアルトスは目を見開いた。


「ようこそアンデッドの世界へ」


 エミリアの楽しそうな声が響き渡るが貴族達の思考は未だ回復していない。


「さ、アルトス。あなたは父に見捨てられたのよ。どんな気分?」

「父上、何故です?」


 アルトスは立ち上がるとアルトニヌスに尋ねる。


「ひ……」


 アルトニヌスは恐怖に満ちた声を発した。アルトスの視線には明らかな憎悪が宿っていたからだ。


「さぁアルトス……この男への憎悪をどうするの?」

「この俺の憎悪をこいつにぶつけたい」

「あ、アルトス……止めろ!!」

「うるさい!!」


 飛びかかろうとしたアルトスであったが動きを止めてしまった。いや、アルトス自身は襲いかかろうとしているのだが体が動かないのだ。


「な、なぜだ!!」


 アルトスは怒りに満ちた声をあげるがエミリアは楽しそうに笑う。どう考えてもエミリアが何かやったのだ。


「ふふふ、アルトスの体は私の支配下にあるのよ」

「エミリア!! 俺を自由にしろ!!」

「まったく煩いわね」


 エミリアがそう言うとアルトスは叫び声を上げる。


「ぎゃあああああああああぁぁぁっぁぁぁっぁあ!!」


 アルトスの絶叫に全員がゴクリと喉をならした。アルトスの苦痛の大きさは尋常でないことが全員にわかったのだ。

 それを見てエミリアは貴族達に言い放った。


「わかりましたか? 貴方方は死んでからも苦痛を味わうのですよ」

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