第5話 ザルブベイル語る

 貴賓席に座る貴族達は凍り付いていた。それだけ自分達の眼下で行われている殺戮劇に思考がついてこないのであった。


(あ、あれは一体? エミリアは死んだはず。いや、ザルブベイルの者共もなぜ?)


 アルトスは混乱の極致にあった。邪魔なエミリアを排除し、一族もろとも排除に成功した事により自分とリネアとの仲を邪魔する者はもう誰もいないはずであった。

 しかし、現在エミリアだけでなく一族ことごとく族滅したはずのザルブベイルが甦って帝都に死を振りまいているのだ。


「き、騎士団でも」

「に、逃げろ!!」


 騎士団団長のトッドが殺されたのを見て貴族達の中にも動揺が走った。誰かの逃げろと言う言葉に貴族達は一気に逃走の方に意識を移すと出口に殺到し始める。


「ひぃ!!」

「早く行け!! 何してる!!」


 貴族達は出口のところで押し合いになりながら互いに罵り合っている。すでに爵位による上下関係などどこかに吹き飛んでいるのだ。


「おやおや、見苦しいモノだな」

「仕方ないですよ。この者達は所詮は自分が安全な所でなければ尊大な物言いも出来ないのですから」

「ふふふ。一度越えてしまえば死というモノもそんなに悪いものではないのですけどね」


 そこに呑気な声が発せられた。何人かの貴族が声の主を確認するために振り返ると恐怖で顔が凍った。

 振り返った視線の先にはザルブベイルの一家が立っていたからだ。当主のオルト、夫人のエルザピア、嫡子のクルムである。

 この貴賓席は刑場からかなりの高さに作られている。それこそ建物の三階に匹敵する高さのはずである。にもかかわらず三人は何の道具も使わずに貴賓席に立っているのだ。


「ひぃぃぃ!!」

「ザルブベイル卿、許して下さい!!」

「お許しを!!」


 一番近くにいた男爵、子爵が慌てて三人に跪いた。彼らは貴族ではあるが下級貴族であり、常に強者にすり寄ることで生き残ってきた者達だ。オルト達に跪いたのもその延長に過ぎない。


「ひ」

「ひぇ」


 クルムは跪いた貴族の頭部をむんずと掴むとそのまま後ろに放り投げた。放り投げられた貴族達はそのまま貴賓席から放り出されると刑場に落下していく。十メートルほどの高さから落ちれば無傷ですむのは不可能である。


「うわぁぁぁぁぁ!!」

「ひぃぃいいいいぃぃ!!」


 グシャ、ゴシャ……


 放り出された貴族達の悲鳴は短く刑場に落ちた音がすると同時に悲鳴も止まった。その出来事に貴賓席の混乱はさらに高まった。


「きちんと足から落ちろよ」


 クルムはもう一人の貴族の頭部を掴むと先程同様に刑場の方に放り投げた。


 グシャ……


 地面に落ちた音が再び聞こえる。


「ザ、ザルブベイル!! 貴様らは何をしているか分かっているのか!!」


 アルトニヌス2世が震える声でオルト達を怒鳴りつけた。流石に皇帝ともなればそれなりの胆力はそなわっているものなのだ。


「無論、反逆だよ。決まっているだろう。敵であるこの帝国を滅ぼそうとしているのだよ。貴様ら自身が我らをそう断じたではないか」


 オルトの言葉にはアルトニヌスは言葉を詰まらせる。彼らを反逆者として断じたのはこの国の貴族達である。


「反逆者が反逆者らしい行動をとっているだけだ。止めたければ自分達の力で止めればよかろう?」


 クルムの嘲るような声にアルトニヌスは怒りの籠もった視線を向けるがクルムは涼しい顔をしている。


「罪なき民達を虐殺するのを止めよ!!」


 アルトニヌスは大声で叫ぶ。アルトニヌスの言葉にザルブベイルの面々はアルトニヌスを嘲笑する。


「我らも無実であった。だがお前達は無辜の民である我が領民も虐殺したではないか。そのお前達が無辜の民を殺すなと言うのか?」

「う……」

「この国の者に無辜の者などおらぬ!! 例外なく殺す!!」


 オルトの宣言を聞いた者達は震え上がる。オルトの目に宿っているのは間違いなく憎悪の炎だ。“無辜の民”などというのは何の免罪符でもない事をアルトニヌスは思い知らされたのである。


「ふふふ、お父様。あまりこの者を責めるべきではございませんよ」


 そこにエミリアが貴賓席に現れる。刑場から約十メートルの高さまで彼女は跳躍してきたのだ。


「エミリア」


 アルトスが呆然とした表情で元婚約者を見る。エミリアはアルトスを見ると皮肉気な表情を浮かべると心底軽蔑した視線を向けた。


「あら? アルトス様、まだ逃げてなかったんですか? 相変わらず愚鈍ですわね」

「な」

「ふふふ、それにしても間抜けな連中ですわね」

「お、お前達は一体何なんだ?」


 アルトスがエミリアに尋ねる。


「簡単な事ですよ。我々は皆殺しになった時のために報復の手段を予め用意していたという事です」

「用意だと?」

「ええ、私達家族が全員非業の死を遂げた場合に“アンデッド”になるように自分達の身に呪印を施していたというわけです」


 エミリアの言葉にアルトスだけでなくアルトニヌスも呆然とした表情を浮かべている。


「アルトス様、アンデッドは瘴気によって生み出されると言う事をご存じですか?」

「……ああ」

「瘴気とは一言で言えば“憎悪”の事ですわ。皆様方は私達家族の憎悪をこれ以上ないほどに高めてくれましたわ」


 エミリアの言葉にアルトス達は沈黙する。婚約破棄から死刑の瞬間まで誰一人としてザルブベイル一党を擁護する者はいなかった。もし、庇うような事をすればそれは自分に跳ね返ってくるのがわかっていたために必要以上にザルブベイル一党に苛烈に接しかつ尊厳を踏みにじったのだ。


「最初は領民を虐殺し、家臣から処刑、そして家族……ここまでされれば我らがアンデッドとなるに十分すぎる程の憎悪が溜まりましたわ」


 エミリアの言葉に逃げようとしていた貴族達も凍り付いている。


「あら……火の手があそこにあがりましたわね」


 エミリアの言葉に貴族達は視線を移すとさらに凍り付いた表情を浮かべた。火の手が上がったのは貴族達の邸宅が立ち並ぶ区画だったのだ。つまり自分達の家族が今襲われているのだ。


「ザルブベイル様!! お願いします家族を助けてください!!」

「何でもします!! 娘の命だけは!!」

「お許しください!!」


 一人の貴族が命乞いを始めると残った貴族達は次々とエミリア達に跪いた。それを見てザルブベイル一家は冷たく貴族達を見下ろしていた。

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