第4話 蹂躙

「ここは終わったようだな」


 オルトの言葉には何の抑揚もない。ただ事実を指摘する冷徹さがあるだけだ。生前の彼は民のための政策を行う為政者であったが処刑された事でその辺りの慈悲という観念がすっかり抜け落ちている。


 すでに死が充満している刑場ではまだ命のある観客達一人一人に一族の者達が念入りにとどめを刺していた。

 動けない者達は必死に命乞いをしたがザルブベイルの者達は一切耳を貸すこと無く冷徹にとどめを刺していく。

 自分達がやられた事を行っているだけの事なのでまったく容赦はないのだ。


 すでにザルブベイルの者達は刑場を出て王都の民を無差別に殺戮している。


「お父様、のろまな騎士団が来ましたわ」


 エミリアの心の底から軽蔑した声がオルトに告げられる。騎士団達が隊列を組んで刑場へとやってきたのだ。ザルブベイルの領内を蹂躙した騎士団達に好意を抱く理由はザルブベイルの者達にはない。


「お父様、私がやるわ。あの者達に我が領民を蹂躙した報いを与えてやるわ」


 エミリアの冷酷な声に家族達はニッコリと嗤って頷いた。


「そうだな。エミリアお前があのクズ共を蹂躙してやればあそこで呑気に見ているアホ共も状況を理解するだろう」

「はい」


 オルトの言葉にエミリアは簡潔に応えるとふわりと飛び処刑台から着地する。エミリアの歩む先には隊列を組んだ屈強な騎士達がいるがエミリアはまるで存在しないかの如く歩みを進める。

 動く死体リビングデッドとなった元観客達もエミリアが歩を進めると道を開ける。


「お前とお前、来なさい」


 エミリアは無作為に二体の動く死体リビングデッドを指差すと指名された動く死体リビングデッドは緊張の面持ちでエミリアの近くへと歩いた。何をされるかわからないのだが過酷な目にあうと言うことだけは理解していた。


 エミリアはすれ違い様に動く死体リビングデッドの肩に手を当てるとそのまま騎士団に向かって歩き出した。


「ウグゥォォォォォォ!!」

「ガァァァァァッァ!!」


 エミリアに肩を触れられた動く死体リビングデッドは突如苦しみ出し黒い靄が体を覆うと死者の騎士へと変貌した。


「さ、行きなさい。ただし、騎士団長のトッド=レンスは殺しちゃ駄目よ。私がこの手で引き裂いてやるからね」

「「ウォォォォォォォ!!」」


 エミリアの言葉を聞いた死者の騎士は咆哮を上げると騎士団に向かって斬り込んでいった。突如現れた巨大な体躯を持つ禍々しい騎士に緊張の度合いを高めるが流石は騎士というところか。

 重装備の騎士が前面に立ち死者の騎士の勢いを止めるつもりだったのだ。


 だが、死者の騎士達の破壊力は騎士達の想定を遥かに超えていたのだ。


 死者の騎士の大剣が振るわれると重装備の騎士達はまとめて吹き飛ばされた。死者の騎士はそのまま空いた隊列に入り込むとそのまま騎士達に暴虐の刃を振るい始めた。


「ぎゃああああああああ!!」

「ぐわぁぁぁぁぁ!」

「ぐぉぉぉぉ!!」


 騎士達の間から絶叫が響き渡った。死者の騎士達の破壊力の前に騎士達は次々と屍へと姿を変えていった。


(ふ……惨めな連中ね)


 エミリアはそのまま騎士達の死体の中を悠々と歩いて行く。騎士達は死者の騎士達に意識を奪われていたためにエミリアに構っている場合ではなかったのだ。


「こんにちは……トッド=レンス団長」

「エミリア……ザルブベイル……貴様」

「私達の領内で虐殺を働いたクズ共を許すわけにはいきませんので……惨めに死んでもらいますよ」

「ほざけ!!」


 エミリアの言葉にトッドは激高すると剣を抜き放ちエミリアに剣を振り下ろした。


「な……」


 しかし、ここで恐るべき光景が展開されていた。トッドの剣をエミリアは無造作に掴んでいたのだ。


「そう不思議そうな顔をしないで下さいよ」

「な、なぜ貴様のような小娘が私の剣を止める事が……こんなバカな」

「簡単ですよ。私はもう人間じゃないからです」


 エミリアはトッドにそう告げた瞬間にトッドに拳を叩きつけたのだ。エミリアの拳は戦闘のプロであるトッドからすれば稚拙なものであった。


 だが、エミリアの身体能力は技術を大きく凌駕していた。放たれた拳の速度はトッドの反射神経をはるかに上回っていたのだ。


 ドガァァァァァァ!!


「が……!!」


 トッドは十数メートルの距離を吹き飛ぶと地面を転がった。強者である騎士団長が殴り飛ばされたというのに騎士団員達に動揺は見られない。

 その理由はただ一つその余裕が無かっただけである。死者の騎士の大剣が己に振り下ろされているという危機的状況において自分達の上官が少女に殴り飛ばされた事など些細なことでしかない。


「それではレンス団長さよならです」

「ひぃ」


 エミリアはトッドを片手で持ち上げるとニッコリと嗤って言い放った。


「心配しないで下さい。あなたの家族もすぐにそちらに送ってあげますよ。もちろん部下達もその家族も同様です」


 エミリアの言葉にトッドは顔を凍らせる。


「が……」


 エミリアの右手が腹部を貫き背骨を掴んだ。自らの背骨を掴まれるという感覚をトッドは感じ気が狂わんばかりである。


「た……たしゅ……」

「嫌です」


 ギョギィィィ!!


 トッドは自分の体の中から背骨が握りつぶされる音を確かに聞きすぐに凄まじい苦痛がトッドを襲うがもはや叫び声をあげるだけの力は残っていない。

 急激に暗くなっていく視界、一瞬の浮遊感、そして落下する感覚、地面に打ち付けられるという感覚をトッドは確かに感じていた。


「さて、騎士団はもうほとんど終わったみたいね」


 エミリアの言葉がトッドの耳に入っていた。


(そ、そんな我が部下達が……帝国最凶の……)


 トッドは絶望に支配されながら意識を失った。いや、意識どころか命を失ったのだ。


「お父様、それでは皇城を落としましょう」

「そうだな。この帝都の民を皆殺しにして、次は皇城を奪うとするか」


 エミリアの言葉にオルトが即座に返答する。


「皇城に逃げ込みますか? それとも落ち延びますか? 好きな方を選んで下さい。どっちみち殺す事には変わりありませんよ」


 オルトは貴賓席の者達を見て嗤った。

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